最終話 終:二人きりの地獄へ往こう
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朝一番に役所が開くと同時に入ったのだが、出てきた時には昼頃になっていた。
「ああ、ちょっと暑くなっちゃいましたね。あなた」
「そうですかね? 冷やしたハンカチ使います?」
「ありがとう。あなたのそういう優しいところ、大好きですよ」
ああ、ドロテアさんが完全勝利の笑顔で俺から受け取ったハンカチを額に乗せ、二種の書類が入った封筒を嬉しそうに鞄の中にしまいこみ、腕を組んで抱きついてきた。
都役所の玄関前を行き交う周囲の人々からは「暑そう」という奇異な視線を覚えるが、俺は最早無意識に自分の周囲の気温を適温に調整しているので、ドロテアさんからしてみればこちらの方が涼しいのだ。
「婚姻届と島民登録の取り消し書を同時に出すってやっぱ変じゃないですかねドロテアさん……」
「でも今からツェズリ島を出ちゃうわけですから、必要じゃないですか?」
「いや婚姻届はとりあえず連邦王国に到着してからでも……」
「わたしたち、これから世界中をあちこち新婚旅行するんですよね? 定住する気がないのなら、二人が出会った場所で結婚証明はしておくべきだと思うんです。これでも結婚式とか我慢したんですから、わたしは譲歩したつもりだって何度も言いましたよね?」
「そうですね……全くもってその通りですね……。俺の負けです」
意識してドロテアさんの周囲の気温調整もしつつ、俺は路面電車の停留所へと向かって歩き始めた。
正直空を跳んで移動した方が早いし交通費もかからないので良いのだが、愛用していた外套を俺はもう着ておらず、荷物鞄の中に仕舞いこんでしまっているので二人で空を跳んで移動するのはかなりの魔力を喰うし疲れる。
それならば、路面電車と汽車を使って港まで移動した方がまだマシではある。俺は今後の活動も考えてできるだけ手持ちの資金は節約したかったのだが。
ドロテアさんは本当に嬉しそうに話しかけてくる。
「この島ともいよいよお別れですね」
「名残惜しいんですか?」
「どっちがですか? わたしが言わなくちゃ、この暑いのにまだあの外套羽織って移動するつもりだったくせに」
「それとこれとは関係ない話だと思うんすけどね」
「年がら年中暑くても寒くても外套羽織って空跳んでいるあなたの姿は、ハゲタカの象徴でしたよ。だからもう、少なくともこの島では着ちゃいけません。妻のわたしが許しません」
「まぁ意識してやってましたからね」
停留所まで到着したので、二人して待合のベンチに座り一息つく。
平人、吠人、寝人に牙人。多くの人種が行き交う通りを無視して、街を跳ぶ【回収屋】ハゲタカの姿は費用をかけない宣伝行為の一種だった。
杖も使わず外套を翼のように広げて空を跳ぶ俺の姿は、かなり目立っていたはずだ。
自分で言うのもなんだが卓越した魔法使いであることは、冒険者なら一目でわかる。そして【回収屋】の顧客は冒険者なわけで、高い機動力を買われて迷宮内外を結ぶ宅配業者みたいに扱われていたところもある。
でも俺は、あえて屍肉漁りで腐肉喰らいの嫌われ者なハゲタカであることを選んでいた。仕事は綺麗に済ませるが、俺自身の印象は最悪であるのが望みですらあった。
結局、身内を作るのが、守るべき誰かが隣に出来ることを怖がっていただけなのだが、ドロテアさんには残念ながら負けてしまった。
今更ながら、俺は改めて伴侶となったドロテアさんに問いかける。
「ドロテアさん。これから俺はハゲタカじゃなくなりますけど、これまで以上にいつ死んだっておかしくないめちゃくちゃ危険な道を往くつもりです。単独行動を取らざるを得ない場面も多いと思います。この身体が一つしかない以上、ドロテアさんを守れないことも多いでしょう。正直、俺自身は伴侶としては最悪に近い相手だと自己判断しています。本当に、たった今婚姻届にサインしたばかりで悪いんですが、本当に俺について行っていいんですか? まだ引き返せますよ」
「どこに?」
ドロテアさんは少し怖い笑顔で首を傾げて即座に質問で返してきた。
「どこにって……ほら、今から連邦王国行くじゃないですか。ご実家に戻るとか、法式札はこの島で採れる紙やインクじゃなきゃ高性能なのは作れませんが、低品質のものなら作れますし大陸ならそれだけでも食っていけるはずです。あとほら、ドロテアさんお顔も頭もよろしいですし、この島での功績を素直に言えば、いくらでももっといい男捕まえられますよ」
「知りませんよそんな男性たち。わたしが傷物の人殺しのバカな女だって調べて、知って、それでも手を差し伸べてくれたあなただから、わたしがついてなきゃだめなんだって、何度言わせれば気が済むんですか?」
「あのですねぇ……」
言いたくないが、順序が逆だが、やっぱり言わなくちゃいけないだろう。
「俺はね、あなたが傷ついてほしくないですし、ましてや死んでほしくもないんです。確かに、あなたの才能や技術が惜しいからそう考えているところも少なからずあります。でももっと単純な話で、俺はドロテアさんが好きだからあなたが幸せになってほしいし、泣いてほしくもない」
俺がもし帝国から逃げた人間でなければ、帝国の政権を握る貴族たちが世界征服とかいう馬鹿げた妄想に取り憑かれていることを知っていなければ、もう少し他の選択肢もあった。
「だからこそ、俺は実家に帰って馬鹿兄貴を説得しなくちゃいけなくって、それが危ない」
「じゃあなおさら、夫のご実家に妻が挨拶しに行くのが道理じゃないですか。子爵様でしたっけ? 高貴なお貴族様がどうでもいいゴミクズだって放り捨てた息子が、帝国では実現できない技術を持った女捕まえて帰ってきて、世界の実情をご説明する方が勝算は高いですよ」
「説明する前に殺されるかもって話です」
「まぁ素敵ですね。あなたと一緒に逝けるならそれはそれで最高の幸せです」
婚姻届を役所に提出した時と同じ、最高に晴れ晴れとした曇り無き笑顔でそれを言うからこの女性は怖い。だが俺もドロテアさんのことを責められない程度には、イカれている自覚はある。
俺たち二人は自分の命なんてどうでもいい。目的のためなら手札の一つとして切るくらいにしか考えていない。
その時、名案を思いついたという顔で、ドロテアさんは両手の平をぱんっと合わせた。
「じゃあこうしましょう。わたしがあなたの我儘の道を進むうえで死んでも、気にしないでください。その後他の女の子と添い遂げてくれたって、別に構いません。わたしだってそれくらいの覚悟と分別はありますよ?」
「……あの、それ言われて今なぜかものすごく悲しくなったんですが、なぜなんでしょうかドロテアさん?」
俺だけ一方的に有利な条件なのに、理由はわからないがよりによってドロテアさんに笑顔でそれは言ってほしくなかった。せめて涙ながらに言ってもらった方がマシなような気がする。
ドロテアさんは俺の頬に触れて、撫でて、そしてつねった。痛い。
「死人は決して帰ってこない。時間と忘れることだけがお薬。そうですよね? ならわたしの提案を受け入れてください。わたしもあなたには幸せになってほしいですし、泣いてほしくも死んでほしくもありませんから。そのためなら手段は選ばないだけのことです」
「……ドロテアさんの替わりになるような女性他にいませんよ」
「嬉しいお言葉ですね。名前だけ入れ替えてそっくりそのまま返してあげますよ」
ぐうの音も出ない。お互いの我儘の平行線だ。
その時、視界の端に路面電車がゆっくりやって来るのが見えた。そろそろ乗らなければ、出発しなければいけない。
立ち上がりかけた俺の手を繋ぎ、ドロテアさんは「そう言えば」と見上げてきた。
「名前と言えば、まだあなたの名前を妻だというのにわたしは知りません」
「え? 婚姻届に名前書きましたよね俺?」
「あれって偽名ですよね? この島で逃げ隠れている間の」
説明したことがないのに、よく見抜いている。
ドロテアさんは俺に詰め寄って、胸を指先でつついてきた。
「教えてください。冒険者でもなくなった、所長さんでもなくなった、ハゲタカでもなくなった、あなたの本当のお名前を」
「ま、そうですね」
路面電車が停まった。
俺はこの島で、他人の失くしたモノを取り戻すことを生業にしてきた。
でも他人のことなんかより、俺自身が失くしたモノを取り戻さなければいけなかったのだ。
これは飛び出して逃げ出した場所に、決着をつけるため愛する女性と往く地獄への路線。
なら、逃げ出した名前をもう一度名乗って、戦い、掴み取らなければいけない。
「俺の名前は――」
迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ 完
最終回まで読んでいただいた方に、まずは心からの感謝を申し上げたいです。
本当にありがとうございました。
今回のサブタイトルは「KAMITSUBAKI STUDIO」の「飛翔」のワンフレーズからいただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=isRJHa-7QXE&pp=ygUP56We5qS_44CA6aOb57-U
本作のタイトル通り「【回収屋】ハゲタカ」の物語はこれで終わりですが、ハゲタカと名乗っていた魔法使いの戦いはここからが本番となります。
世界を舞台にした続きの物語は群像劇を予定しており、12月13日の夜頃から投稿し、その後今まで通り基本的に朝八時予約投稿していこうかと思います。
タイトルは「魔宵子たちの北極星」です。見かけたら、まぁ、タップorクリックしてくださるとありがたいです。
今後とも私個人のエゴと好き勝手に貴重な時間を使って付き合っていただける方がいれば幸いと思い、精進させていただきたく存じます。
ちなみに、noteの方ではもう少し長いあとがきを書きました。
https://note.com/ten7miduki/n/n7c52b368dc42




