第17-2話 熔けゆくギャル
「すらいむめしあ?」
「文字通りのスライムの救世主ぢゃ。コアを完全に破壊されずに生き残ったスライムがダース単位で同じフロアにいると合体して、スライムメシアになるのぢゃよ」
「強い?」
「弱い。せいぜい、粘体が分厚くなったため、コアに攻撃が届きづらくなったくらいぢゃ。あとは、ただのスライムと変わらん」
「もしかしてだけど、ダース単位で合体したということは、あれ1体でたくさんの水属性の微精霊が手に入るのでは?」
「単純計算ではそうなるぢゃろうな」
「おおっ! 素晴らしい!」
問題は、スライムメシアと戦っているのが、あのイケメンとギャルということだ。
また難癖つけられる前に逃げるべきなのだろうが……、幸い、彼も彼女もこちらに気づいた様子はない。スライムメシアに手一杯という様子。それも相当に旗色が悪い。
「おっ、おい! マリー、さっさと魔法をぶっ放してくれよ!」
「やってる! やってるけどぉ! 魔法が発動しないの!」
戦場に、2人の切羽詰まった声が木霊する。
「なんか苦戦してる?」
「かかかかっ、自業自得ぢゃ」
「――ん?」
意地悪く笑うセシルちゃん。……なんこっちゃ?
ぼくの見立てでは、イケメンがスライムメシアの注意を引き、その隙にギャルが魔法でスライムメシアのコアを攻撃する、という見事なパーティプレイのようだ。
しかし、作戦が上手くいっていないことは傍目にも明らかだった。
スライムの粘液に、イケメンの鎧は見るも無惨に溶かされていくばかりで、ギャルの魔法は、本当に魔法が使えるのだろうか、と疑わしいばかりにうんともすんともしない。
そのとき、からんっ、とイケメンの鎧から肩のパーツが乾いた音を鳴らして落ちた。
直後、イケメンの顔が泣き出しそうなほどに崩れる。
「くそっ! この鎧、いくらしたと思ってんだ!! やってられるか!!」
そして、キレた。
「あっ――」
ギャルが呼び止める間もなく、戦線から逃げ出すイケメン。残されるギャル。
「おいおい……」
呆れた。後衛を置き去りにして逃げ出す前衛がどこにいるのか。
死ぬまで後衛を守るのは前衛はだろうに。ましてや女の子を置き去りにするなんて。
前衛を失った後衛の末路はすべからく悲惨なものだ。ギャルとて例外ではない。
ギャルは脱力したようにぺたんと腰を落とす。
ダメ元の魔法も唱えず、ただ彼氏の去った方を呆然と見つめている。
そこに、スライムメシアがうねうねとにじり寄る。
気配を察してギャルが振り返る――その眼前で、スライムメシアは大波のように屹立すると、こぽんっ、と最後に呼吸のあぶくを一つ残して、一息にギャルを呑み込んだ。
「え、えらいこっちゃ!」
慌てて駆け寄る。
スライムメシアに喰われたギャルは、半透明な粘液の中で溺れるように藻掻いていた。
しかし、ぼくと一度だけ視線とかわすと、ギャルは1つ2つとあぶくを吐いたっきり、脱力し、動かなくなった。窒息――ではない。スライムの毒で気を失ったのだ。
「ど、どうしよ?」
ギャルの魔法使いっぽい衣装が端っこから煙のようにたゆたう。
衣装だけではなく、靴も、髪飾りも、粘液の中で形を失い、煙のように広がっていく。
「溶かされてる!?」
スライムの食事は2段階に分けられる。
第一段階は、獲物の装備品を溶かして、あまさずに栄養とすること。
この段階で獲物が死ぬことはない。
昏睡作用のある毒で眠らせ、酸素も肌から直接注入される。
危険なのは第2段階だからだ。
第一段階で獲物の装備品を平らげると今度は獲物の穴という穴から自身を浸透させる。
そして、獲物を内部から破裂させるのである。
あとは、細切れとなった獲物をじっくりと溶かし、吸収する。
こうなると、もはや蘇生もままならない。
ギャルの状態は、まさに第一段階の初期の初期。生還の可能性は十二分にあった。
「全裸になるまで待つか?」
セシルちゃん妖精が意地悪な笑顔でそう言った。
「それも悪くないね」
バット代わりのグレートクラブをバッターボックスのバッターみたいに構える。
ホームランをかっ飛ばす要領で、スライムメシアのコアに狙いを定めて、定めて、定めるのだが、……むぅ、どの角度から狙ってもギャルが邪魔で打ち抜けない。
このままではスライムごとギャルを吹っ飛ばしてしまう。
「ぱんぴ~――」
だから、ぱんぴ~にギャルだけ取り出して貰おう、と考えたのだが。
「きゃっきゃ♪ きゃっきゃ♪」
ぱんぴ~はスライムの残骸を狂ったように踏み荒らしながら無邪気に笑っていた。
ちなみに粘液洞窟に入ってからずっとこの調子だ。
スライムの残骸を見つけては、骨っこを嗅ぎつけた犬みたいに駆け寄り、今のようにぐちゃぐちゃ、ぶちゃぶちゃと踏み荒らしては、無邪気に笑っているのだ。
まるで水たまりを見つけたちびっ子みたいだな……というか、まんまそれ。
ちびっ子は水たまりを見つけると足踏みせずにはいられない生き物だから、まさに年格好の似たぱんぴ~にもそういう習性はあるのだろう。
「……しょうがない」
どっちみち魔法でも狙えそうにないので手を汚すことにした。
防具の腕の部分だけを解除して、インナーの袖を肩まで捲る。
ギャルが無事だから腕を突っ込んでも溶かされることはないとは思うが……、感触は、覚悟が必要だ。どろどろか、ぷよんぷよんか、はたまた、ぐにょんぐにょんか。
(生きた動物の体内に手を突っ込んだ感触、と本で読んだことがあるけど……)
生きた動物の体内に手を突っ込んだことがないので、まったくわからないけど。
「ええい! ままよ!」
「待て待て。良い機会ぢゃ、ハイエルフの奥義をひとつ教えてやろう」
覚悟を決めてスライムに手を突っ込もうとしたところで止められた。
「――奥義?」
「名付けて《マジ・カノン》ぢゃ」
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