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第16話 粘液洞窟

 多種多様なスライムが生息するダンジョン、通称「粘液洞窟」は、学校から徒歩で10分ほど行ったところにある河川敷にある。

 正確には、河川に接続する排水路がそれだ。


 洞窟と呼ばれているが、歴とした人工物で、大雨のときの増水対策用に設えられた下水道の一部が、魔物に占領され、ダンジョンと化したのだ。


 河川敷には、警備担当の冒険者の詰め所と休憩所が用意され――すぐに撤去できる大型のテントだが――冒険者はここで準備を終えてから、排水路に向かう。


「――あっ!」


 道具も防具も完備し、あとは武器だけ、という段で、重要なことに気がついた。


「棍棒が……ない」


 M/Mの画面には「No material」という表示。

 意味は「棍棒? ないよ? 戻してないんじゃない?」。

 なぜ? と考えたところで、はたと思い当たった。

 前々日にゴブリンに襲われたとき、なくしてしまったのだ。


 どんなに壊れていても、壊れた部品などをあまさずに回収すれば、再構築の時に新品同様となって戻ってくるものの、なくしてしまえば、それまでだ。

 再構築もままならない。


「どうした?」


 セシルちゃん妖精が話しかけてきた。


「じ、じつは――」


 かくかく、しかじか。


「武器がないぢゃとお?!」


「ちょ、声でかいって!」


 慌ててセシルちゃん妖精を引っ張ってテントの隅っこに移動する。

 ……ううぅ、ひしひしと背中に視線が。

 恐る恐る振り返ると、ぼくを見てひそひそと話す冒険者数名と目が合う。

 ぼくと目が合うと、慌てて目を逸らすけど……明らかに変質者を見る目だった!


(はっ、恥ずかし~!)


 羞恥のあまり、か~っと全身が茹で上がる。多分、耳なんて真っ赤だ。


「なんたるたわけっ! これから戦場に赴こうというのに、得物を忘れてくるとは!」


「わっ、悪かったって!」


「そもそも前日に万全に準備してしかるべきなのに、お主は覚悟が――」


 セシルちゃん妖精のお説教にいよいよ油が乗りだした、そのときだ。


「なんだぁ、御珠~、武器を忘れてダンジョンにきたのかぁ~?」


 聞きたくもない声が、小馬鹿にしたような調子でぼくの背中を小突いた。


(うぇ、この声は……!)


 物事を「最悪」と揶揄するときは、だいたい、最悪とはほど遠いものだが、今この瞬間においては間違いなく「最悪」だった。


 重力異常にでも遭ったかのように格段に重くなった体を無理にひるがえす。


 似た声の他人であることを見たこともない女神様に願ったが……一度も教会でお祈りしたことないぼくの願いなど聞き届けられるはずもなく、「最悪」は「最悪」のままだった。


 顔半分を苔むすような青髯を生やす、角刈りの男性がニヤニヤ笑顔で立っていた。

 体育教師の小林だ。

 四時限目の体育同様、白Tシャツに、緑のジャージズボンという格好。


 白Tシャツを引き千切らんばかりに筋骨が盛り上り、実にご立派。

 だが、その使い道が主に劣等生の苛めに用立てられているので、早く贅肉に変われと呪わずにはいられない。


 四時限目もそうだった。


 顔に包帯を巻いたぼくを悼むでもなく、むしろぼくの様を「無能」であるが故の当然の結果として、クラス中の笑いものにしていた。

 まあ多くは機嫌取りの愛想笑いであったが。


 教師として生徒を導く気がないのなら、せめてほっといてもらいたいものだ。


 それとも、ぼくを貶めるのは、他の連中に優越感を植え付ける、なんらかの教区方針なのだろうか?


 とかく学校でも会いたくないのに、どうしてダンジョンで出会ってしまうのか。


 ……これは、しょうがない。


 高校生は冒険実習で午後の授業がないため、暇を持て余した高校教諭が冒険実習をサボる生徒がいないか、近場のダンジョンを見回っているからだ。


 とはいえ、教員の数よりダンジョンの数の方が圧倒的に多いから、滅多なことでは教員に出会わないのに。なぜ、出会う? なぜ、小林? 運が悪いとしか思えない。


(こんのっ、青髭ゴリラめっ!)


 内心で悪態をつくも愛想笑いは忘れない。


「こ、こんにちわ……」


 ぎこちない笑顔であることが鏡を見なくても解る。

 幸い、包帯で見えないと思うが。


「武器を忘れたのなら武器レンタルサービスがあるぞ?」


「え。ええ……」


 そんなこと百も承知だ。だから、本当なら武器を忘れたことくらい、大して騒ぎ立てることではない。なのに、とこの恨み辛みを込めてセシルちゃん妖精を睨むが。


「まったくぅ~!」


 セシルちゃん妖精はセシルちゃん妖精で、頬をぱんぱんに膨らませて怒っていた。


 ……まあ心構えの問題か。


 昨日は、ぱんぴ~用の魔法を組むのに一生懸命で、冒険実習の準備なんてすっかり忘れていたから、心構えがなっちゃいない、と叱られたらぐうの音も出ないわ。


「先生が良い武器を選んでやろう!」


 拒否権もなく、隣のテント――警備担当の冒険者用のテントに連れて行かれた。


「あ~、武器をレンタルしたいのだが?」


 小林が偉そうに言うと、パイプ椅子に座ってダベっていた冒険者三名は一斉に起立し、直立不動の体勢で、小林と向き合った。


 なぜ、小林がこんなにも偉そうなのかと言えば、小林の冒険者ランクが「B」で、彼らの冒険者ランクが「C」だからだ。

 冒険者の階級特権は体育会系のそれに近いのである。


「す、スライム相手なら斬撃属性の剣が――」


「いや、この生徒は剣術スキルを習得していない。鈍器を見せてくれ」


 小林が偉そうに言うのに、冒険者3人は顔を見合わせた。


「で、ですが、スライムに打撃は――」


「見せてくれ、と言っているのだが?」


「は、はい」


 小林に気圧され、冒険者のひとりがレンタル武器のカタログを広げた。


「どれがいい?」


 人好きのしない笑顔で小林が聞いてくる。

 さっさと小林とさよならしたいのでカタログを適当に指差した。


「これがいいです」


「グレートクラブだと?」


 ぷっ、と小林が吹き出す。


「筋肉自慢の重戦士だって両手でも持て余す……い、いや、わかった……他ならぬ生徒の希望だからな、では、グレートクラブを頼むよ、君」


 ややあって冒険者3人がかりで持ってきたのは、大木の枝葉と根っこを切り落とし、人が持ちやすいように柄の部分を削り出しただけの、無骨で、ただただ巨大な鈍器だった。


「たっ、試しに振ってみたらどうだ?」


 小林がそう言うのに、冒険者3人は愛想笑い。

 入場許可を取りに来た他の冒険者も遠巻きに眺めて薄ら笑いを浮かべている。


(……むぅ)


 誰が悪いかって適当に「グレートクラブ」を指差したぼくが一番悪い。

 誰もが持てないと思っている。持てるはずがないと決めつけている。

 目立ちたくないのから、当然そのように振る舞えば良い。


 ……だが、しか~し!


 ぼくも男だ、馬鹿にされて。はいそうです、と素直に道化を演じるような安っぽい自尊心は持ち合わせていないのだ。特に、小林に馬鹿にされるのは、もう我慢の限界。


「お~、良いですね」


 何でもないように軽口を叩き、グレートクラブの柄をむんずと掴む。


「悪くないです」


 ひょいとそれを持ち上げて見せた。

 ……あれ? 

 周りにどよめきが起きるが、多分、一番驚いたのはぼくだ。

 何らかの魔力による付与が必要かと思ったのに素の力で普通に持ててしまった。


「凄く良いです」


 ついでに片手でぶんぶんと振って見せる。


「これ、お借り、――ん?」


 どうしたことか、周りの誰もが笑顔を引きつらせている。

 小林など、顔の穴という穴を全開にしたまま、鼻水と涎を垂れ流している。

 ……なんてね、大半は予想済みだ。


「どうしました?」


 白々しく聞いてみた。


 ついでに「これどうぞ」とグレートクラブを小林に渡して、無様にひっくり返してやろうかと意地悪を思いつくが……流石にこれ以上、目立ちすぎるのはよろしくない。


「では、これお借りしますね」


 さっさとダンジョンに向かうことにした。

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