第5話 変わる世界
「微精霊?」
初めて聞く……いや、精霊は知ってるけど、微精霊? 微生物みたいな?
「精霊の大元ぢゃ」
「ちょっと言っている意味が……」
「見えるぢゃろ?」
「や、見え、――おおん?!」
ません、と言おうとしたところで、なんぞこれ?
ゴブリンの死体から光の粒子のようなものが、埃みたいに、ぶわ~、って!
「それが微精霊ぢゃ。茶色だから土属性ぢゃな」
「……なんで魔物から精霊の大元がでてくるの?」
「そりゃ魔物の原材料の一部に精霊が使われておるからぢゃろ?」
馬鹿を見るような目で当たり前のように言うけど、
「そうなの?!」
「必要量の暗黒物質と悪人の魂の欠片、堕落した精霊を粉みじんに下ろしたものを異形の型に流し込み、固めてできたのが魔物ぢゃ」
「初耳~」
「魔物に属性があるのは、原材料の一部に微精霊を使ってるからぢゃ」
「へ~」
「本来、魔物が倒されても原材料となった微精霊は開放されず、魔物の死体と一緒にダンジョンに吸収されて、また魔物の原材料にされるが、ハイエルフの超高濃度魔力で魔物を倒すことで、死骸から微精霊を開放することができるのぢゃ」
「へ~、へ~」
「M/Mに回収用のアプリをインストールしておいたからそれで回収しとけ」
「へ~、へ?」
まさかっ……まさかだった。M/Mのホーム画面に、見知らぬアプリ。
このアイコンは……セシルちゃんをアニメ絵にしたような可愛いのが増えている。
「人のM/Mに勝手にアプリを!?」
「ふ~ん」
そっぽを向いて聞いちゃいない。
……とりあえずちょちょんと指クリック。
「何に使うの?」
「何にでも使えるが、一番の用途は――」
セシルちゃんが言いかけたところで、ぼくの耳はもうそれを聞いちゃいなかった。
アプリを起動した瞬間、埃のように舞っていた微精霊が、ぼくのM/Mに天の川銀河のような光り輝く渦を巻いて殺到してきたからだ。
「おっ、おおおおお!」
回収は5分から10分の間続き――、
その間、ぼくは感嘆を上げるだけの阿呆に成り果てていた。
「すっ、げ……」
「では、帰るとしよう」
微精霊の天の川銀河が消えたのを見計らい、セシルちゃんがそう言うや、さっさと出口に向かって飛び去ろうとした。慌てて後を追いかけた。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて後を追おうと立ち上がり、生まれたての子鹿のように足をぷるぷるさせる。
魔力疲労は……完全ではないけど、立ち上がれるくらいには回復していた。
セシルちゃん妖精に追いかけ、なんとか三歩後ろまで追いつく。
「微精霊はどこに消えたん?」
「M/Mの武具素材用のストレージの一部を転用して格納されておる」
「さっきは聞きそびれたけど、何に使うの?」
「精霊を造るのに使う」
「――え?」
思わず足を止めかけて、制動が効かず、一歩二歩と前によろめく。
よろめいた勢いでセシルちゃん妖精の横に並ぶ。
「精霊を造る? 何それ何それ?」
「かかかっ、知りたいか?」
「是非!」
「秘密ぢゃ~♪」
入場口につくまであの手この手で効き出そうとしたけど、セシルちゃんは「かかかかっ♪」と、印籠片手に権力を振りかざす、どこぞのご老公のように笑うだけだった。
入場口まで戻ってこれた。
運良く魔物と出くわさなかったけど、まだ安心はできない。
ある意味、魔物よりも厄介な存在が入場口で待ち構えているからだ。
彼女の視界から逃れ、壁際に隠れる。
「どうしたのぢゃ?」
「あの人……」
視線の先には、なぜかぼくを目の敵にしている女冒険者の姿。
「憂鬱っすわ」
「何がぢゃ?」
「なぜか狙われている。悪い意味で」
「なるほど、面食いそうなおなごぢゃ。しかし心配はいらんぢゃろ」
しししっ、と意地悪く笑うセシルちゃん。
「根拠は?」
「行けばわかる」
行きたくないが、出口がそこしかないから行くしかない。
せめて揚げ足を取られないように汚れた体操着から制服に着替る。
M/Mには自動アジャスト機能があるので再構築された制服が、前の体型に合わせたまま不格好にだぶだぶになることはない。採寸されたかのようにぴったりだ。
あとは、「事案」だなんだと騒がれるのも面倒だったので、ナビ妖精をしまったおこう。
「あ、あれ?」
M/Mのホーム画面を開いた、の、だが、
「ナビ妖精の解除ボタンがなくなってるんだけど?」
「バグってしまったかの~」
しししっ、とセシルちゃんが意地悪く笑う。確信犯の笑いだ。
「セシルちゃん!」
大声を出してから、しまった、と唇を噛んだ。
案の定、件の女冒険者がこちらを睨むように見ていた。
(どっ、どうしよう?!)
逃げれば、オークと間違われて追われるかもしれない。
向かえば、オークと間違われて襲われるかもしれない。
幸い、現在の装備はオークの粗末なものとは似ても似つかない学生服。
ちゃんとした人語で話せば、最悪でもオークに間違われることはないだろう。
……人語を話すオークと見なされたら終わりだが。
罵詈雑言は覚悟しなければならないが、襲われるよりかはなんぼかマシだ。
そう腹を決め、入場口に向かうことにした。
「あっ、あの!」
(――くるっ!)
あらゆる罵詈雑言に対する論理武装を展開。敵意がないことを表す愛想笑いを完備し、聴覚の意識レベルを下げ、視線を女冒険者の手足に集中させる。
「おっ、お疲れ様で~っす」
あとは足早に彼女の前を通り過ぎるだけだ。
「わ、わたし、時津楓子といいます!」
「――え?」
なぜ、自己紹介? 訳のわからない状況に、思わず足を止めてしまう。
その隙に、女冒険者は紙切れに何かをサラサラと書き、
「これ、わたしのSNSのアドレスです。良かったら……いえ、是非! 是非、連絡ください! いつでも、いつまでも……今日は寝ないで待ってます!」
「は、はぁ……」
彼女の熱意に押され、思わず紙切れを受け取ってしまう。
(なんなん?)
紙切れにはSNSのアドレスらしき英字と数字の羅列がびっしりと書かれていた。どうやら1つ2つではなく、所有するSNSのアドレスというアドレスを書き綴ったものらしい。
(何のつもり? ぼくと連絡を取って何を……はっ! まさか、これがっ!)
たっぷり3秒は考えてから、脳裏に、突如として天啓が舞い降りた。
(――美人局!?)
美人局とは、調子づいたオーク似の男性に、人並みに恋愛ができるという幻想を見せ、そんなはずねぇだろ! と現実を叩き付け、手痛い授業料を請求してくる卑劣な罠のことだ。
(罵詈雑言では飽き足らず、ついにぼくをしとめにぃ?!)
なんて恐ろしいやつだ。体の芯から震えがくる。
悪意の欠片もない綺麗な笑みが、今や透明な毒を塗られた鋭利な刃物にしか見えない。
「もしお忙しくて連絡できなくても、明日もここにいますので!」
「ど、どもっ」
軽く会釈して、その場を足早に去る。
ふと後ろを振り返ると、女冒険者がこちらを見送りながらぶんぶんと手を振っていた。
彼女が見えなくなるまで生きた心地がしなかった。
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