第一回
新シリーズです。
すでに夜の闇がすべてを支配していた。
ちらちらとまたたく星と青白い月の光だけがこの世界を見下ろしている。
小さく打ち寄せる波が湖面で星と月の光を反射していた。
海とも思えるほどの巨大な湖を一望する摩天楼が闇を突き刺し立ち上がっている。
これほどまでの高層建築物はかつてなかった。
最上階にはかなげな灯火のまたたき…
低く小さくはあったが、その声は朗々と板敷きの広間全体にしみわたる。
広間の壁面に灯火が揺れ、板敷きの四方にある雪洞が明暗をくっきりとさせていた。
人間五十年
下天のうちを
くらぶれば
夢まぼろしの如くなり…
敦盛の一節を謡いつつ舞う男。
見事な銀の総髪。高く結い上げたもとどり。
鼻筋が通り引き締った口元は、見様によっては酷薄とも思われがちな薄い唇。
獲物を狙う猛禽類の如き爛々(らんらん)とした眼光の先になにがあるのか…
舞を止め彼はにやりと口元をゆがめて広間の隅にある平伏している影を見つめた。
「どうした?」
影は顔をあげて視線を問いかけてきた男に向ける。
「その顔は何かあったか?」
「御意」
「余程のことのようだな」
「東国三総代および関東総領事より火急の知らせにございます」
「…であるか」
男は片肌脱いで広間の中央に座り込んだ。
「話せ」
「東日流、奥六国、常総海国、関東六州で未曾有の巨大な天変地異あり、天を覆うほどの津波が沿岸を襲いましてございます」
「数日前の地揺れ」
「御意」
男は目で報告を促す。
「すでに朝廷へも知らせを走らせ、大阪城内大会堂に参議官すべてと各総領事代、総代督を召集しております」
「であるか」
「殿にもご列座賜りたしとの朝議伝奏役からのご要請もありましたので、夜中ではありますが参上仕りました」
男は影の言葉に返事もせずに立ち上がると、大またに広間の昇降機へ向かった。
「何をしておる!輝信、さっさと来い!」
男は影をどやしつけた。
影…輝信は男の傍らに立って昇降機のからくりを操作した。
すべるように昇降機はふたりを階下へと運んで行く。
「お主だけか?」
「いえ。大参議浅井長政卿、参議列筆頭の上杉景勝卿、護衛役として総軍都督の蒲生氏郷卿がお待ちしております」
「大仰なことであるな」
「でありましょうか?」
「俺はすでに隠退した」
「誰一人そうは思っておりませぬ」
「ふん。キンカ頭とはげ鼠はおるのか?」
「お二方とも在国中ですので、総代督の明智左馬助様と黒田官兵衛様が大会堂にお待ちです」
奥御殿へ入ると男の着替えを持った数名の女性。
「帰蝶、聞いたか?」
「はい」
流麗な美女である、妻の介添えで男は黒ずくめの衣装に着替える。
「行ってまいる」
「このまま行かれますか?」
「ことと次第によっては、な」
「ご無事を」
「うむ」
男を待っていたのは数百騎の軍勢。
輝信から差し出された黒羅紗のマントを男は受け取り、大きく弧を描くように広げて身につけた。
黒毛、眉間にひと筋白い筋の入った愛馬にまたがるや、鞭を一閃しいきなり駆け出した。
慣れているのか、男の待ったなしの行動に驚きもせず輝信と迎えの軍勢は男を追った。
男はマントをひるがえし、黒い塊となって夜の街道をひた走る。
追う輝信の脇に一騎が併走して声をかけた。
「衰えぬな」
「まったく衰えを知りませぬ」
やや苦笑を交えて輝信は浅井長政に応じた。
「義兄上…織田信長健在なり、だな」
「御意」
時ならぬ騎馬軍団の馬蹄が地鳴りのように夜の闇に響いた。
【続】
信長モノはもう書き尽くされているので、まぁ、厨二の戯れと思ってくださいwww