~ であい さらに ゆめのちぎり~
私達が尾張に戻ると小さな客人が待っていた。
三河岡崎の松平広忠殿の嫡男竹千代殿。
私より更に4つ年少の人質でした。
本来なら駿河の国今川家へ行くはずが、家臣の裏切りで織田の客人となったとのこと。
信長殿は私同様ひと目で竹千代殿を気に入ったようで、毎日のように私と前田犬千代殿とを引き連れて彼を閉じ込めている屋敷へ行きました。
「竹千代、いつか俺とともに天下を取ろう」
「はいっ!」
信長殿の言葉に竹千代殿は目をキラキラ輝かせて大きくうなずいていました。
「そうだな…そのときは竹千代に三河から東をくれてやる」
「では、吉法師殿は尾張から西ですね?」
「いや、西はこの牛若よ」
「え?では吉法師殿はどうされます?」
信長殿はにやりと口元を歪めて言い放った。
「牛若と竹千代の上座に座る」
そんな子犬のじゃれたような日々は数年で終わり、竹千代殿は今度こそ今川家へ行くことになった。
信長殿も元服を間もなくに控えていた。
「竹千代、いついかなるときも我らのこの友情は終わらぬ」
「はい。いつの日か必ずお役に立つよう精進して参ります」
「駿河まで牛若が影供をするといっておる」
「心強く思います」
出発の朝、信長殿は私の居間までやってきて、いきなり脇差を突き出して言った。
「牛若、しばらく方々見てまわるのか?」
「折角駿河まで行くのです。母の生家である鶴岡八幡宮に参ってこようと思います」
「ふむ。俺は止まらないぞ」
「はい。それでよろしいかと思います。ただ、しばらくは今のまま尾張のうつけでいてください」
「そのつもりだ」
「平手様が苦いお顔をされると思いますが…」
「じぃにはもうしばらく辛抱してもらう。といっても俺の真意などわかろうともせんがな」
「それで宜しいと思います。悟られては御身に危険が及びます故」
「たまらぬ。さっさと片付けてやりたいものよ」
「急がばまわれ、でございます」
「せっせとうつけぶりを近隣に見せ付けてやるさ」
「ご勉学だけは怠りませぬよう」
信長殿は私の顔をまじまじと見て、そして
「尾張を俺のものにしたら戻って来い」
「何年先のことですか?」
「俺はせっかちだが短気ではない」
信長殿はふと視線を遠くへ飛ばし、私はそれを追いかけた。遠く山々がかすんで見えた。
「輝信!」
「はっ」
「どうした?なにか気がかりでもあるか?」
「ちと昔を思い出しておりました」
「で、あるか」
「歳をとったということでしょう」
信長殿は装束を改め終わって利休殿の立てた茶をゆっくりと喫している。
私はその隅でいつものように影になって座っている。
と、そこへ華やかな喧騒がやってきた。
「叔父上!」
襖を開けるのと同時に先頭にいた若者が信長殿に叫んだ。
信長殿はその姿を認め、若者の背後に控える十数名の者に視線を向け、ほう、と薄く微笑んだ。
「叔父上、出陣します」
「ふむ」
「お許しなどいりませぬ。勝手に我ら参ります」
「ならば来ぬでもよかろう」
「餞別だけは戴きとうございます!」
昂然と言い放つ出陣姿の姫様。
「無法な奴だ。誰に似た?」
信長殿は私に向かってそう尋ね、苦笑いしながら私はこう答えるしかなかった。
「信長殿に」
「俺にか?」
「はい」
「なにかあるか?」
「真田殿の乗る舟に百騎程ならまだ余裕があると思います」
「九鬼の軍船か?」
「島津殿です」
「わかった」
信長殿は立ち上がり、若者をにらみつけた。
「敵は人にあらず、天然自然、魑魅魍魎である。何が待ち受けるか予測はできぬ。それでも行くか?」
「もとより覚悟は出来ております」
「まったく、生まれた時を間違えたようだ。謙信殿がご存命なら笑ったであろうがな…」
腰の扇子でひたと若者を指す。
「浅井茶々(あざいちゃちゃ)に総大将を申し付ける。浅井江、前田豪は茶々を良く助けるよう。真田幸村、前田慶次郎、上杉影虎、立花宗茂よろしゅう頼む」
一同が一斉に平伏した。
「さっさと行け!邪魔が入るぞ!」
信長殿の叱咤に茶々様以下はあの日の竹千代殿…徳川家康殿と同じように目をキラキラと輝かせて、勇躍していった。
彼らが去るといきなり静寂が訪れた。
「我らの時代もそろそろ幕…か?」
「いや、まだまだ。ここは大会同と日の本を今一度ひとつにまとめるという大仕事がございます」
「であるか」
「で、あります」
「ふふ…くくく……わぁっはっはっは」
信長殿は愉快そうに豪快に笑い飛ばす。
そしてその笑いをおさめたときの目の輝きは、竹千代殿と私との遠い夢の契りを結んだときと同じきらめきだった。
【続】