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~ であい そして やくそく ~

尾張へもどる途中、私は何度となく信長殿に長尾殿との会見を薦めた。

将軍小御所で二度ほど遠目だったが垣間見た影虎殿の印象が強かったからだ。

遂に信長殿は根負けしたようにいきなり近江の大津の宿場で馬を止めた。


「ここで待つ」


長尾影虎殿を待つということらしい。


「俺より四つ年長、だな?」

「そうです」


信長殿は小姓の前田犬千代殿を街道に見張りに立たせ、その到着を待つことにした。

といっても宿はとらずに街道脇の巨木の根元に腰を下ろし、野宿をするつもりのようだった…というか野宿を三晩した。

影虎殿は軽軍装の数十騎とともにやってきた。

のどかな昼下がり、影虎殿の一行が琵琶湖のほとりで弁当を使うために小休止したのを知ってその場へ向かった。


「牛若」

「はい。ご面会の都合伺って参ります」


小さな私と犬千代殿で影虎殿の下へ駈寄ると、数騎がすっと我らの行く手を阻んだ。

用件を伝えると一騎が主君のところへ走り去り、残った者は我らを油断なく見張っていた。

静かに、しかし厳しくしつけられているとすぐにわかるほど、彼らの立ち居振る舞いは見事だった。

その伝統は景勝殿に代替わりした今でも受け継がれれている。




「尾張斯波家の被官、織田家のご嫡子殿か?私が長尾影虎です」


瓜実うりざね顔の貴公子、およそ戦国武将とは思われぬたおやかな風情に信長殿は驚いていた。


「織田吉法師です。影虎殿は毘沙門天の生まれ変わりと聞き及んでいるが…」

「ふふ…」


不思議な…吸い込まれるような魅力的な笑顔だったのを鮮明におぼえている。


「そうは見えませんか?」

「まるで…」

「女のよう…ですか?」


さすがの信長殿もどう答えたものかと一瞬戸惑っていると


「その通りです。わたしは女ですよ」


これにはふたりとも仰天した。あっさりと秘中の秘であろうことを明かす影虎殿の真意が読めなかった。

しかし英雄は英雄を知るということなのだろう、信長殿はすぐににやりと笑って言った。


「強く志高ければ男も女もない」

「本当にそう思いますか?」


小さく、しかし強くうなずく信長殿に影虎殿は真っ直ぐな視線を向け、彼もそれを真っ向から受け止めたように感じた。


「以後、お見知りおきをくだされ」

「なかなかに尾張は大変なところと聞き及んでいます。奇麗事だけでは乗り切れぬと…」

「覚悟しております」

「御武運、お祈りしております」

「毘沙門天の御加護にあやかれますか?」

「さてそれは、ご自分次第」


ふっと影虎殿が私へ視線を移されて


「牛若殿を尾張にお連れになるか?」

「左様」

「良き者を見出された。この者の言葉、吉法師殿、耳を傾けなされよ」


ふと信長殿は考え込み、そして真顔でうなずいた。


「そのほうが良いようであります。でなければ、今、影虎殿とこうしてはおらなんだ」

「そうですか」


信長殿、影虎殿双方から一度に注目されて、私は恥ずかしくて下を向いてしまった。


「牛若殿」

「は、はい」

「より一層の勉学、武芸に励みなされ」


微笑みのなかに厳しさを秘めた影虎殿の表情に、私は物心ついたばかりで他界した母の面影を重ねていた。




影虎殿は京への道を




信長殿は尾張への道を




それぞれが別れを惜しみつつ駆け去って行った。







【続】

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