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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
血河のほとりにて
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第四話 5:火想

 5


「こちらの牙人(ガトー)で間違いありませんでしょうか?」


 冷気を帯びた襤褸布を解き、俺は依頼人の前で回収対象である遺体を見せた。

 依頼人が拠点としている宿屋の中で、鱗人(リト)と同格の巨躯を誇る牙人(ガトー)の遺体を持ち込み、点検作業などしてもらうわけにはいかないので、場所は宿屋の裏側、路地の塀とのわずかな隙間である。

 牙人(ガトー)の死体を横たえれば、もうそれだけで足の踏み場もないほどに狭い。だがそれ故に、人目にもつきにくく、依頼人としては良いことだろうと説得して連れ込んだのだ。

 依頼人の平人(ヒト)の男は、死体を見て即座に舌打ちした。もう動かぬ牙人(ガトー)に唾を吐き捨て、口から生える立派な牙を一蹴りにする。


「この役立たずの豚野郎、装備の一つもロクに守れなかったのか! クソがッ、クソがッ、これじゃゴミ同然だろ! 赤字じゃねえか!」


 自分の言葉に興奮してきたのか、何度も頭を踏みつける。

 全身を筋肉で鎧い、剛毛で覆われた牙人(ガトー)の巨躯がまとう防具は全てに大なり小なり傷がついており、蔓草で覆われたり、元が篭手だったとは思えないほどに萎んで赤い花を咲かせていたり、樹人(ジュト)との激戦の末に力尽きたことが一目でわかる有様だった。


「棍棒は!?」

「残念ながら、樹人(ジュト)相手に植物由来の武器は意味がありません。奴らの術で枯れ朽ちて使い物にならなくされてしまいます」

「はぁ!? ほんっっっと使えねーな、この豚も、屍肉漁りのてめーもよぉ! くっそ、こんなんだったらまだ放置していた方が金使わなかった!」

「その場合、この遺体は樹人ジュトが森を襲撃されたことの物的証拠となります。引き上げた判断は正しかったかと」

「あんな森や山ン中に引きこもった猿どもが縄張り荒らされましたって裁判起こすってのか? ねーよねーよ、ったく、くそがっ、どいつもこいつも無能で使えねー愚図ばっかだな!」


 元々強靭な筋肉と皮革で平人(ヒト)程度の殴打なら身じろぎしないのが牙人(ガトー)という種族だ。踏みつけ、蹴り飛ばす依頼人の方が息が上がってしまい、俺の方に苛立った声を荒げてぶつけてくる。


「このゴミちゃんと始末してくれるんだろうな!?」

「別途料金をお支払いしていただければ。書類に記載されていたのですが、お読みにならなかったのですか?」

「ハゲタカが! 薄汚ねぇ死体取って来て偉そうにケチくさって金、金、金。マジでクズだな」

「それで、処分はお客様が自身でなさいますか? それともわたくしがお引き受け致しますか?」

「こんなデカブツどうにかできるわけないだろ! それ片付け終えたらお前マジで覚悟しろよ!」

「左様でございますか。お客様、危険なので死体から距離を取っていただけますか?」

「あぁん?」


 依頼人は怒りに酔っているようだが、それでも一応まだ会話は通じるらしくニ、三歩牙人(ガトー)の遺体から距離を取った。

 俺は左手で銃把杖を抜き、右手でナイフを抜く。親指の腹をナイフの先端で刺し、血の雫を死体に落とした。そうしてから銃把杖の先端を牙人(ガトー)の遺体に狙いを定めた。

 構築した魔法式は単純明快だ。とにかく遺体だけを超高熱に引き上げ、燃やし、余剰熱を漏らさないように調整するだけだ。

 死後数時間経過しても、元々生物だった遺骸を焼くのはかなり魔力を使う。血を媒介に使わなければ俺の魔力量では少し問題があった。

 煌々と燃え盛る炎。それを見ていると叩き起こされた時に夢で見た溶岩の明かりを思い出し、吐き気がした。

 塵や灰も気流操作で押さえ込んだ痕には、牙人の骨がそれらに埋もれて残るだけとなった。


「骨は燃やすのにさらに魔力を消耗致しますので、後はお客様自身がなんなりと――」

「ご苦労さんっとぉっ!」


 炎の向こうで剣を抜いていた依頼人は、骨を踏みつけて俺に向かって斬りつけてきた。

 俺は視線に魔法式を乗せて気流操作魔法によって剣の軌道を僅かにブレさせた。依頼人は体勢を崩す。

 斬撃の軌道上から逸れた俺は地面を蹴り、依頼人の頭に左手を押し付けて向こう側へと跳ねる。

 依頼人は危うく足をもつれさせながらも体勢を戻し、翻って改めて俺に剣を向けてきた。


「てめぇっ、舐めやがって」

「お客様、申し訳ありませんがわたくしの血がお客様の頭に付着してしまいました」

「ああんっ!?」


 会話する気も無いのか、再び馬鹿の一つ覚えのように斬りつけてくる。

 いい加減まともに相手するのが怒りも呆れも通り越して空しくなり、俺は気流操作魔法で上空高く跳び、宿屋の屋根の縁に乗って相手を見下ろした。


「血は液体だ。水蒸気爆発させると、アンタの頭に穴が空くって言ってんだよ。あ、もしかして脳みそ入ってないから気にしないでいいって口か? いやぁ馬鹿はいいよなぁ、なんも考えなくて生きていられるんだから」

「意味わかんねーこと――」


 ぱんっ、という軽い音と共に剣を振りかぶりかけた依頼人の頭に赤く小さな爆風が散った。

 白目を剥いて倒れる依頼人の背中に、屋根から俺は着地する。平人(ヒト)一人程度のクッションでは俺の膝と踵に負担がかかるので、気流操作魔法で反動を殺してから着地してやったが。


「実際のところ、脳震盪程度で済ませてやったがな。街ン中で人殺しとか頭イカれてんのか」


 俺は背嚢の中から紐を取り出した。手首と足を縛って気絶した依頼人の頭髪を掴み、ずるずると引きずりながら宿屋の表に向かって歩いて行く。

 宿屋を出入りする客たちが異様な目で俺たちを見ていたが気にせず、俺も宿の中に入ってカウンターにいる吠人(バイト)のおかみさんに声をかけた。


「あのー、すんません。こいつここの宿泊客だと思うんすけど、さっき店の裏で襲われたんで冒険者ギルドに連絡してもらえます?」

「なんだい朝っぱらから喧嘩かい」

「おかみさんは知らない方がいいことすよ。面倒な事は全部俺がちゃんとやるんで、連絡だけ本当にお願いします」

「仕方ないねぇ。ホラそこのアンタ。一っ走り行って、ギルドの人呼んできておくれ!」

「ええ……」

「どうせアンタ今からギルド行くんだから手間一緒じゃないか! ホラホラさっさと行った行った」

「はーいはい」


 おかみさんに目をつけられて追い立てられた冒険者の一人は、面倒くさそうに宿を出て行った。

 途中、俺とすれ違い様に目が合う。

 伝達を任されたそいつは、なぜかその瞬間からだらだらとした足取りから駆け足になって街中を走り去って行った。

 拘束した依頼人を放置するわけにも行かず、さりとてやることもない俺は手持ち無沙汰になって、宿の受付近くに置いてある椅子に腰かけて一息つく。

 【回収屋】の俺を見る周囲の目は好奇や嫌悪が多いが、なぜか今日は異様な熱を持った色で見つめられている気がした。

 おかみさんは床に転がった依頼人を邪魔そうに見下ろしながら、零した。


「この子は素行が悪かったからねぇ。いつかやらかすと思っていたけど」

「そっすか」

「何が『そっすか』だい。坊や、アンタ目がヤバいよ。無茶苦茶にキレているじゃないか。周りみんな怖がっているのがわかんないのかい?」

「普段から嫌われ者でね。おかみさん、耳にしたことありません? 屍肉漁りのハゲタカ」

「ああ、ありゃアンタかい。なんだ話と違ってずいぶん可愛らしい坊やだね」

「そりゃどうも」

「とにかく、ギルドの人が来るまで休みな。椅子代くらいなら安くしとくからさ」

「ははっ、やっぱタダじゃねーすか」

「当たり前じゃないかい」


 俺とおかみさんは空笑いを浮かべていた。

 くそったれた一日だ。先に連絡を入れておいたズゥクジャーン師たちは【森】で無事仕事を済ませられているだろうか。

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