第22話 にぶるの初陣
「お客さんぢゃ」
セシルちゃん妖精の皮肉に足を止める。
丘を下り、少し開けた場所にでたばかりだった。
灰色の世界に、別の色彩がゆらゆらと蠢く火の玉となって、ぼくらを取り囲んだ。
ここ『火の玉洞窟』の代名詞である人魂系の魔物だ。
赤、青、緑、黄色……、様々な色彩を持ち、それぞれに名前も種類も種族も違う。
ウィルオウィプス、ジャックオウィプス、ジーナオウィプス……。
炎の中に人や動物の顔を映すものいる。これらは死霊系だろうか。
「急いでいるときに……まあいい。ちょっと順番が前後しただけだ。――にぶる!」
「はい、――で、す!」
ふ~、ふ~、と喧嘩する猫みたいに鼻息を荒くして、にぶるが前に躍り出る。
リュックから1リットルの水入りペットボトルを取り出すと、にぶるに投げ渡した。
にぶるはそれを抱き止めるようにして胸とお腹で危なげにキャッチする。
それから、キャップを開けようとして、しどろもどろ。
不器用なのか、単に力が足りないのか、キャップが開けられない。
片手では滑るばかり、ならば両手を使い、火起こしのように摺り合わせるが、これまた開かない。
ついには噛みついて無理矢理開けようとした。
「わっ、悪かった悪かった」
べそをかき出したにぶるからペットボトルを取り上げ、キャップを開けてから、返す。
「あり、がと、――で、す!」
にぶるは返して貰ったペットボトルを煽り、一息に飲み……干そうとして、ぶげぇ~、と半分ほどを吐き出した。
たちまち、にぶるの口元は自分のものともペットボトルのものともわからない液体で、べちょべちょになった。
「ぱんぴ~の例に漏れずポンコツぢゃな~」
呆れたようなセシルちゃん妖精の声。
「が、がんばれ!」
もう1本のペットボトルの開けて手渡す。
「がんば、る、――で、す!」
今度はゆっくりと飲み干す。
1本と1本半の水を飲んで、にぶるのお腹はぽっこりと膨らむ。
「じゅん、び、かん、……うぷぅ、りょ、う、……で、す!」
意気込んでにぶるは言うが猶予はなさそうだ。
さっさと水属性の魔法を試すことにした。
ちなみに水の精霊のにぶるが魔法を使うのにわざわざペットボトルで水を補給するのは、ひとえに、にぶるが下級の精霊で、自前で水分を生成できないからだ。
上位の水の精霊ともなれば、地下水脈を掘り起こしたり、大気中の水分を絞り出したりして、魔法の触媒に使うものだが、にぶるにはまだまだそれができないのである。
「《水流鉄砲》!」
魔法の発動――と、同時に、にぶるが口をラッパを吹くみたいに突き出して、ぷっ、ぷっ、ぷっ、と水の塊を射程圏内にいた何匹かの火の玉に向けて吐き出す。
「……」
直撃。そして、消滅、……いや、何匹かは火勢を弱めながらも耐えている。
完全に消化するほどの水が足りなかったのだ。
「……これ、ゴブリン殺せる?」
愚問だとわかりつつも聞かずにはいられなかった。
セシルちゃん妖精は外連味たっぷりに肩を竦めて、
「無理ぢゃろうな。相手が火属性だから効果あるが、それ以外の属性のものには水をぶっかけるだけの、ただの嫌がらせにしかならん」
「だよね……」
知ってた。でも、聞きたかったのだ。他の口から。
「あるじ~? だめ、で、す、……か?」
にぶるが不安げに聞いてくる。
「ダメじゃない! まだまだこれからさ! ――《水流斬撃》!」
自分に言い聞かせるように言って次の魔法を発動した。
今度の魔法もにぶるはラッパを吹くみたいに唇を突き出して、右から左に首をぷいっとした瞬間、正面にいた火の玉は一文字に切り裂かれ、大気に溶けるように消えた。
「「お?!」」
ぼくとセシルちゃん妖精の声がぴったりと重なる。
「なんかでた?」
「水ぢゃ! 圧縮された水の刃で切り裂いたのぢゃ!」
「凄い! やっとまともに――あ、いや、とにかく凄い!」
ばんざーい、ばんざーい、とぱんぴ~を加えた3人でこの功績を喜ぶ。
やっとまともに魔法が出た、と言いかけたのは内緒だ。
ぱんぴ~のときは酷かったから、初回で魔物を倒せた、にぶるの功績が一層輝かしく思える。
(……おや?)
と、功労者であるはずのにぶるがなぜか泣きそうな顔でちょこちょことやってきた。
「あるじ~、み、ず、なくな、た、――で、す!」
「え?」
見れば、ぽっこりだったにぶるのお腹は、もうすっかり、すっきりしていた。
「燃費悪っ!」
「あぅ~……」
「……あっ、やべ」
うっかりだ。つい本音を言ってしまった。
にぶるは……口を尖らせ、自分の足下を睨むように見つめる。
「に、にぶるさん?」
ぼくの目線では、にぶるがどんな顔をしているのかはわからなかったけど、ぱんぴ~がにぶるの顔を覗き込んで、それから、にぶるの頭をぐしぐしとかき混ぜた。
「泣くななのだ」
「やく、たた、ず、――で、す!」
「全然そんなことないのだ。ちゃんと魔物もやっつけられて、ちっこいのにこれなら、にぶるはきっとたくさんの大陸を海に沈められるような大精霊になるに違いないのだ!」
な~? とぼくに同意を求めるぱんぴ~。
なんて出来た人間……いや、精霊だ! 数日違いだが、ちゃんとお姉ちゃんしてる。
「も、もちろんだ! こんなのは失敗でもなんでもないしな!」
「そうぢゃそうぢゃ」
ぼくとセシルちゃん妖精に励まされ、にぶるは面を上げた。
その顔はすっかり機嫌を取り戻し、どこか得意げだった。
……ちょろいな。
「にぶる、がん、ば、る、――で、す!」
にぶるの決意表明に、万雷の拍手で応え……ようとした、そのときだった。
爆音が轟き、怒号と罵声と悲鳴が、この灰色の世界に木霊した。
「なんぢゃ?」
ただならぬ轟音に、セシルちゃん妖精は高度を上げた。
空から元凶を観測しようというのだろう。
春空は恐々としながらそれを見守っていると、ややあってナビ妖精が戻ってきた。
「案の定ぢゃ」
「――案の定?」
「失敗ぢゃ。クラスメイト共が逃げ帰ってくるぞ」
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