第五話 5:熱量操作魔法の本領
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「アイスクリームは美味しいんですけど作るのが大変なんです! 容器に材料を入れて氷でくるんでぐるぐるぐるぐる何時間も回すんです! そうしてせっかくできたなめらかな食感のアイスクリームも、温度管理を怠ればあっという間に溶けたりガチコチになったり手間のかかる困ったちゃんなんです!」
「わかってるねぇお姉ちゃん。おっちゃんも苦労がわかってくれる人間に『美味しい』って言ってもらえると、頑張ってリヤカー引いてアイス売る甲斐があるってもんだよ」
「そうですよね! そうですよね! 心を込めて作ったモノを美味しいって言っていただけるのは嬉しいことです! そして! ここに! 服着て歩く人間調理器みたいな平人がいるんです!」
「なぁ俺のことそれ直接的に便利な道具扱いして遠回しに馬鹿にしてない?」
アイスクリーム屋の屋台のおっさんとなんだかよくわからない意気投合をしているドロテアさんを見て、俺はその勢いについていけない。
前々から思っていたが、ドロテアさんって感情に従って生きているというか、落ち込む時はものすごく陰気になり、はしゃいでいる時は俺と対して年齢が変わらない20代そこそこの大人だというのに子どものようになる、精神状態が極端にブレる人間だ。
今日は仕事ではなくプライベートなのでなおさら素のドロテアさんになっているのだろう。逆に言えば、ドロテアさんは意識してその二つの切り替えをできる人間とも言える。だから怖い。
「おじさまも今ごらんになったでしょう? あの見事な魔法を! アレ全部『モノを暖めるのと冷やす』だけでやっているんですよ!」
「はぁ、やっぱツェズリ都はすごい魔法使いがいるもんなんだなぁ」
「ウチの所長さんは遮蔽物を透過して熱量を見ることができるんです! そしてその熱量操作こそが真の得意分野! アイスクリームの温度管理に限らず、火も無いのに鍋を直接加熱することや、食材そのものを加熱調理することだってできるはずです! パイ生地やクロワッサンは冷やしたバターを何度も折り重ねることで層を作りますが、手際良くやらないとバターが体温で溶けて台無しになるのを、熱量操作魔法なら解決できます! 新たな創作料理やお菓子を作ることも夢じゃありません! 所長さんの天職は【回収屋】じゃなくて料理人さんだったんです! お菓子作り職人だったんですよ!!」
公園の屋台の前で熱弁を振るう変人と連れ合いなのだとあまり知られたくない気持ちになってきたのだが、残念ながらドロテアさんは俺を指差してしまっている。他人のフリとかできない。なんだってこの女性はいつだって逃げ道を塞ぐのは上手なんだ。
もそもそアイスクリームをゆっくり食べながら、俺は心の底からやる気のない返答をしておいた。
「料理に興味がないです」
「そんな! もったいない! 才能の無駄遣いですよ!?」
「飢えて死ぬような極限状況なら熱量操作魔法を使って食べられないモノを食べられるように変える努力はしますが、そうじゃないのならわざわざ料理は覚えたくないですね」
「んー、本人あんなことを言ってますが、おじさまどうです? ウチの所長さん、冷蔵管理装置替わりに雇っていただけません?」
「いやぁ、ウチのアイスクリーム製造機は借りている形式でな。いきなり契約切るとおっちゃんも色々な。困るから。本人も乗り気じゃないみたいだし、よしときなお姉ちゃん」
「はぁ……残念です……。最高のアイデアだと思ったのに……」
被っている帽子が頭からずり落ちるほど、落ち込んでいるドロテアさんを見かねて俺は彼女の手を引き、木陰の方に連れて帰ることにした。
恨めしそうに俺を睨め上げるドロテアさんと視線を合わせるのが辛い。
料理に興味がない俺はドロテアさんの言っていることの半分も理解できなかったが、熱量操作属性が調理に向いているというのは知っている。それを踏まえたうえで、俺は彼女に納得してもらうためにある程度のことを話しておくことにした。
「ウチの家系はですね……確かに料理人を何人か輩出しています。そのうえ、郷里では料理人というのは大変名誉ある職業だと認められています。だからね、嫌なんですよ」
「所長さんは、お家そのものを嫌ってらっしゃるから、伝統と名誉ある職に異国で就くのが嫌だと?」
「はい」
「……嘘つき」
ドロテアさんの手から札と魔法式が漏れているのが見える。肉体強化法式札が起動され、恐らく五感強化して心拍数や呼吸から見破ったのだろう。
一片の虚偽すらない真実そのものなのだが、五感強化では心が読めるわけではないので伝わらない。そして読まれたらそれはそれで困る。
もう少し身の上を話してごまかすか。
「郷里は豊かですよ。俺が言うのもなんですが、貴族は良い領主です。大陸のあちこちの領主と比べると、郷里は貴族同士での争いが無いわけではないですが、陛下への忠誠と故郷愛がそれに勝り、家柄同士の軋轢より国益を優先するから結果的に民にも優しい。料理もまぁ、美味い」
「……そう言えば魔人の方々が共和国でお料理を習っているという話も、聞いたことがありますね」
俺は公園で内緒話をしていると気づかれたくないために、あえて気流操作魔法を使わず『帝国』という言葉を使わず話をしていたのだが、残念ながらドロテアさんには意図が通じず魔人という帝国の貴族どもを指す単語を使われてしまった。
まぁ後ろめたいだけであって、聞かれてマズい話をしているわけではないのだが。
「逆に言えば、それと移民船団以外で魔人の話を聞きますか?」
「……一応、列強各国と接触していると噂話は聞きますが」
「俺も完全に把握しているわけじゃないですが、三百年もあの極北の島で引きこもってきた貴族たちです。外交慣れしていない。昨日の樹人ほどじゃないですが、まぁ上手いことやりくるめられているでしょう」
「お料理の件からお話逸らそうとしていますね?」
「……そうですけど、やる気の無い人間に強要したって実なんか結びませんよ」
これは間違いなく断言できる。いくら天賦の才に恵まれたとしても、それを活かす気が本人にないなら宝の持ち腐れとなる。
俺は熱量操作魔法を器用に扱える方だという自信はあるが、幼い頃から料理人を目指して研鑽を重ねた故郷の同属性の貴族に敵う気がしない。料理の味でも、戦闘面でも両方だ。
ドロテアさんは俺の頬をぐいぐいとつねる。
「わたしには『天賦の才を捨てている人間には腹が立つ』とか言っておいて、自分のことは棚上げするんですね。すごくずるい男性」
「……生理的にだめなんですよ。生肉扱うの、どうしても俺は嫌なんです。職業になんて絶対にしたくない」
どうしても納得してもらえなさそうなので、俺は観念して核心に触れる本音を言った。
途端に、ドロテアさんは呆けたような表情になる。
「それじゃあお菓子職人さんなら問題ないじゃないですか。わたしは最初っからアイスクリーム屋さんになりましょうって言ってますよね?」
「俺、その二つの違いもロクにわかってねーほど知識がないんですよ」
「あのですね所長さん。お菓子にお肉なんて使いませんよ。ミルク類や玉子にハチミツは使いますけど、それもダメなんですか?」
「それくらいなら……」
「じゃあ、決まりです。【回収屋】なんて辞めて、お菓子職人さんになりましょう。わたしが行きつけのお店に、調理器具替わりに修行させてもらえるようお話つけますね」
めちゃくちゃ強引にドロテアさんは話を進めようとしている。俺は便利な魔法具じゃないぞ。
「ドロテアさん、俺の今後の一生が関わる問題をちょっと安易に考えてませんか?」
「どちらかというと所長さんの方の様子がおかしいですよ? さっきから心拍数が高くなりすぎです」
「俺のことはどうでもいいんですよ。女子がお菓子好きな方が多いのは知っていますが、別にやる気のない俺を菓子職人にする必要性が感じられないです。普段のドロテアさんなら、それこそ俺がここまで嫌がったら別の選択肢を用意してくれませんかね」
「え、それは……その」
嫌味半分、甘え半分で言ったつもりだったのだが、どういうわけかドロテアさんは顔を赤らめてちょっと目をそむけたりなんかする。
なぜ照れる。本当にこの女性何考えているのかよくわかんない。
「所長さんが、わたしのためだけに、わたしの好きなお菓子を作ってくれたら……嬉しいなって」
俺は思わず空を仰いだ。青い。ツェズリ島の空は青い。
故郷の帝国の空もまぁ青い時はあるが、白夜と極夜が訪れる極北圏付近の島国なので、何処かで見聞きした「空はどこでも繋がっている」という言葉が信じられなくなる。
それでも、やはり人間という繋がりは一緒だからなのか。故郷で尊ばれる料理への姿勢を、理想論を、まさかドロテアさんが口にするとは思っていなかった。
「ああ……まぁ、ドロテアさんがそう言うなら、菓子職人なら……善処はしますよ」
だからこそ、俺はドロテアさんの提案を呑むことにした。
ドロテアさんは信じられないものを見るように、顔を真っ赤にして俺から距離を取る。普段不必要にひっついてくるのに本当にわかんない女性だな。
「え、ええ? い、今ので、納得しちゃうんですか? なんでですか?」
「別に……人間なら自然に思う意見なんじゃないですかね。そういうことなら、まぁいいかなって」
「あの、だって、こんな、子どもみたいなので」
「いいじゃないですか。普段俺がドロテアさんに甘えているんだからたまにはお返しする甲斐性くらい付けろって話じゃないんですか?」
「なんでそんなわたしが冷血女みたいな結論にするんですか!?」
子どものように扱われたいのか、大人のように接されたいのか、さっきから本当にドロテアさんの機微が全く掴めない。
ただ、腕をぶんぶん振ってそれこそ子どものように怒りの感情を丸出しにする、普段の自慢の出来る事務員からは想像もつかない姿を見ると、柔和な笑顔が怖いドロテアさんに抱いている感情とは違うものが、なんだか胸の奥から湧いてきた。
でも俺はそれをどう言語化すればいいのか知らない。




