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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
血河のほとりにて
36/47

第四話 終:告白はただの始まり

 8


『歴史』と俺個人の昔話を聞いて少し態度を軟化させた樹人(ジュト)と、今後の具体的な方針を決められるようになったのは、幸いというべきかやっと出発地点に立てたというべきか。

 まぁン百年以上も変わりの無い生活を閉鎖された島で営んでいた種族が、侵略を受けて一日足らずで侵略側の種族である平人(ヒト)と政治外交する気になったことを考えれば、やはり幸いと評するべきか。


 その点、この島に棲む樹人(ジュト)は無知だが純朴とも言える。大陸に棲む樹人(ジュト)は排他的だが情報収集に関しては余念が無く、他種族を盾にすることを厭わず、それでいて自領土である【森】は死守し侵されでもしたら非常に嫌らしい報復活動に出る。

 だから他種族からは厭われ、そしてツェズリ島に棲む樹人(ジュト)は奴らに比べればはるかに大人しいので舐められたというわけだ。


 大陸の樹人(ジュト)ほど悪辣になってもらっても困るが、世間知らずっぷりは直してもらわねばならない。この点に関してはズゥクジャーン師が育てた信頼できる弟子の冒険者の何人かが()()()の教師担当となり、ズゥクジャーン師自身がツェズリ都と原住種族の樹人(ジュト)との橋渡し代表として立ち回ってもらうということで、話がついた。


「持つべきものは人脈だよなぁやっぱ。おかげでウチの事務所が分不相応な融和工作に噛むのは最小限に済ませられた」

「ズゥクジャーンさんはいいとして、ヒヨコちゃん四羽には後でお礼をしておかなきゃだめですよ所長さん。もうあの子たちは師匠さんから巣立ったつもりでいたのに、『弟子』という形で協力させられたんですから」


 実力的には半人前以下なのだが、本人たち的には一人前になったつもりなので、確かに埋め合わせしておかなければいけないだろう。

 俺はドロテアさんがテーブルに置いた暖かい薬草茶を飲み、ため息とも安堵ともつかないものを漏らした。天井は暗く、ランプで灯された明かりが陰を揺らめかせている。


 集合住宅の一室であるドロテアさんの家は一部屋しかなく、一応個別に水周りと水道が通っているだけウチの事務所よりはマシ、という程度だった。

 暗いので調度品などはよく見えず、じろじろ観察するのも良くないが、ドロテアさんの性格通り整理整頓がきちんとされて本棚には魔法技術関連の資料と、仕事の資料が分けられて並べられている。勉強家で仕事熱心なのはいいが、在宅残業は所長としてはあまり喜ばしくない。

 そんな雇用人としての俺の気持ちを知ってか知らずか、ドロテアさんは弾んだ声で話しかけてきた。


「それにしても、普段は嫌がるのに今晩は珍しくわたしの家に泊まることにしたんですね。やっと責任を取る覚悟ができたようで、わたし嬉しいです」

「違う。俺ね? 今日の未明前からずっと仕事しているの。夜中に叩き起こされてからずっとだよ? 仮眠はちょっと取ったけど、街と【森】を何度も往復して、ギルドで喧々諤々やって、もう限界。しんどい。何もできません。明日は丸一日事務所はお休み。お茶飲んで一休みしたら帰るんで、そのつもりで」

「ええ……意気地なし。甲斐性なし。臆病者」


 笑顔を浮かべて薬草茶を飲んでいたドロテアさんの表情が、あっという間に見慣れた呆れ顔に戻った。

 なんとでも言うがいい。いや臆病者だけはちょっとグサッと来たけど、【回収屋】は臆病なくらいでちょうどいいお仕事なのだ。褒め言葉として受け取っておく。

 それはそうと、テーブルに顎をついた俺はドロテアさんの黒い瞳を見上げて、一応たずねておいた。


「ところで、ドロテアさん。樹人(ジュト)のおっさんに嘘ついたでしょ」

「そうなんですか?」

「何が『善良な小市民』だよ。俺も乗っかっておいたけど、ドロテアさんはそういう女性(ひと)じゃないでしょ。自分のやったことで間接的にでも傷つき死ぬ人間がいるのなら、責任を感じるのがドロテアさんじゃん。『屍の山の上で笑って暮らす』なんて、絶対できないくせによく言える……助かりましたよ」

「所長さんはそういうこと言えない男性(ひと)ですからね。嫌われ者の役割分担です。わたしも所長さんの方針に付き合ってあげるということですので、早いところわたしと結婚しましょう」


 ブレない。ドロテアさんは全くブレない。

 一方でドロテアさんも俺に言いたいことがあるらしく、俺の額を人差し指でつんつんと小突いてきた。


「わたしとしては嘘より本当のことの言う方が問題だと思いますけどね。なんであんな今日会ったばかりの樹人(ジュト)のおじさんには魔法帝国にいた頃のお話をして、部下で恋人のわたしには教えてくれないんですか。おかしいですよ」

「恋人じゃねぇって。まぁその、情報共有ってやつ。ズゥクジャーン師にも話しておくべきだと思っていたし、タイミングの問題」

「本当にわたしと所帯持つのが怖いんですね所長さんは……。言い訳ばっかするする出てくる」


 何も言い返せない。でも今日の俺のお話聞いてくれたのなら、ちょっとくらいお察ししてほしいと甘えてみたくもなる。

 俺は身内を失うのが怖い。だから仲間を作らず、相棒とは別れて独立した。作るのは知人、協力関係を結ぶ信用できる人間ばかりに絞っている。

 ドロテアさんには言葉の綾を取られて強引に身内として潜り込まれた、今まで遭遇したことのない類の人間だったので正直とても扱いに困っている。

 俺は事務所で仕事場では無く、さりとて他人の目もない場所だからかいつもより口が軽く、つい今まで言わなかったことを口に滑らせてしまった。


「大体ドロテアさんもアレじゃん。責任取れってよく言うけど、貴女の面倒を見るの考えると、やっぱ別に貴女を雇う必要もましてや結婚する必要もないじゃん。ウチより給与が安定した職場、いくらでもあるよ?」

「所長さん放っておくと死ぬでしょ。というか、死に場所を探しているんじゃないですか」


 ドロテアさんはお茶を飲み干し、テーブルに顎をついたままの俺の頭にカップを載せた。


「嫌われ者なら死んでも『清々した』と思われる程度で済みますからね。ハッキリ言わせていただくなら、わたしは所長さんに男性的魅力を感じているわけではなく、恩返ししたいのと逃げ場所が欲しいだけです。わたしも一人なら死に場所を探してしまうので」

「それで結婚とか所帯とかってどうなの……」

「キラキラドキドキで恋する乙女心はもう十代の頃に失くしました。所長さんの言葉を借りるなら『失ったモノはもう取り戻せない。時間と忘れることだけが癒しになる』でしたっけ。癒されはしませんでしたが、今のわたしは確かに開き直りはしていますね」


 俺自身の言葉で持論だが、言い返されるとすごく偉そうで腹立つなこれ。そりゃドロテアさんが責任取れとも言いたくなるわ。

 頭の上のカップを置いて、俺も自分の分のお茶を少しずつ飲む。身体が少しずつ温まり、心もどこか投げやりで素直になっていく気がした。


 俺は今まで、ドロテアさんにはできるだけ意識して敬語を使わないことにしていた。それが雇用人で所長である俺の立場であるからだ。

 でも、気を抜くと彼女に対して俺は敬語を使ってしまっていた。なぜなら、俺はドロテアさんを一人の人間として敬い、大切に想っているから。

 枷は外そう。


「俺はまだ忘れらないんです。まだ終わってない問題なんです。だから時間は解決しない。いや、時間が経てば経つほど、取り返しのつかないことになりかねない。でも俺一人の力じゃどうしようもない。だから、今まで逃げてきました。俺と所帯持つつもりなら、話聞いてくれますか。荷物一緒に背負ってくれますか。ドロテアさん」

「もちろん。喜んで」


 ドロテアさんは微笑んだ。

 ああちくしょう、あの樹人(ジュト)のおっさんの自白術のせいで、俺の中でドロテアさんはもうすっかり身内になっているのだと気づかされた。腹をくくるべき場面が来た。


「魔法帝国は世界征服を真剣(マジ)心底(ガチ)で企んでいます」

「え? 確かに魔人たちは災害級魔法を使えますが。本当なんですか?」

「はい。で、別にコレを知っているのはドロテアさんだけじゃありません。俺以外にも帝国から亡命した、貴族家系の末端は多い。各列強国の上層部にこれを信じさせるだけの権力と発言力を得た魔法使いは、必ずいます。何人かは名前まで付き止めていますが、今は関係無い話なので省略します」

「……魔法帝国と列強国は戦争するつもり、というお話ですか?」

「はい。水面下で準備が進められていて、魔人は平人(ヒト)に混じって大陸に散り工作活動しています。逆に列強国では魔法帝国とは違う、魔法具を使った戦略、戦術の研究がされていて、本当にドンパチしたら、人類史上最悪最大規模の戦禍が起きます。俺はこれを止める(すべ)がどうやっても見つけられない」


 馬鹿兄貴一人をぶっ殺して仇を取ればいいとか、そんな単純な問題ではない。

 北海同盟での融和工作の失敗なんて序の口だ。正確な情報は俺もこの島に引きこもって長いのでわからないが、このまま指を咥えて眺めていれば最長でも俺が中年になる頃には戦火が拓くだろう。

 俺一人の力では、いや人脈全てを総動員しても燃え盛る大火に如雨露で水をかけるようなものであって気休めにもなりはしない。


「……このツェズリ島は、危険なんですね? 魔法帝国にとっては二つの大陸に挟まれたこの島は、地理的にも、そして眠っている遺跡の不確定要素的にも絶対に抑えておかなければいけない場所ですし……」

「そうです。俺が死に場所を探していたのだとしたら、戦端が拓かれた時、この島の防衛戦に参加して兄貴を引きずり出して刺し違えるのが目的だったんでしょう。そういうつもりは無かったんですが、たぶんそういうつもりだったんだと思います」

「今、わたしにこのお話を打ち明けてくれたのは、そのつもりが無くなったのだという意味ですね?」

「いや、自覚したので俺はこの島に残っている限り、必ずそれをします。今から準備にも入るでしょう。俺はそういう人間です」


 仇討ちのつもりはない。

 ただ、弱者を踏み躙ってなんとも思わない強者が気に食わない俺の悪癖の原因を考えれば、それは叔父さんを殺した馬鹿兄貴を憎んでいるせいだ。

 俺はあいつとケジメをつけなければ自分の人生が始められないのだと、自覚してしまった。

 だから俺はドロテアさんに問いかけた。


「俺は、俺たちはこの島に留まり続けるべきしょうか? どこか遠い国に逃げて、世界中に飛び散る戦火から逃げ続ける道を選ぶべきでしょうか?」

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