第19話 無謀な挑戦
その日の教室は常になく騒がしかった。
始業の10分前に登校し、自分の机につくと、聞き耳を立てるまでもなく、騒動の原因となるニュースが耳に飛び込んでくる。
曰く「隣のクラスの連中が魔王を討伐して、とあるダンジョンを攻略した」
要約すると、この一文に尽きた。
――学生の身分で魔王討伐とはなんとリスキーな!
勇気に敬意を払うより先に、若気の至りとも呼べなくもないその蛮勇に、ぼくなんかは恐怖を感じるものだが、しかし、クラスメイトの反応は違った。
いくつものパーティが、ぼくも、わたしも、と魔王討伐に意欲を見せていた。
学生の身分では到底倒せない、と認識していたものが覆ったのだ。
自分も挑戦してみたい、と思うのは、冒険者の卵なら無理もないことだ。
こうして、話し合いはトントン拍子に進んだ。
まず、どこのダンジョンの魔王を倒すかで二言三言議論が交わされた。
結果、隣のクラスが攻略したダンジョンよりも格上のダンジョンを狙うことになった。
魔王討伐の栄光が欲しければ最下級のダンジョンの魔王でもいいはずだが……。
まあこれは単純に見栄の問題なのだろう。
次に、誰が挑むのか、という話になった。
当然、クラスの成績上位組に白羽の矢が立った。
そう決まりかけたところで待ったが入った。
隣のクラスはサポート要員と交代要員を含めてクラス全員で挑んだのだから、万全に万全を期して、うちのクラスも全員で挑もう、と誰かが提案したのだ。
完全に蚊帳の外にいながらしっかりと聞き耳を立てていたぼくはひとりぎくりとした。
クラス全員ということは、――そう、ぼくも含まれるのである。
気まずいやら嬉しいやらで、複雑な気分だ。
しかし、生憎と今日の予定はすでに埋まっている。
にぶるの性能テストついでに火の微精霊集めに火属性の魔物を狩るのだ。
だから、こうしてせっせとM/Mに良さげな水属性の魔法をインストールしているわけで。
「……増えてる」
不意にM/Mの画面が陰った。
顔を上げると、ビーちゃん……珠城美國がいた。
なぜか、ビーちゃんは綺麗な顔を意地悪な老婆みたいに歪めて別の方を見つめている。
視線の先には、隣の女子生徒の水筒に指から水を注ぐ、にぶるがいた。
水筒の中身が、スポーツ飲料にせよ、お茶にせよ、かなり薄まったに違いない。
ちなみに、ぱんぴ~は窓から半身以上を乗り出して「きゃははは、落ちるのだ~♪」と危なげな遊びに興じ、本当に落ちていったが、頭にたんこぶをこさえて戻ってきた。
現在は、半べそで割れたカボチャの被り物をセロハンテープで修復中だ。
ふたりとも微精霊を薄めて魔力濃度の薄い人には見えないようにしているはずなんだけど……、もしかして見えちゃっているんだろうか? 怖くて聞けないけど。
「あっ――え~っと、おはよう?」
びーちゃん、と言いかけて、とっさに朝の挨拶に切り替えた。
挨拶するような間柄でもないのだが、しなければしないで何か言われそうだったからだ。
「当然、あんたも参加するのよ?」
藪から棒にそんなことを言われた。
黒板で作戦会議をしていたクラスのカースト上位連中が一斉にこちらを振り返る。
「ぼ、ぼくも?」
「全員参加だもの、当然でしょ?」
ビーちゃんにぴしゃりと言われた。
役立たずの「無能オーク」でも、ちゃんとクラスの一員と見なして、仲間に入れてくれることに、素直に嬉しい反面、どんな酷いことをされるのか、という不安が先立つ。
荷物持ちか、囮か、肉壁か……。きっと、酷い雑用に違いない。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
そのとき、黒板で話し合っていたイケメンのひとりが声を上げた。
「クラス全員参加と言ったが、そいつはダメだ!」
「――なぜ?」
不愉快を隠そうともせずに問い返すビーちゃん。
イケメンは一瞬怯むが、すぐに気を取り直して、
「せっかく魔王を倒しても、死人を出したらケチがつくからだ!」
「隣のクラスは誰も死なせずに魔王を倒したんだ。俺らだってそうすべきだ!」
別のイケメンが助け船を出すと、クラス中から、そうだそうだ、と賛同の声が上がる。
反論のひとつでも、と思ったが止めた。むしろ、いつも通りで安心したくらいだ。
無闇に期待されることもなければ、過分な評価もされない、故に望まれもしない――
いつも通りの今が。
とりあえず愛想笑いでクラスメイトに応えた。
それから、ビーちゃんにも同じようにして、ギョッとした。
一見、クラス受け抜群のいつものビーちゃんの笑顔なのだ。
しかし、ぼくの距離だからこそか、ふんふんと鼻息は荒く、こめかみにはミミズ腫れのような青筋がぴくぴくと蠢いているのがわかる。ぎし、ぎし、と響く音は奥歯が軋む音か。
怒髪天こそ突かないものの、眼は血走り、目元が剣呑な鋭さを帯びつつある。
(びーちゃん……怒ってる?)
ビーちゃんは口から思い切り息を吸い、何かを言いかけて、
「さ、参加したかったけど……今日は曾婆ちゃんの200回忌だから、ちょっと無理だよ」
機先を制したのは、ぼくだ。
ビーちゃんとクラスメイトの争いの渦中に置かれるのもごめんだし、ビーちゃんに無理矢理参加させられるのもごめんなので、咄嗟にでた嘘だった。
ビーちゃんが呆れたようにぼくを振り返る。
その顔は、呆れのあまり怒りを忘れたようだった。
「何を……御前ならまだご存命――」
言いかけたところでぼくの意図を察したのか、ビーちゃんは口を真一文字に結んだ。
それから、はぁ~、と色々なものを吐き出すかのような、重い、重いため息。
「わたしのお情けにも預かれないなんて、本当にダメなオークね」
ビーちゃんの力ない笑顔に、ぼくは困ったように笑うしかなかった。
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