第四話 6:血河と森の狭間で
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冒険者ギルドに依頼人改め馬鹿を突き出し、俺が樹人と接触したことのみ伏せて今回の案件について報告していると
『ズゥクジャーン師とその弟子の冒険者たちがたまたま【森】の付近を移動していたところ樹人たちから救援を乞われた』
という報告が、ギルドに続報として入ってきた。
その瞬間、俺の話を聞いていた眼鏡の受付嬢は、あからさまに俺に疑いの視線を投げつけてきた。寝不足なのであくびをしてその視線は見なかったことにしておいた。
ズゥクジャーン師率いる冒険者たちは二手に分かれ、ハウドとカラスが襲撃に使われた機械をギルドに運んできて、残りの三人は【森】に残り警戒状態を続けた。
ここから長かったのは、依頼人が結果的に踏み倒した俺への依頼料金を冒険者ギルドが立て替えるべきだという【回収屋】として冒険者として当然の主張を通し、納得させ、請求書を受諾させる交渉だった。
途中で事情を察したドロテアさんまでギルド本部にやってきて、今回の依頼人の悪行を調べ上げ資料にまとめ、そういった悪徳冒険者の管理を怠っていたギルドの怠慢が、原住種族である樹人との間に亀裂を入れる事案になったのだと二人で問い詰め、ようやくタダ働きを免れることになった時には、日が暮れていた。
「ってーわけで、【回収屋】ハゲタカは今回の事件に巻き込まれた一般冒険者そのいち、ズゥクジャーン師は樹人たちを助けた英雄、俺の依頼人は現在絞られて今回の事件に関わった他の冒険者たちをゲロってギルドが取り締まっている最中だ」
「【森】に設置された装置に関しても、現在ギルドが調査している最中です。うっかり間違ってカラス君がドラゴンバック魔法具工務店に機械の一部を持ち込んじゃったので、ギルド内部で揉み消される可能性が減ったのは僥倖でしたね」
【森】の外側、運河のほとりで焚火を囲んだ俺たちは事後報告をしていた。
俺の隣には密着するように座るドロテアさん、向かいには樹人の男が座り、そして横を陣取りあぐらをかくドでかい人影が鱗人のズゥクジャーン師である。
ヒヨコ四羽は既に帰らせた。ここから先は子どもたちに聞かせるような話ではない。
樹人の男は身を乗り出して問いかけてきた。
「そうか。して、今回の襲撃計画を企てた者は――」
「残念ながら、申し訳ないが、慙愧に耐えないが、黒幕は絶対捕まえられない。そういう仕組みになっている」
俺は険しい表情を崩さない樹人の男に正面から言うことにした。
「今回、俺たちが出来たのはアンタたち樹人を助ける『英雄』役をこのズゥクジャーン師にやってもらったことくらいだ。その他に関しては、おそらく黒幕の筋書き通りになっちまっている。何をどう追っていっても、黒幕には辿り着けないように元々計画が建てられていたんだ」
でなければ、いくらでも仲間を売る木っ端小悪党の冒険者たちを使い潰すわけがない。
奴らの頭の悪さも想定済みで、俺のような闖入者が現れることもある程度計算の内だろう。
「そもそも黒幕が一人とは俺には思えない。誤解を恐れずに言うなら、これはツェズリ島入植者たちの総意だ。『原住種族の樹人と【森】は目障り』だってな」
「汝は我らの味方をするというのに、人間たちの総意を代弁するのか」
「敵なら宣戦布告する時に言うだろ。内緒のこそこそ話で言うのは、味方か、今は味方か、味方のフリした敵のどれかだ」
「ハゲタカ殿。わざト嫌わレルようナ物言イはよセ。貴殿の胸ノ内ニハ、美シイ怒りノ焔ガ宿ってイルのは、隠さずトモわかル」
ズゥクジャーン師の声が頭上から降りかかる。今回の件で面倒くさい『英雄』役を押しつけた手前、俺はあまり強く出れず黙ることにした。
高潔な鱗人の戦士は樹人の男に顔を向けた。
「貴殿モ、よくゾ【森】より出でテこの場ニ訪れて来てクレた事、人間ノ一人とシテ感謝ヲ述べタイ」
「ハゲタカの交換条件の一つだ。感謝される謂れはない」
「だってそうだろ。いくら有効っつっても、物的証拠そのものな機械装置を幾つも【森】に放置するのが今回の襲撃内容だったんだぜ。つまるとこ、アンタら樹人の外交能力は舐められてんだよ。今の内に『外交代表者』って概念を、アンタらに教えておかないと、今後どんどんこの島で原住種族の樹人の立場は悪くなる一方だ」
「……恥知らずの他所者めが」
忌々しそうに樹人の男は闇に流れる運河を見つめていた。
すると、俺にべったりくっついていた柔らかい感触が唐突に離れたことに気づいた。
程なくして、ぱぁんっ! という気持ちの良い平手打ちの音が俺の真向かいから聞こえてきた。
「恥知らずはどっちですか」
「「な……」」
俺と、樹人の男の声が奇しくも完全に一致してしまった。
ドロテアさんは、はたいた平手を悪びれずに裏拳の構えにして、座ったままの樹人の男を見下ろしている。
「今回の襲撃事件、襲われたのは貴方たち樹人の【森】です。所長さんはその事件に巻き込まれた善意の平人です。ズゥクジャーンさんは、そんな善意の平人に善意で応えてくれた鱗人です。他にも貴方たちのために吠人や平人の子どもも協力してくれました。
貴方たち樹人は自分たちの立場を守るために一体何をしたんですか? 被害者面もいい加減にしてください」
「我々の失ったモノがどれほどか――」
「知ったことじゃありません。わたしたちは平人で貴方たちは樹人です。そう線引きしているのは貴方たちだって同じじゃないですか」
「ドロテアさん、もういい。もういいからやめて。お願いだからやめ――」
ばしぃっ! という衝撃が頬を走った。
裏拳を振り抜いたドロテアさんは目を座らせて俺を見つめている。
「嫌われ役を一人でしないでください所長さん。わたしは貴方の部下です。所長さんの意向に沿うのが、出来る事務員というものじゃないですか?」
焚き火の明かりに揺らめくドロテアさんは俺たち二人を腕組みして見下ろす。
「力無き、善良たる小市民の意見を言わせていただきましょう。
わたしたちにとって、原住種族への敬意なんてどうでもいいです。今日の晩ごはんの方が大事です。
わたしたちにとって、この島の政治腐敗なんてどうでもいいです。明日のお給料の方が大事です。
わたしが大切なのは所長さんだけです。所長さんと安心安寧平穏慎ましく暮らせる明日が大事です。その他のことなんて知ったこっちゃありません。そのささやかな幸せを成り立たせる犠牲があるというのなら、わたしは屍の山の上で笑って暮らします。
それが善良な小市民です」
カラスが聞いたら激怒しそうな演説っぷりだった。
俺はため息をついた。樹人の男は呆気に取られていた。ズゥクジャーン師は寂しそうに星空を仰いでいた。
「……まぁ、偉そうにしている俺も同意見なんだわ。ウチの自慢の出来る事務員ほど覚悟決まってねーけどな。アンタたちがン百年だかン千年だかこの島で平穏に暮らしてきて、それをぶち壊す他所者が憎いのはわかるよ。でも、だからって何もしないのは、ドロテアさんが今言った善良な小市民ってヤツと同じだ」
「……我々は、あまりにも永い時間『外』を知らずにいたのだぞ。『外』の恐怖が、汝らにわかるべくもない」
話は平行線だ。そうなる予感もしていたので、そして朝から牙人の遺体を引き渡しする約束を取り付けた時に言った話もあるので、俺は背嚢に入れていた荷物を取り出した。




