第四話 2:他所者と先住者
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ツェズリ島南下運河は俺がこの島に来た頃には既に建設され終えており、最大出資者と工事指揮を取った両名を頂き【フリエドール・バーナード運河】という長ったらしい名前を付けられている。
大体は『南下運河』や略されて『フリバ運河』と呼ばれるのが常であり、北港からそのままツェズリ都付近に建設されたミヤマ集積地にほぼ直進し、この島の物流を支えている動脈の一つだ。
そして、この運河はセットとなる北上運河と含めてもう一つ二つの呼び名が、忌名がある。
【屍山血河】、【刻まれた傷跡】など。
俺は今、その呪われた名前の由来となった河のほとりまで急行してやって来た。
東側を見ると、島を斜めに割る山脈【フォレスの壁】に阻まれた空が藍色になりつつあり、夜明けが近いことを悟らせる。
依頼人たちが仕事を開始したのは日付変更と同時であり、その後反撃を受けて撤退しツェズリ都まで逃げ帰り俺に仕事を投げつけ、契約締結、即直行したが残念ながらもう時間が経過しすぎた。
回収は正直なところ正攻法では不可能な状況になっていると、河に食い込むような形で不気味に広がる森を見て、俺はある種の諦めと開き直りの心持ちになっていた。
霊脈を活性化させて森を観測すれば、森の木々全てが毒々しい異様な魔力を帯びており、森そのものが地に横たわる超巨大な一個の生命体のようにすら見える。
樹木も一つの生物ではあるので、木が群生する森は確かに一つの生命とも取れるのだが、このツェズリ島においてほとんどの『森』と『山』は禁足地として取り締まられている。
数少ない例外は【ギャリコの黒い森】あたりだが、はっきり言って【黒い森】や大迷宮の中層程度よりそんじょそこらの山や森の方がこの島では危険地帯なのだ。
「たぁーいえ、仕事は仕事。受けた以上はやるしかねーな」
自らの頬をぱぁんっ、とはたき、寝ぼけた頭を起こすと同時に恐怖や怒りといった無駄な感情を追い出し、俺はやるべきことを開始した。
森と河の境界線あたりまで移動し、背嚢を降ろし外套を脱いでその中に突っ込んだ。
腰鞄やホルスターも全て外し、一切の装備を持たない服を着ただけの状態で森の中にまで声が届くよう気流操作魔法を起動し、話しかける。
「この森に古くから棲まう賢者たる樹人たちよ。この島に住まう平人の一人として、先ほどの無礼を詫びるため俺は訪れた。立腹、後始末、今後の対応。積もる話もあるのだろうが、貴方たちと争うことを厭う平人がいることも承知して、どうかこの声に応えてくれないだろうか」
俺は両腕を開き、丸腰であることを強調して森そのものに言葉を投げかける。
正攻法はもう無理だ。樹人たちの反撃に遭い、森を破壊するための装置とやらを設置するために雇われた俺の依頼人である冒険者たちは壊走したという。
俺は夜中に叩き起こされたが、樹人たちはそんな生易しい怒りでは済まないだろう。自らの棲み処をなんの謂れも咎も無いのに、突然破壊されそうになったのだ。正当防衛とは正にこのこと。言い訳の余地も無い。
だから、正攻法を越える正面突破で依頼をこなすことに賭けた。
ようするに、こそこそしないで話し合いをして回収品を貰い受けるよう真正面から交渉するしかない。
――平人の子が皆、我々に対し敵対的ではないことは承知している。
「呼びかけに応えてくれたこと、まずは感謝を」
森の奥から響き渡る、やはり森そのものが喋るような重圧的な大気振動が俺を打ち据えた。
試されていることはこちらも承知。俺は片手を後ろ手に、深く頭を下げて礼をする。
その対応を見ているのかいないのか、森から響いてきた声は拒否感を強く反映したものだった。
――だが、大半の人間たちが我々樹人こそがこの島に元来棲まう民であることを、忘れている、無知であることも承知している。
「……詫びようもない事実だ。まして、此度のような侵略行為。この河を建設した際の争い。全て許されぬ罪だ」
――委細承知しているのなら、なぜ来た。汝は何者だ。
「俺は【回収屋】。先ほど侵略行為を行った冒険者たちの置き土産を――殿となって死んだ牙人の身柄を回収することを依頼され、この森にやって来た」
包み隠さず本当のことを俺は【森】に告げた。
依頼に至る経緯と内容はこうだ。
俺の依頼人である冒険者は、他の冒険者から「いい稼ぎがある」と声をかけられ、よくわからない機械を渡されたらしい。
そしてそれを今晩日付変更と同時に、この南下運河のほとりにある【森】に侵入し、できるだけ大きな大木に設置するように、という仕事内容だった。
【森】は三十余年前に冒険王フォレスがツェズリ島を開拓する前から、何百年か何千年かわからないがはるか昔からこの島で暮らし続けてきた先住種族である樹人の棲み処だ。
開拓した冒険王フォレスはどうやってか知らないが、先住種族である樹人に認められ友誼を結んだらしい。だがそれはそれとして、フォレスの後に続いてこの島に押し寄せてきた俺たちのような他所者まで樹人たちは容認したわけではない。
何度か小さい、小さくない衝突や争いもあったが、樹人たちは自分たちの棲み処である【森】に干渉しないのであれば、かなり寛容だったらしい。
その寛容な態度を何か勘違いして、この南下運河と北上運河は建設工事が始められた。
よりによって【森】を縦断するルートで、木々を伐り地面を掘り進めていったのだ。
その工事計画は、当時英雄ではあったが政治権力者ではなかったフォレスが気づいた時には止められる段階ではなかった。
樹人は激怒し、その結果の忌名が文字通りの【屍山血河】なのだ。
そんな場所に侵入し、怪しい機械を置きに行くだけの簡単なお仕事がどういう意味を持つのか、歴史を知っていれば誰だってわかると思う。
思うのだが、現実として世の中にはそんなこともわからない馬鹿が溢れ返っている。
そして馬鹿の中には底無しの馬鹿がいて、殿を押しつけた牙人の装備が惜しいから、俺に回収して来いと深夜だというのに依頼してきたわけだ。
依頼人をぶっ殺したくなるような仕事はしょっちゅうなので、俺は冷静に現場へ急行できた。何事も慣れである。
――愚者の後始末を請け負う愚者。それが汝か。
「どのように受け取ってもらっても構わない。俺が望むのは、ここで死んだ牙人の遺体と遺留品のみだ。貴方たちもあんなもの処置に困っていると思うので、決して悪い話ではないはずだが」
――良いだろう。森に入れ。そのままで、だ。全ての武器や道具は持たず我らが棲み処に来い
存外あっさり話し合いが通じた――わけではない。
俺は魔力が渦巻く森を改めて見上げた。
魔法使いの俺にはわかる。ここで、俺は魔法式を現実世界に投射できない。人間を直接熱したり冷やしたりできないのと同じ原理で、この森そのものの魔力が強すぎて俺の魔力では干渉できないのだ。
自己完結する肉体強化魔法なら別だろうが、俺が使えるそれらは五感強化のみ。ドロテアさん特性の肉体強化法式札も、札そのものが現実世界に存在する以上【森】の魔力干渉を受けて起動できるかどうかすら怪しい。できても、一瞬で札が焼き切れるだろう。
怪物の腹の中に入れと言われているも同然だ。
俺は深呼吸して、精一杯粋がって唇を吊り上げて笑ってみせた。
「牙人の体躯は巨躯い。装備も道具も無い貧弱な俺じゃ森の外まで持って行くのは無理だから、そっちが協力してくれよ?」
――話は、森の中で聞こう。




