第五話 2:途中下車もいいよね
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「そう怯えなくてもいいじゃないですか所長さん。何も取って喰おうとかわたし思ってませんよ?」
「あ、ああハイ、そうですね。そうデスよね。うん、そうなんだよ……」
路面電車に揺られながら、手すりを掴んで自分にそう言い聞かせる俺の姿は異様だったらしく周囲から視線を感じる。
ドロテアさんは丸帽子を被り、俺の正面の座席に座っている。都会にふさわしい洒落たレディらしい姿の彼女に対して、俺はよれたシャツにサスペンダーで吊り下げたズボンだけ、というお世辞にも似つかわしくないみすぼらしい姿だ。
外套は着るなと言われた。キツく言われた。法式札をコート掛けに貼り付けられて言われた。
呑まざるを得なかったし、いつもの仕事着でデートをする方が大問題ではあろう。
「酔っちゃったんなら、途中下車します?」
「……お願いします」
酔ったわけではないが、逃げ場所の無い狭い車内で無遠慮な視線に晒されるのは精神的に辛い。
俺は冒険者たちにはどう嫌われようと構わない。だが堅気の一般人の皆様に、一見して魔法使いとも冒険者ともわからないくたびれた男と見られるのはなぜか辛い。
最寄の停車駅で降りた俺は、待合のベンチに座ってげっそりうなだれながら、不調の理由をそんな風にドロテアさんに説明した。
彼女はきょとんとした表情で小首を傾げた。
「あれ? 所長さん。もしかして『自分は嫌われ者で平気な鋼の精神の持ち主なんだ』とか勘違いしていたんですか?」
「鋼とまではいかないですが、神経図太い方だと自己判断してますけど」
「わたしから言わせれば、所長さんはいつだって逃げられる翼があるから、冒険者はならず者だっていう立場を盾にできるから図太く振舞えているだけですよ?」
ほう、それは勉強になった。だから外套が無くて、狭い車内では落ち着かなかったのか。
「……それ自覚させるために路面電車に乗せましたね?」
「はい」
悪びれもせずに笑顔でドロテアさんは肯定する。
俺はため息をついた。
「大体ひでーじゃないですか。俺昨日丸一日働いていたんですよ? それで翌日にはいきなりデートの約束とか、用意も準備も気力も体力もありゃしない」
「そんなにその格好が気になるなら、何か服でも買いに行きましょうか?」
「お金がもったいない」
「面倒くさい男性ですね……。経理担当として言わせていただくなら、ちゃんとした服装を用意しておくのも必要経費だと提言致しますが」
「【回収屋】がまともな格好する必要あるんですかね?」
「回収屋のお仕事はもう所長さんには限界ですよ。以前言いましたよね? わたしがそう思ったなら辞めてもらうって。生活もあるのでしばらくは許しますけど、店仕舞いの準備期間だと考えてください」
俺は返答できなかった。
確かに、昨日の仕事は酷かった。依頼人が既にクズだったが、それに憤ってアレコレ根回しと交渉をして、依頼人の捕縛までやったのだから【回収屋】としての仕事の領分を越えている。
この島の原住民である樹人の立場と、依頼内容を天秤にかけて俺は迷うことなく原住民の味方に回った。仕事人としては色々失格である。
だが、ドロテアさんと違って俺は手に職を持っていない。正確に言うと堅気の職業にアテが無い。冒険者なんてみんなそんなもので、そんなんだからいずれ死んで俺に拾われていたわけなのだが。
「じゃあ、仕事どうしろってんですか……」
つまらないことを考えた挙句に俺の口からやっと出てきた言葉は、子どもじみた拗ねた愚痴だった。我ながら情けなさすぎる。
ドロテアさんは俺の髪を幼子のように撫で、甘い声色で答えた。
「わたしが面倒見てあげますよ?」
「絶対やだ」
考えるまでもない。
「冗談です。わたしは所長さんと対等の立場に在ることが理想です」
「ん? 一応、今は俺が上司で貴女が部下って立場じゃないですか?」
「雇用主と就業者の関係は、仕事のうえでは上下関係にありますが人間としては対等ではありませんか?」
「まぁ確かに……」
事業における雇用関係とは、理想的にはそうあるべきだ。現実は違うが、ウチは零細なので実現できている……と思う。たぶん。決してドロテアさんには頭が上がらないとかそういうわけではない。
いい機会だと思い、俺は少し自分の生い立ちを説明する。
「帝国は貴族主義なので、上下関係が絶対的で、未だに抜けきらない所があったようです」
「そうですね。強い弱いとか、立場が上とか下とか、決めつけてかかってきた相手には所長さんすぐキレますからね。あれって、貴族主義への反発心だったんですね。……かわいい」
俺にとっては命をかけてもひっくり返したいくらい腹立つ話なのだが、ドロテアさんにとっては子どもじみた意地を張っているようにしか見えないのだろう。
「ともかく、俺はまともな職業につける気がしないんですがどうしたらいいんですかね」
「わたしにまともな職業の斡旋をした所長さんが言っても説得力がないんですけど。大体所長さんほどの魔法使いなら、島さえ出ればいくらでも稼げるんじゃないですか?」
その通りではある。
帝国からの亡命者の多くは祖国では魔力が少なく冷遇されていた者たちだ。彼らはその魔法技術や知識を軍部や企業に売り込んで、多額の給与と破格の立場を得て、第二の人生を謳歌している。
俺のような、命の危険だけは高くロクに稼げない冒険者の道を選ぶ馬鹿の方が少数派なのだ。
だが俺は首を横に振り、気流操作魔法を起動してドロテアさん以外の人間に会話が聞こえないようにした。
「帝国亡命者の魔法使いの多くは、最終的に軍事関係に繋がる仕事に就かされます」
直接的に魔法使いとして戦力を売り込む者、魔法教導官として働く者はわかりやすい例だ。
だが、魔法技術を使った特殊な加工製品を造ったり、魔法具職人になる者もいるという。
それらは大砲や爆弾、航空機や通信機、糧食や医療品、燃料の開発製造が優先される。平和的な企業に売り込みに行ったとしても、いつのまにやらどこからか嗅ぎつけた列強国政府のお偉く怖いお方が取り上げてしまうのだ。
「どうせ力があって人を殺すならせめて自分の手を汚したいから俺は冒険者になりました。俺が造った道具が人殺しの道具に使われて、それが国家間バランスに影響するなんて、耐えきれません。それこそ俺はそこまで神経が図太くないって話です」
「それはわかります」
ドロテアさんもしんみりと頷いた。彼女が知らずに造っていた法式札も、殺人の道具として使われていたのだ。俺たち二人はそういう意味では、似た者同士である。
自分にとっても思い出したくない話になったからか、ドロテアさんはベンチから立ち上がった。
「こんなところでお話していないで、そろそろ、行きましょうか?」
「行くってどこにですか」
「もちろん、所長さんの服を買いにですよ」
嬉しそうに俺の手を引き、ドロテアさんは歩き始めた。




