最終話 3:彼の名はハゲタカ
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平人は他人種と比較すれば単独ではあまり強くない。それを自覚したうえで、アトラの家系は狩人として血族で縄張りを管理して獣を狩り、集落を築いて定住と移住を繰り返す様々な人種の部族たちと取引をし、時に争いがあれば狩りの技を殺人の業として振るいながら、今は合衆国という国名になってしまった大陸で連綿と長く永く暮らし続けてきた一族である。
大勢の人間が集い、畑も牧草地も狩場も無く、それでも生活を成立させる『街』というものがあるのは知っていたが、実際に足を踏み入れたのはこのツェズリ都が初めてであった。
この経歴をして、相棒となった魔法使いの少年はアトラをこう評した。
「田舎もんで世間知らずの野生児」
たぶん当たっているのだろう。相棒は知識があり、口は悪いが交渉には長け、そして何より魔法という未知の力を持っており、狩りの腕前しか能の無いアトラにとっては最高の組み合わせだったと今でも思う。
アトラは元々鼻が利き、人間の悪意や獣の殺意は『殺臭』としてなんとなく感知できる。
一方で相棒は風を自在に操ることで空を跳び、体熱を持つ生き物なら察知するのも得意だ。何度か体温の低い魔物に不意討ちを喰らい、危ういところでアトラが助けたこともある。
つまり、二人揃うことで「遠距離の獲物を見つける鼻」「遠距離のまま獲物を仕留められる投擲」「仕留めた獲物を即座に回収し、横取りされる前に逃げられる早足」の三つを手に入れた。また、相棒はどういう理屈かよくわからないが何かを冷やすことも得意なので狩った獲物が傷む時間稼ぎもできたことも大きい。
壁で仕切られた階の迷宮内は苦手だったが、屋外に近い構造になっている階層の迷宮内ではほぼ無敵だった。そもそも二人揃っても倒せないような化け物からはとっとと逃げられるので、そういう意味で無敵だった。
とにかく不要な魔物との接触はできるだけ避け、稼ぎになりそうな魔物を狙い、仕留めたらすぐ迷宮から出て売り捌く。
あっという間にアトラたちは【狩人】として、冒険者界隈で名を売り稼ぎ地位も信用もやっかみも得た。
そんな充実した冒険者生活の風向きが変わったのは、たしか島にやってきてから数ヶ月ほど経過した時だっただろうか。
「……こいつら、死んだのか」
特定の魔物を数体狩って持ってきてほしい、という依頼を受けて迷宮に潜り、五階から七階程度の浅い階層でのことだったように記憶している。
行き道の先で人間の血の匂いがするのは二人揃って気づいていたが、石壁で遮られていたので近づくまで誰がどのように死んでいるのかなどは、わからなかったのだ。
曲がり角から出て、アトラたちは硬直した。
「殺されてんじゃねぇか。魔物の仕業じゃない。武器や魔法を使わなきゃ、こんな死体にならない。……大体、魔物は肉は喰うが、人間を裸に剥いたりしねぇ」
「冒険者狩り……【共食い】? ってーのに遭ったんだな。……災難だよう」
「災難? 災難なもんか。俺たち二人はそういうやべー奴ら、避けて逃げて遭わねーようにしているじゃねーか。明確な悪意と殺意と金勘定と……下半身の欲望で殺った、犯っちゃいけねーことだ」
相棒は一目見てわかるほどに怒っていた。アトラも無惨に殺され弄ばれた遺体を見て、憤りを覚えなかったわけではなかった。だがそれ以上に、哀しくなったのだ。人間という生き物の業の深さに。
ばさりっ、と音がして相棒が背嚢を降ろし獲物を包んで搬送するための襤褸布を石床に広げていることにアトラは気づいた。
「何してんだよう」
「アトラ、今日の仕事は中止だ。こいつら連れて帰る。完全に裸にしたわけじゃねー。中古品として売れなさそうなのは放置されている。ここにあるもん全部ひっくるめて、持って帰る」
「……気持ちはわかるけどよう。そんなことしても意味なんか――」
「ある。あるんだよ! 知らねーのかアトラ? こいつ――名前は確か、イヴァンだったか? 行きつけの酒場の女といい感じで、こっちは――たぶんジゼルだ。あちこちの馬鹿野郎から声かけられてたけどよ、全部知らん顔して突っ走る気持ちのいい女で……」
「もういいよう」
「よくねーよ。地上には、こいつらを慕っていた奴らがいる。こんなんなっちまった死体を見せるかどうかはともかくとして『死んだ』って証拠は、あった方がいいだろ。形見も、有るのと無いのとじゃあケジメのつけやすさが違う」
「止めろ」
精一杯、アトラは語気を強くして遺体を運ぶ相棒に向かって言った。
アトラはバカだ。
バカだが、相棒がやろうとしていることの行く末はなんとなく察しがつく。
「『未帰還』でいいじゃねーかよう。それ、死体だ。死んだ奴は帰ってこねーよう」
「知っている。でもフラフラ探しに行って死んだ馬鹿の話はごまんと聞いてきた。そういうのを防ぐことができる。この死因の傷跡も、使った武器や魔法を特定する材料になる。犯人を、仇を捜す手がかりになる」
「止めろってんのがわかんねーのかよう!」
「アトラこそなんで俺を止めるんだ!」
「お前、そんなことしたらドン引きもんじゃねーかよう! 余計なことしたって言う奴だって出てくる! お前の言う良いコトだってあるけど、それ以上にお前が悪もんに思われっちまう!」
代々狩人を生業としているアトラは身を以って知っている。
血で穢れた家系だとひっそりと陰口を叩かれ、そのくせして肉や革は欲しがり、都合良く使ういけすかない人間だって、たくさんいた。気持ち悪いと面を向かって言われたことだってある。
死体は、それだけ人間の心に傷跡を残す強い力を持っている。
「別にいい」
冷めた声色と、心底怒っている目で相棒は遺体の傍に散らばっている道具や壊れた装備品をかき集めていた。
「どうせ俺は出来損ないのクズだ。知っているだろ。俺、お前の荷物運びだって言われてんだぜ。事実だけどよ。運搬と機動力と索敵の重要性を理解できねーアホどもにはそうとしか見えないんだ。だから、もうどうでもいい。俺は馬鹿にされる嫌われ者の厄介者で、だから面厚くして俺にしかできないことをやれる。気が楽ってもんだ」
「……ハゲタカみたいな奴だよう、お前さんはよう」
アトラも、観念して散らばった装備品の残骸集めを手伝うことにした。
ハゲタカと呼んだ相棒は、眉根をひそめる。
「おいらんとこの故郷じゃ、ハゲタカは死体を食う卑しい鳥だって嫌う連中もいるんだけどよう。空飛んで、精霊や死者の霊とを繋げてくれる鳥だってありがたがる連中もいて、ハゲタカの子孫だって言っている人間らもいるんだよう」
「……結局は、ただの死骸漁りの腐肉喰らいの鳥じゃねーか」
「お前さんを、そう見ない連中だってたくさんいるっておいらは信じる」
少なくともアトラは相棒の真意を知る最初の一人だ。ハゲタカという愛称には、アトラなりに精一杯の敬意を込めている。
わからない奴はわからないままでいい。
相棒自身が嫌われ者で構わないというのなら、くっついているアトラも汚名を一緒に受けてやる。
あいつはそんなに悪い奴じゃない、不器用で優しいハゲタカなのだと、本人のいる所でもいない所でも教えて回ることができる。
死んだ人間は喋ることはできないが、幸い相棒は余計なくらいに口がよく回るので、わかる奴も少しくらいは出てくるだろう。
その日を境に、相棒は冒険者たちから、同業者の仲間たちから、嫌悪と好奇と蔑みの目で見られ、ひどく陰口を叩かれるようになった。
そしていつの間にか、ハゲタカというアトラが付けた愛称はギルドで登録した名前よりツェズリ島で広まっていった。




