第五話 4:映画とアイスクリームと
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昼食の後は映画鑑賞に連れて行かされた。
「とにかく、お仕事やしがらみを忘れて、今この瞬間を楽しんでください」
そうドロテアさんに叱られて映画を見ていた。
ツェズリ島に劇場は無い。建造される予定や計画も挙がったそうなのだが、俳優たちや劇団員を島に来訪させ、滞在させるには少々大陸から離れすぎており、結局頓挫したそうなのだ。
映画を見るのは初めてではないが、俺はこの娯楽を『劇の廉価版』だと考えていた。
確かに、鮮明で写真の如き人物たちがスクリーンを動き回る様を映し出すのは驚きの技術なのだろう。しかし、俺は光学系魔法を使えば似たようなことを映写せずとも大気中に映し出す術を知っているし見たこともある。魔法に比べれば、フィルムの傷みや映写機の具合が反映される映画など子ども騙しの手品みたいなものだ。
映画は劇団員たちをいちいち公演のたびに演じさせる手間を省くことができるのが最大のメリットなのだ。一度撮影した映像は焼き回しも連続再生も利く機械仕掛けで、人間組織のような面倒が少ない。
そうして撮影した映像を繋ぎ合わせて、字幕や音響楽団を据えて繕ったモノに過ぎず、劇をより安価で大衆娯楽に近づけたモノに過ぎないのだと考えていた。
だが、ドロテアさんが選んだ映画は俺が以前見たモノとは別格の出来だった。
本物の森の中を歩く、歪な形をした大男。着ぐるみか何かを使っているのかもしれないが、画質の悪さのせいでかえってその正体が把握し辛く、ちゃんと演出通り不気味に見える。一方で劇では本物の森の臨場感を出せない。
あちこち視点が飛び、頻繁に場面を切り替えることも劇ではできない。
怪しげな機械が雑多に配置された医務室。ありふれた連邦王国風の屋敷。死者を蘇らせるという狂気に取り憑かれた学者。演者の声は聞こえないが、音響楽団が適度に盛り上げてゆく。
最後には南極という設定の、明らかに湖に氷塊を浮かばせただけの撮影場所には失笑したが、繰り広げられる物語は真に迫るものがあった。
「確かに、これは映画にしか出来ない演出ばかりでしたね」
俺は感心しつつ映画館から出て、ハンカチで涙を拭くドロテアさんを連れて通りを先行していた。なお今日俺がドロテアさんの前を歩くのは、初めてである。
「うぅ……所長さんは、やっぱりつまらないところばかり見てますね……」
「……いや、というかさっきの映画、泣くような話でしたか?」
「最高じゃないですか! 自然の摂理を捻じ曲げて造られた心優しい怪物を、創造主の博士の身勝手さと傲慢さが捻じ曲げて、殺戮を繰り返し正真正銘の怪物になってしまい、ただ親の愛が欲しかっただけなのだと叫んで博士の遺体と共に南極の海に投じて氷漬けになる……ああ、素晴らしいっ」
「ドロテアさんの趣味ってわかんないですね……」
どちらかというと、怪物に追われる主人公である博士の恐怖の方が重点的に描かれていたように思うのだが。
いや俺も自業自得の自己責任で何被害者ぶってんだこのクズと思いながら見ていたが。
正直怪物が博士の婚約者を殺したシーンでは「よくやったぜこの野郎」と心の中で喝采していたが。
そんな怪物は、博士に復讐したかったのではなく、ただただ寂しかっただけなのだと吐露するラストシーンは、俺としては心に重かった。
「ただまぁ、俺たち二人ともお互いに怪物の方寄りですよね?」
「そうです、そこがいいんですよあの作品は。徹底して怪物は怪物と見えるように描いているのに、心は登場人物の中で誰よりも純粋で決して悪者ではないんです。そこに着目できるとはさすが所長さんです」
「俺そんなこと一言も言ってませんよ?」
「またまたぁ。同じ怪物同士なら、わたしは博士が造ってくれなかった、怪物の花嫁として迎えてくださるってお話ですよね?」
「だから俺そんなこと一言も言ってませんよ?」
俺としては『親の無責任さに怒り、その落とし前をつけるため親の愛する人たちを次々殺してゆく復讐者』という部分に、自分の中の怪物を見出した。
そしてドロテアさんに関しては『花嫁一人いればそれでいい』『親の愛が得られたらそれでいい』という謙虚なんだか無茶苦茶なのか判別しがたい精神性に怪物を見出したのだが。
ただ、まともに語るとドロテアさんの話が長くなりそうなので、また別の機会で良いだろう。
「あ、所長さん見てください。アイスクリーム屋さんが来てますよ」
浮かれた声のドロテアさんが指差す方向を見れば、向かい通り沿いの公園でなるほどアイスクリームの屋台が出ている。
看板に書いている値段も手頃だ。ただ、これはツェズリ島本土に牧場があるおかげであり、昨日の樹人たちのような原住民に配慮しない土地開拓の結果、牛乳が安価に手に入りやすいという証左でもあり、俺は少々複雑な気分にさせられた。
「確かに、昼は結構暑いんでしょうね」
「他人事ですよねぇ所長さん。いいから行きましょう」
俺は周囲の気温を魔法で調整しているので、それほど暑さは感じない。直射日光が当たるとさすがにどうしようもないが。
そんな俺の手を引っ張り、ドロテアさんは車道を急ぎ足で渡って公園に入り、屋台へと向かっていく。
何を買うかは彼女に任せ、俺はベンチでも探しておこうと思ったが、あいにくと初夏でやや暑さが増す昼間にアイスクリームを楽しむ人々は多いようだ。ベンチは元より、噴水近くの腰掛けもほとんどが埋まっている。
少し考えて、俺は霊脈を活性化させて脳内に魔法式を構築した。
指先に魔法式を乗せて、公園の地面を指差し物理世界に射出。土中の水分を瞬時に熱し、調整した小規模の水蒸気爆発を起こさせる。
地中で起きた爆発によって土砂が気流で調整されて垂直に吹き上がり、同時にもう片方の手で噴水から飛び出す水滴を気流に乗せてこちらに持ってくる。
土砂と水を空中で合体させて、自由落下する間に気流調整で形を整え、着地するタイミングで土砂を凍結させる。
できたのは、俺の膝丈より少し小さいくらいの凍りついた立方体の土砂である。
おおーーっ……
とどよめきと注視が公園のあちこちから俺に集まっていた。確かに、少し派手にやりすぎたか。
鞄に突っ込んでいた朝に着ていたシャツとズボンを取り出し、立方体土砂の上に乗せて最後にハンカチでも置けば、即席腰掛けの出来上がりだ。
「所長さん、わたしが目を離した隙に何をやっているんですか……」
撥水加工された紙製コップに入ったアイスクリームを持ってきたドロテアさんは、周囲から注目、いやちょっとした拍手や指笛で今の一発魔法芸を称賛される俺をなんとも表現しがたい目で睨みつけていた。
うん、思いついたことを何も考えずに実行したら面倒なことになったことは自覚している。
「いやぁ、座る場所が無いので作ろうかと……」
「本物の魔法使いの思考って、時々ぶっ飛んでますよね」
「鉱物干渉や寄生干渉属性なら石や木でちょっとした座椅子くらいなら作れたんですけどね……」
「そういうところですよ所長さん。でも、ご厚意ありがとうございます」
「木陰まで持っていきますよ」
地面を凍結させ、腰掛けの底部分はほんの少し融解させて滑りやすくし、気流魔法で押して、木陰の下で凍結させて固着させる。
またもやざわめきが起きたがとにかく無視する。凍結させた地面や空いた穴は危険なので、これも温度調整と気流操作で土砂を動かし、元通りに近い形に戻しておいた。
腰掛けにおそるおそる座ったドロテアさんは、体重を乗せたとたんに目を丸くした。
「すごい。凍っているのに全然冷たくないです」
「ああ、服とハンカチを間に挟んでいるので断熱して放射冷却を抑えているんです。で、俺が凍結状態を維持しているので、溶けませんよソレ」
「魔力結構使いませんか?」
「温度を一定に保つのはそれほど苦ではありませんね。瞬間的に大きく数字を書き換える時は自然に不自然を押し付ける力も比例して大きくなるので、魔力量が必要なんですが。ちなみにアイスクリームも一定温度を保っているので、平行して複数魔法を起動していますがこれくらいなら余裕ですよ」
つまらない話をしている間に溶けてしまっては興ざめなので、俺はドロテアさんが持っているアイスクリームも低温状態を保持していた。
ドロテアさんは、おずおずとアイスの入ったコップを俺に渡す。板状の木匙が付いており、コップも匙も両方食後は使い捨てにする形式の屋台らしい。
俺はアイスを一匙すくって舌の上に乗せた。うん、冷たくて甘い。これはあえて普段無意識に使っている自分の周囲の気温調整魔法も解いて味わった方が良いのではなかろうか。
「ねぇアンタ……見ない顔だけど、どこの魔法使い?」
アイスクリームを楽しんでいると、立ち耳の女性吠人がベンチから席を外し俺に話しかけてきた。
一応連れのドロテアさんをちらりと見るが、彼女は無心にアイスクリームを食べている。この平人は、味わう時は無言で、というタイプなのかもしれない。
改めて話しかけてきた吠人を見て、思い出そうとするが無理だった。冒険者としての装備に身を包んだ姿と、都心でくつろぐ日常の姿を一致させるのは難しい。ましてや種族が違うと、顔の造作の違いが見分けにくい。
だが、吠人に限っては話が違うはずなのだが。
「匂いでわからないか? ハゲタカだよ」
「……え? ハゲタカ? アンタが? うっわ!」
「腕の立つ魔法使いが欲しかったんなら残念だったな。アンタの方から願い下げだろ?」
「うんそうする。いやぁ、いつもの外套着てないから気づかなかったわ」
詫びの言葉一つも無しに吠人は去っていく。鼻が利くと言っても、思い込みとは無縁ではいられないあたり人種は違えど同じ人間ということか。
俺はまだ少ししか食べていないが、半分以上アイスクリームを黙々と真剣に味わっていたドロテアさんは、会話が終わるのを待っていたようで、俺を見上げた。
「ねえ所長さん。まっとうな職の当てが無いってお話でしたが……」
「ああ、それどうしましょうかね本当に。俺から魔法を取ったらなんにも残らないし……」
「いえ、ですから……アイスクリーム屋さん、始めませんか?」
俺は冗談だと思ってドロテアさんの表情を見た。
真剣そのものだった。
解説の必要は無いかもしれませんが、劇中で話題にしている映画は「フランケンシュタイン あるいは現代のプロメテウス」とほぼ同じストーリーです。異世界モノで現実世界と同じ創作物持ってくるのどうなのよってツッコミはごもっともだと受け止める所存です。
ちなみに本作の文化レベルでの映画は無音声のため、劇中ではさらっとしか触れていませんがBGMは音響楽団が映画館で生演奏しています。現代感覚では逆に豪華。
こういった演出はオペラ歌劇などの文化を下敷きに映画が少しずつ独自進化していった歴史が垣間見えて、大衆娯楽文化の進化系統樹は思わぬ所で繋がっていて調べてみると面白いです。




