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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
黒い森に火を灯す
8/47

第一話 終:押しかけ事務員

 7


 魔法式を組む時には適切な数値を脳内で設定し、霊脈を通してこの世界の法則に干渉する。

 それが魔法と呼ばれる技術だ。

 つまり、日常的に魔法を使っている俺は数字に強いはずだ。いわば脳内で常に計算式を組んでいるも同然なのだからそうでなければおかしい。

 おかしいのだが、万年筆を握る手は遅々として進まない。先日の依頼の請求書を整え、有力冒険者たちの予想資産を計算し、当然、我が事務所の経理計算も書類にしなければいけない。

 だが、面倒くさい。気が進まない。やる気が出ない。眠くなる。愚痴だか言い訳だかを羅列すればいくらでも言える。そんな無為な思考を紡ぐ暇があれば手を動かさなければいけないのだが、面倒くさい。


「霊脈から直接俺の脳内で組み立てた数字入力できるようにならねぇかなぁ……。まどろっこしいんだよなぁ」


 ぶつくさ言いながらデスクで万年筆を動かしていると、熱源観測魔法でドアの向こうに何者かが立ち止まったのが見えた。

 俺はこれ幸いと万年筆に蓋をして胸ポケットに差し、身だしなみを軽く整えて玄関へと向かう。


「はい、こちらハゲタカ遺失物回収事務所です。どのようなご用件……え?」

「おはようございます。所長さん」


 昨日俺の頬を引っぱたいて出て行った、ドロテア女史が人が変わったかのような晴れやかな笑顔を浮かべてドアの向こうに立っていた。

 身長差もあって上目遣いに、俺を見つめていた彼女は、手にしたトランクケースを持ったまま深く腰を下げて礼をする。


「本日からこちらで事務員としてお世話になるドロテアです。どうぞお見知りおきを」

「……え? あ、え? ちょ、ちょっと待ってください。俺は確かに貴女の就職先の斡旋書類、お渡ししましたよね?」

「はい。それらに全て目を通し、先日の依頼でこの事務所にお邪魔させていただいたことを合わせて考えたら、わたしの就職口はこちらの事務所の事務員が適切かと愚考致しました」

「面接とか! 俺頼んでもいねーし募集もしてねーから!」

「でも、未処理の書類が山積みになっているのが見えちゃってますけれど?」


 女史は腰を下げたまま上半身を斜めにして、事務所の中を勝手に伺ってくる。

 どうせ昨日の今日で、事務所の状況はさして変わっていない。そう、彼女の言う通り、デスクにはまだまだ処理しなければいけない書類がたくさんあるのだ。

 ドロテア女史は、相手の弱みを握った者特有の、あの余裕ある笑みを上目遣いのまま俺に投げかけてくる。


「書類仕事、苦手なんじゃありませんか? わたし、経理とか得意ですよ? それに市場に出しているのでご存知かと思いますが、わたし肉体強化系の法式札も打てるんです。きっとお役に立つとお約束しますよ!」

「……あのですねぇ、それにしたって物事には順序ってモノが……」

「わたしは罪を償えるのなら、死んでもいいと思っていました」


 いきなり真顔になって、ドロテア女史は背筋を立てて俺をまっすぐに見据えてきた。

 いや、もはや睨みつけてきている。彼女は昨日の自滅的で破滅的な危険さを抱えたまま、鋭い言葉を投げつけてきた。


「所長さんは、わたしから死ぬ言い訳や楽になるきっかけを奪いました。真っ当に生きてその才能を生かせと、何様のつもりか説教しました。そして所長さん自身の我儘なのだから責任は取ると、そういう態度を取りました」

「あ……はい、そうですね」


 ぐうの音も出ない。


「なら、責任を取ってください。わたしはわたしが殺してきた、顔も名前も知らない人たちに、その遺族や仲間たちに胸を張って生きるだけの自分にはまだなれません。面倒、見てください」

「……お給料、そんなに出せませんよ?」

「いいですよ、押しかけ事務員なんですから。大体、所長さんはわたしみたいな死にたがりのクズでも助けようとするお人好しのくせに、その自覚が無いから危なっかしくて見てられません。人殺しのわたしが、あなたをこれから監視します」


 俺は俺の【回収屋】としてのプライドに依って、仕事をしただけだ。

 そしてドロテア女史は彼女自身の我儘に依って、我が事務所に押しかけてきただけだ。

 どちらも自分勝手に仕事とそのやり方を選んだだけであり、俺は確かに彼女にお願いしたのだ。

『殺さないでくれ』と。それは正確に伝わり、彼女自身の命も含めてもう誰の命も奪って欲しくないという意思を汲んでくれた結果が、その殺意を抑えられる職場がここなのだとドロテア女史自身が決めたのなら、そんな状況にしたのは誰かというのなら、俺が悪い。

 下手に生きる気力をお客様に取り戻させたのは、俺自身なのだから。


「……本日から勤務、よろしくお願い致します」

「こちらこそ、所長さん」


 ドロテア女史は笑顔で事務所の中に入っていった。

 俺は理解した。

 今まで個人事務所だったのが、従業員を雇ったので俺は所長扱いになったのだと。

 偉くなったのか、エラいことになったのか、その両方なのだろうか。

一区切りの第一話まで読んでくださりありがとうございます。

本作はこれくらいのボリュームの一話を、一回投稿につき2000~4000文字くらいで毎日投稿し、五~六話くらいで終わる予定です。


お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、本作はウィザードリィと世界樹の迷宮のオマージュ要素が強い作品です。

戦いも宝探しもしない、捻くれ者の冒険者の物語を楽しんでいただければ幸いです。

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