第一話 6:ある冒険者の末路
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「回収屋さん……聞いてくれますか?
わたしは連邦王国の海辺の田舎で生まれ育ちました。そして、海を隔てたこの島の冒険譚をよく聞いて育ったんです。あそこの子供はみんなそうでした。
わたしの友達は冒険者に憧れて、ある日村を出ると言いました。わたしは正直な所、怖かったんですけれど……彼と一緒に居たいがために、ついていきました。そのために魔法の基礎も冒険者崩れの人から習っていましたし。
そこから先は、新米によくある失敗譚です。少しずつ経験を積んで、今ならはっきり言えるのですが、増長していましたね。わたしも……。魔物よりも人間が一番怖いんだって、あれほど村を出る前に言われていたのに。
一人生き延びたわたしを拾ってくれたのが、この人です。本当に親切だった。
間違った式の打ち方を改めてくれて、わたしは直接魔法式を組むより札に打ち込んで構成するやり方の方が向いていると指導してくれたのもこの人です。そうして出来上がった商品も売ってくれて、わたしはなんとか生きていくことができるようになりました。
本当に助かりました。わたしは人に裏切られたけど、でも、色んな人がいるんだって思いました。嬉しかった……。何より、自分を必要としてくれる人がいることが。
……でも」
「その先の話は、俺はもう裏を取っています」
思い出に浸っていた甘い彼女の声が、血を吐くような重みが加わってきたあたりで、俺は女史の話に嘴を差し込んだ。
「さっきはモーリス氏と言いましたが、色んな偽名を使っている小悪党ですねコイツは。冒険者をライフルで狙撃し殺害。遺骸は魔物の餌として証拠隠滅。強奪品を売り捌き、貴女のような人間を生き残らせて利用する。感心はしませんが……故人を悪く言うのは本人の前ですしやめましょう」
契約書に書いた彼女の筆跡から、市場に出回っている法式札の筆跡と一致するものを探し、卸売ルートを逆走して俺はこの目の前で死体となっている男に行き着いた。元々彼女の法式札は参考書の一つとして購入していたものもあり、裏取りは楽な方だった。
この男が売り捌いていた他の物もいくつか逆走して追ってみたが、俺が普段から嫌疑証明のために調べている盗品や遺失品のそれと一致するものばかりで、その仕事ぶりを窺い知れた。
【森】に不向きな狙撃銃の時点で怪しんでいたが、強固な装甲を持つはずの白大蛇の胸甲を装着していながら一撃で殺されているらしいことから疑念は確信へと変わった。俺が地上に降りてからやったことは、ほとんどその確信の裏を取るための情報収集である。
つまり白大蛇の装甲は外側からではなく、内側から破壊されたのである。元々胸甲内部に仕込んでいた法式札の爆発によって。
「胸甲の内側に札の破片が付着していたというのは、ハッタリですね? 回収屋さん。魔法式が起動すれば跡形も残らず灰になるよう、完全に使い捨てとなるように式を打つのがプロの仕事だと彼に教わりましたから」
女史は着ていたコートを脱ぎ、ソファーの背もたれにかけた。セーターにぞろりとした地味な単色のスカートで、どこぞの若奥様のような姿である。
その姿のままソファに腰掛け、彼女は胸甲の内側からめくれ上がった穴の縁を、指先で撫で始める。
俺は書類を持った手ごと両手を挙げた。
「その通り、ハッタリです。貴女の表情を見て切り口にしようと思いましたが、その必要はありませんでしたね」
「わたしはただただ法式札を書いて打つだけでした。彼が教えてくれる『今売れ筋の商品はこのような札だ』という言葉の通り、忠実に。式を打った本人の魔力を使わず、所持者の魔力を吸い取って使う形式。調整された爆発を起こす法式。札が自壊する仕掛け……何も疑問に思わなかった。良い仕事をすると彼が褒めてくれるのが嬉しかったんです」
穴の縁には鋭く尖った箇所もある。女史の指の腹が鋭利な装甲の欠片で食い破られ、血が滴り落ちた。
俺はホルスターの杖に一瞬意識をやった。魔力は術者の体内で練られるため、体外に排出できる身体の一部である血液は、強力な魔法の媒介となるためだ。
だが俺の懸念と違い、彼女は血が流れる指を自分の舌で舐めた。
「……回収屋さんは覚えていますか? 上都からたった一年で深層に至り、白大蛇を倒し、この胸甲を造って身に纏い、期待の新星ともてはやされた冒険者さんを。……彼がある日、いつものように大迷宮へと潜り、しばらくして低層で遺体が発見されて騒ぎになった日を」
「新聞にも載りましたからね」
死体は裸で、魔物に食い荒らされて損傷が激しく、何より残留装備が一切見つからないことから、同業者に殺害されたことは誰の目から見ても明らかなことだった。当時は白大蛇の守りを貫通して手早く始末できる手段が色々と無責任に推測されていたが、今ならわかる。
胸甲は所詮守るのは胴体だけ。そして法式札は罠を張るのに非常に適している。帰り道で疲弊している所に、罠を仕掛けて狙撃すればいかな新星冒険者と言えど助からなかった、ということなのだろう。
「……彼が未帰還となる直前に、わたしは『いつもより大口の仕事が入った』と大量の札の製造を頼まれたんです。そして、彼がそれを卸しに行って帰ってきた後、頑丈な錠前をかけられた旅行鞄を『大切なものだから』と預けられました。新聞で遺体発見の報を読んだのは、それから後でした。
わたしはちょっと疑問を覚えました。恩人に対し、そんなことを思う自分が恥知らずに思えました。だからあえて、彼の潔白を証明するために商品の法式札に仕掛けを施したんです。製造者のわたし以外は解析できない、起動場所の位置をポイントする式を打ち込んでおきました」
「……そんなことできるんですか?」
俺は魔法使いの端くれとして思わず純粋な疑問を投げかけてしまった。
彼女は事も無げに説明を始める。
「霊脈を通じてわたしたちはこの世の法則に干渉しますよね? その干渉を、実際の物質世界に影響しない程度に何度も繰り返す式を混ぜておいたんですよ。干渉にリズムをつけておいたので、そのリズムが暗号になります。わたしはそのリズムに反応する法式札を打ちました」
原理は理解できたが、法式札本来の機能に影響を出さず、オマケに法式札本体そのものは自壊させておいてまだそれだけの機能を付与するとは、完全に理解の範疇を越えた技術だ。俺の故郷ではこんな小細工を使う奴は出てこないだろう。
恐ろしい才覚を持った女を、ここで死体になっている男は引き当ててしまったようだ。