最終話 かくてハゲタカは地に落ちた
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第一級【狩人】アトラは忙しい。
【狩人】は魔物を狩り、死体を売り捌く生業だ。時には生け捕りすることもある。
いずれにおいても、獲物に必要最低限の傷のみを与えて確実に仕留めるアトラはツェズリ島で有数の【狩人】になった。なってしまった。
深層で他の冒険者たちに付いていき、戦力兼『狩り』を行うことも多く、そんなことを続けていたらいつの間にか持て余すほどの金を稼ぎ、いつの間にか仕事を捌ききれないほど依頼が殺到するようになり、いつの間にか補佐する人間を募集して雇っていて、いつの間にか事務所ができて、いつの間にか事務員とかいう仲間たちに囲まれてアレコレ言われる生活を送るようになっていた。
「アトラさん、サラシナ工房から火蜥蜴二十頭の注文が入ってきています」
「アトラさん、一級【闘士】アリエル様から深層三十五階までの探索同行のお誘いが来ています」
「アトラさん、依頼予約の優先リストを作成しました。目を通して依頼の受諾、否認を決定してください」
「アトラさ――」
「うひぃ」
アトラは頭を使うのが苦手だ。何事も、現場に趣いて匂いと眼で見たモノしかわからないと思っている。書面だけ見て決めたり考えたりできるはずがない。だから書面格闘が得意な仲間を募集したのだが、最終的にアトラ自身が決めなければいけないことが多い。多すぎる。
だから、いつもアトラはただのテキトーな勘でやるべきことの優先順位を決める。バカは頭を使うなら頭突きが一番と、親友に言われたことがあるが素晴らしいアドバイスだったと今思う。
渡された書面リストを見て、眼を細めてアトラは手にした万年筆をくるりと指先で回した。
その時、電話が鳴った。手の空いていた者が即座に受話器を取り、声を一瞬失う様をアトラは見逃さなかった。
アトラはやたら身体が沈みこむ椅子から立ち上がり、デスクと書類の山をすり抜けて受話器に向かって直進した。
「あ、はい、確かに所長は今いらっしゃいますが――」
「替わって」
「え? アトラさん?」
「よう、ハゲタカよう。久しいなぁ懐かしいなぁ嬉しいなぁなぁなぁおい。桃ちゃん先生守銭奴だからよう。電話代かかるからちゃちゃっと替わってやったぜおいら親切だろおい」
『話が長くて台無しなんだよ阿呆』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、ツェズリ島に来て初めて作った親友の声だった。
相変わらずアトラの言うことやること成すこと全部に文句をつけるお節介な奴だ。胸が熱くなって無駄話と長話に興じたいのだが、それをするなと今正に釘を刺されたばかりなので大人しくアトラは受話器の向こうにいる、ハゲタカに問う。
「んで、なんだよう」
『お前の都合のいい時でいいから、今度俺と会う時間作ってくれないか』
「じゃあ今だ。どこ行けばいい? それとも鷹の字お前さんがこっち来る方が速いか?」
『いや待てお前の事務所めちゃくちゃ仕事の予約あるんじゃねーの?』
「いいじゃんいーじゃんかったるいんだよなぁ。あとおいらァ勘が、今鷹の字と会っておけって言っている」
書面と格闘していた面々の顔色が変わった。
受話器の向こうでハゲタカが息を呑む気配も伝わってくる。
『わかった。お言葉に甘えさせてもらうぜ。今からそっちに行く』
「いやうれし」
ぶつっ、という雑音と共に電話が切れた。まぁ電話代がもったいないから仕方ない。
アトラは電話機から顔を上げ、事務所の仲間たちに両腕を広げて、笑顔で言った。
「ってーわけで、おいら今日は親友と会うから! 仕事しねーから! ごめんな!」
「まっ、仕方ないですね」
「どうしようもないよな」
「アトラさんの『勘』じゃあな……先方にどう説明したらいいんだか」
そう言いつつも、みんなそれぞれの持ち場でそれぞれの仕事に励んでいる。
頼もしい。アトラはこんなに理解ある仲間に囲まれた幸運に感謝しつつ、それはそれとして仕事は全部放り出して事務所から飛び出し、親友を出迎えることにした。
ツェズリ都にも、とうとう夏がやって来たようだ。外に出ると、燦々とした太陽が眩しく暑い。中央区街を行き交う人々のせいで熱気も強く、嫌な匂いがむせ返っている。
鼻と口を袖で覆い、事務所のあるビルディングの入り口で座り込んでいると、程なくして地面に影が差し、夏場だというのに相も変わらず暑苦しそうな外套に身を包んだ色白の平人の青年が空から降り立ってきた。
着地の一瞬、風が吹きアトラの髪を撫でる。嫌な匂いもその風で少しだけ薄まったような気がした。
「よう鷹の字。まぁたやつれたんじゃねーの? ちゃんとメシ喰ってンのかよう?」
「メシ……ああメシな。チキンサンドと珈琲を……」
「ハゲタカよう。お前まーだそればっかなのかよう。ちゃんと喰わねーと長生きできねーぞ」
「長生きかぁ。やっぱ人間長生きするべきなのか? いやそんなことより忙しいのに時間作ってもらって、こんなつまんねー雑談している場合じゃねぇか」
「鷹の字。お前なんか変わった?」
口元に手を当て、何かを考える素振りを見せたもののすぐさま相手の心配をする親友にして相棒のハゲタカを見下ろし、アトラは疑問を覚えた。
ハゲタカという男は、大抵悪態と一緒にアトラの至らない点を指摘してくれる、そういう不器用で優しい奴だった。だが今日のハゲタカは素直にアトラの多忙さを気にかけている。
複雑な匂いがする。ハゲタカは隈を帯びた目を細めて、少し笑った。
「ああたぶんな。ここじゃなんだからどっか別の所で話しようぜ」
「ウチ来いよう。内緒の悪い話するんだろう?」
「馬鹿が知恵つけてきたみたいだな。そろそろこの世もお終いかもなぁ」
「おいらはこの世がどーのこーのなんてどーでもいーけど、鷹の字が心底瀬戸際に立ってンのくらいはわかるぜぃ」
「ああ、実は最近通常勤務と一緒に菓子作りを習っていてな。寝不足」
「あン? 菓子ィ? 鷹の字が? ハゲタカが? すンげぇ似合わね」
「俺だってそう思うけど手に職持つ必要あんだよ」
菓子作り、などという甘ったるい響きとは正反対にハゲタカの声色は真剣味を増していた。
アトラはおかしいと思う。こういう人間は、大体死臭がする。だがハゲタカの匂いは死臭がわずかに混じっているだけで、複雑すぎてよくわからないのだ。
ともあれ、旧交を温める久しい機会だ。事務所まで戻ってきたアトラは、客室までハゲタカを引っ張り込んで連れてきて、ソファに座らせた。
「で、話ってなんだよう?」
ハゲタカは手を組み、言いにくそうに視線を泳がせ、天井を仰ぎ、ため息をついて、絞るように声を出した。
「俺結婚するわ」




