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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
かくてハゲタカは地に落ちた
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最終話 4:いつかまた

 4


 三年前、ハゲタカという通称がすっかり定着してしまった相棒は独立して、あの日の続きのような専門業者を始めた。

 とは言っても、気心の知れた仲であり景気が良いわけでもなく、何よりアトラ自身が最高に信頼できる相棒はハゲタカだと今でも思っているので、たまに狩りの仕事も手伝ってもらう関係が三年間続いていたのだが。

 そんな親友(ダチ)が、結婚すると疲れきった顔で、なんとも言い難い匂いをさせて告白した。

 アトラはバカなので、常識や礼節といったものをあまり重視していない。わからないわけではないが、どうでもいいと思った場面では無視する。


「何思い詰めんてだよう」

「そうだな。もう【回収屋】なんて危ない仕事は所帯持つならできねーからな。この島出て、新婚旅行がてらあちこち回って稼ぎになりそうな仕事探すかーってなると、なんとも不安で――」

「そういう話じゃないからおいらん所に来たんだろう、鷹の字よう」


 ハゲタカは自分のこめかみをつつき、悩んでいるようだった。


「お前頭悪いからどこから話したもんだかな」

「かいつまんででお願いするぜぃ」

「魔法帝国って知っているか? ツェズリ島よりさらに北、連邦王国の諸島群よりさらに北。北海同盟よりもっと北。極北の国。俺、あの国から逃げてきたクズの一人」

「ハゲタカはハゲタカだろうがよう」

「いや、悪いけどお前に貰ったその名前、この島に置いていくわ。結局さ、このハゲタカって名前を付けて貰った時に持って帰った奴らをぶっ殺した犯人は見つけられたけどさ。それ以外、なんにも無かったからな。イヴァンの女にはジョッキ投げつけられたっけなぁ」

「何が言いたいんだよう」

「俺は【回収屋】として、自分なりに矜持を持っていたつもりだった。あの日お前に言ったのがそのまま意地になった。死人は帰ってこない。でも何か一欠片(ひとかけら)だけでも生きている人間には取り戻せるかもしれない。――そんなことは無かった。全部無駄だった。俺はただの薄汚い屍肉喰らいのクズのままだった」

「そんなん、鷹の字が勝手に決めていいもんじゃねぇだろうがよう」


 ハゲタカが仕事をして、ハゲタカ自身がどう思おうと、依頼人には関係が無い。

 アトラも一緒だ。死ぬような目に遭って苦労して狩った獲物がただの見栄のためだけに使われることもあれば、()()()()()()で狩った獲物の装備を大事に今も使ってくれている冒険者もいる。

 だから親友(ダチ)がどれだけ自分を卑下しようと、アトラはそんなこと知ったことではない。

 ハゲタカは苦笑いを浮かべた。


「ま、そうだな。でもな、俺が俺をクズじゃないって思うためには、やらなきゃいけないことがあるんだよ」


 ハゲタカは外套から封筒を取り出し、アトラの方に置いた。


「俺が覚えている限りのざっくりとした帝国の地図だ。恐らく、似たようなモノ、もっと詳細なモノは色んな列強国のお偉方、軍上層部なんかが握っている。でもツェズリ島有数とはいえただの【狩人(ハンター)】のお前が持っているとは、帝国側も気づかないはずだ」


 アトラはやっと楽しくなってきた。

 身を乗り出して、話の続きを態度だけで促す。


「それをどう使うかはお前に任せる。お前は馬鹿だが俺よりきっと上手く使いこなせる」

「何しようってんだよう、相棒」

「このまま放っておけば、十年二十年以内に帝国対世界の戦争が起きる。それを防ぐために、俺はこの島を出てドロテアさんと新婚旅行する。実家に帰って挨拶もする。昨日をちゃんと見て、明日を掴む。惚気話で悪いがドロテアさんにそう口説き落とされたんだよ」

「なんだなんだ超楽しそうじゃんかよう!」

「そう言うと思ったから最後の挨拶に来たんだよ。何かあったら連絡する。必要なら力も借りる。でも、たぶんこうして(ツラ)合わせて話をするのがこれが最期だ」


 なるほど、複雑でよくわからない匂いは『今生の別れ』というヤツを覚悟した匂いだったのか。

 ハゲタカは笑みを浮かべて封筒を指差した。


「今はある程度塗り換わっているかもしれんが、俺の覚えている限り帝国の子爵領、伯爵領、侯爵領、公爵領、国有領も地図には書いておいた。添え書きも残しているが、面と向かって情報交換できるのはこれが最後だろうから、最低限俺がお前に言っておきたいことを今から言うし、お前が質問したいことは質問してくれ」

「おう」

「俺は平人(ヒト)並の魔力しか持たない。ちなみにアトラ、お前はざっと十五人分くらいの魔力を持っている。狩人として洗練された食生活を重ねた家系のおかげだろうな」

「鷹の字の食生活がいい加減すぎんだよう」

「耳が痛いが、ここからが本題だ。子爵の当主や総領は、俺一万人分から五万人分くらいの魔力を持っている」

「…………え?」


 数字の桁がいきなり跳ね上がりすぎ、アトラは固まった。

 だがハゲタカは淀みなく続ける。


「伯爵になると最低でも百万人分くらいにはなるかな。それ以上はお目にかかったことが無いし、たぶん見ても把握できないぐらいめちゃくちゃな数字だろう。ま、いずれにせよここまで来ると、だ」


 ハゲタカは外套の裏から水筒を取り出し、テーブルに少し水を零した。

 零れた水たまりは小指の腹ほどの大きさである。ハゲタカが水を指差すと、瞬時に凍結して氷粒となる。

 氷粒をつまみ、空中に放り出すと、ぱんっ! という耳をつんざく大きな音と衝撃が部屋に走った。


「これはただの水だから俺でもこういうことができる。冷やして、暖めるの基礎中の基礎だ。ところで、人間や動物、植物にだって『体液』ってのが流れている。大体は血だな」

「おう」

「生き物の血はそれ自体が魔力抵抗が強くってな。俺が他人の血液を直接凍らせたり、蒸発させたりできないのは単純に魔力量が低いからだ」

「あー、だから布の方を冷やしていたのかよう」

「そういうこと。で、子爵級になったらもう余裕で生きている人間の血液を凍らせて蒸発させたりできる。手間はいらない。もう視界に入れた時点で終わりだ。俺の兄貴は総領だからそれくらいできるってお話」

「……――」


 頭の悪いアトラでも、魔法帝国の軍事力の凄まじさが伝わり、冷や汗が出てきた。

 だが、だからこその地図なのだろう。相棒のハゲタカはいつでも地図と地形を重視していた。狩人のアトラも、地形把握やそこに棲息する生物や集落の把握の重要性は理解している。

 つまり、親友(ダチ)が渡してくれた地図は魔法帝国の総合軍事力の一端をある程度反映している情報なのだ。


「でもまぁ、それはそれとして帝国本土ってすげぇ豊かなんだよなコレが」

「どゆこと?」


 悔しそうに、あるいは苦しそうに顔を歪めてハゲタカは水筒の水を手の平の上に零し、少しずつ湯気が立ち昇っていく。


「熱量操作属性の貴族たち魔人によって、極寒の永久凍土に覆われていた帝国領地は今や常春の楽園になっている。海水を蒸発させて雲を作り、気流操作することで天候まで思いのままだ。鉱物干渉属性で鍛冶冶金技術が必要ないほどに、単独の貴族が『工場』となれる。電気操作属性で、俺たちが石炭使っているのを電気で賄ってエネルギー問題を解決している。

 移民してきた人間たちはおかげで平和で穏やか、のんびり農民やっているよ。食うに困らないと人間余裕が出てくるもんだし、圧倒的に強くて恩恵を生み出す神サマみたいな貴族たち魔人はお優しい領主様だからな。犯罪ってのは余裕が無いからやるもんなんだって帝国行ったらわかるぜ。素晴らしい国だろ?」

「……帝国に行った移民たちはほとんど帰って来ねえっておいらも聞いてたけどよう。噂以上の話じゃんか」


 あまり世事に詳しくなく、興味もないアトラでも『帝国はこの世の楽園』という噂話は知っていた。

 しかしいくらアトラがバカでも帝国の移民船団はあまりにも都合が良い話すぎて怪しいと思う。そのうえで帝国が豊かな国などと、砂糖菓子にハチミツとカエデシロップをぶっかけたような甘い話は無いのだと怪しんでいた。

 だが、帝国出身のハゲタカはそれを今、真実だと告げた。そして明らかに怒っていた。


「でもな、だからってこの星全土を同じような状況にできるほど魔人の数は足りていねぇ。それなのに自国領土の環境維持したまんま、世界と戦ってみろ。局所的には必ず勝つが、大局的にはジリ貧確定だ。帝国は理想郷に浸かりすぎて、他国を舐めすぎて、世界が見えていない。……地獄が見えるぞ」

「ああ……うん。やばいわー。めっちゃやばいわ……」


 今、アトラがハゲタカにこのようなことを告げられていることそのものが、地獄の窯が見える原因の一つなのだ。

 アトラに渡された帝国内部の地図は、列強国の上層部なら握っているとハゲタカは言っていた。情報は漏れており、裏切り者がたくさんいる。

 ならどんなに帝国が強くても、勝算は高い。()()()()()()()()()()()()


 実際に戦わせられる前線の兵士、戦場となる地域は未曾有の被害と体験をするだろう。それでも最後まで戦えば勝てるのならば、戦うのが人間だ。

 アトラが今【狩人(ハンター)】として多忙なのも、根っこの理由は一緒である。依頼人たちはアトラが獲物たちの命を奪う時に想う心の重みや、用途や依頼理由の下らなさに落胆して仕事がバカバカしくなる気持ちなど、知ったことではない。金を払えば必要なものが手に入るのは当たり前なのだと思っている。

 望んでアトラはこの島に来たからまだいい。


 だが兵士たちは命令で戦い、戦地となった場所に暮らしていた人々はただの被害者だ。

 だけど、そんな彼らですらも、人間というものは『必要な犠牲なのだから仕方ない』『自分たちには関係ない』『それだけの金を支払っているのだから成果を出して当然だ』と戦火を直接その身に浴びない限り、どうでもいいと思うのだろう。

 ただ、親友(ダチ)の話を信じるのなら、対岸の火事を眺めていた人間の燃える数が今までの戦争より確実に、桁違いに多くなるのが問題なのだ。


「さしあたって、質問は?」


 ハゲタカは自分からしたいだけの説明は終えたらしく、アトラに対してたずねてきた。

 アトラは想った。考えるのは苦手だ。そもそも親友(ダチ)の故郷が想像以上にすごすぎて、理解が追いついていない。

 だから、身近なことだけ、わかることだけ質問した。


「そうだなぁ……ウチは家族仲いいけどよう。鷹の字んとこは、そうじゃなかったんだな」

「ん? え? そういう話? ああうん、ようするに兄貴にザマァしてやるのが俺の目的」


 一瞬呆気に取られたハゲタカは、調子を取り戻すとあっけらかんと言った。

 アトラだって、仲の悪い家族間の拗れた話はよく聞くし、親しい人間がそうであるのなら仲裁に入ってやることも多い。

 だから言っておいた。


「あんまり復讐(それ)にこだわりすぎて、嫁さん泣かせたらだめだぞ」

「それ質問じゃなくて忠告じゃねーか。やっぱアトラ、お前最高に馬鹿だよ」


 ハゲタカが屈託なく笑う姿など、初めて見た気がする。

 感慨にふける間もなく、ハゲタカは席を立ってドアに向かっていった。


「じゃあな、相棒」

「いつかまた会おうぜぃ、相棒」


 お互いに顔は合わせなかった。

 ただ互いに突き出した拳が当たり、それだけで十分だった。

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