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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
黒い森に火を灯す
3/47

第一話 3:黒い森を登る

 3


 かくて依頼人から捜索対象のロバート(なにがし)が使っていたという衣服やナイフなどを借りた俺は、予定通り夜明け前に【黒い森】へと到着し、一眠りしてから捜索を開始したという次第である。

 休憩小屋では俺以外にも夜明けを待つ冒険者が二組ほどいたので軽く情報収集を試みたところ、二、三日ほど前に一人でやってきた中年男の平人(ヒト)の冒険者がいて、帰りは確認していないという。


「と言っても僕たち訓練のために来ているので、人の出入りなんてうろ覚えでちゃんと確認していませんけどね」


 まだ少年と言っても良い年齢の、安い装備品に身を包んだいかにも新米といった冒険者たちは、気前よくそう答えてくれた。この森は木の上に登りさえしなければ安全な迷宮のため、探索よりも訓練場として使われることの多い場所なのである。


 吠人(バイト)二人、平人(ヒト)一人の三人組だ。狼のような面構えをした吠人(バイト)の少年がどうやらリーダーらしく、その精悍な顔つきに似合わず人懐こくよく笑うので、どうにも可愛らしさを感じてしまう。

 情報提供料として、新米冒険者たちには持参していた暖かいチキンサンドと淹れたての熱い珈琲を朝食に振舞っておいた。俺が口をつけるまで飲み食いしなかったあたり、新米とは言ってもある程度の場数を踏んでいるか良い指導者に恵まれたと見える。

 とかくこの業界は適度な助け合いと騙し合いだ。どちらかに偏るとロクなことにならない。


「久しぶりに暖かいものを腹に入れました。ありがとうございます」


 リーダーの少年が頭を下げ、他の仲間たちも心底満足そうな面持ちで珈琲を啜っている。どうやらこの森に来てから常温保存の携帯食糧をそのまま食べていたと見える。

 情報提供料を越えるお節介になるが、俺は自分の荷物の中から手の平に収まる程度の木板を取り出して新米冒険者の少年に差し出した。

 吠人(バイト)の習性か、突き出た鼻をひくつかせて木板の匂いを嗅ぎながら少年は立ち耳を少しパタつかせて首を傾げた。


「これはなんですか?」

「法式札だ。特定の魔法式が描き込まれていて、術者以外が魔法を使ったり離れた地点から魔法を発動させられる。これはモノを暖めることができるヤツだ。やるよ」

「いいんですか?」

「そのかわりコイツも受け取って、無事街に帰ったら周りの連中に『ハゲタカに世話になった』と宣伝してくれ」


 札の上に名刺を乗せ、新米の少年に押し付けた。彼は尖った牙を見せて苦笑いを浮かべる。


「冷えた飲みモン食いモンは消化に体力が要る。コレがあればさっきのサンドイッチくらいにはモノを暖めることができるだろう。使い方はこの出っ張りを引っ張るとだな。持ち主の霊脈から魔力を吸い取って魔法の起動に備える。出っ張りを押し込むと蓄積した魔力を使って暖める。まぁ使いながら覚えるといい」


 少年は頭をもう一度下げて札を受け取った。

 本当に宣伝するかどうかは怪しいが【回収屋】の世間の印象は悪い。何も知らない新米相手にこそこういう小さい営業努力を重ねるのも大切だろう。


 それにこの程度の暖める、冷やす程度の性能しかない法式札は俺が札製作の練習に手作りしている面が強い。何事も才能で、俺は直接魔法を発動させた際の精度と起動速度には自信はあるが、札に描きこんだ魔法式が予定通りの出力を発揮した試しがない。

 上手い奴が作れば複数の法式を組み合わせ、状況に応じて出力調整までできる代物になるそうだ。そこまでは行かずとも、複数の法式を組み合わせる所までは覚えておきたい。そうすれば今ほど危険な仕事をせずとも職を見つけられるだろう。


 朝食を終えた俺は必要な装備を詰め込んだ背嚢(リュック)を背負い、尻に敷いていた外套(マント)を羽織り、カンテラを手に取って小屋を出た。

 そうして森に入り地上からざっと捜索したわけだが、当然手がかり一つ掴めなかった。仕方ないので熱流魔法で飛距離を伸ばし、大木の枝から枝へと跳び継いで上へと登っていくことにする。


 自分の霊脈を媒介にこの世界の法則に対して干渉し、様々な事象を引き起こすのが魔法という技術だが血筋や個々人の特性によって、得意分野が変わる。

 ウチの血筋は代々熱量操作に長けた家系で、俺個人はその中でも落ちこぼれだが特性自体は引き継いでいる。というより、熱量魔法とごく初歩的な肉体強化魔法くらいしかまともに使えない。


 カンテラの明かりで次に跳びつく枝を照らす。脊髄に太く流れる霊脈を活性化させ、左眼と右眼にそれぞれ別の法式を乗せて視界を通じて現実世界に出力させる。起動を行うと、左眼に乗せた法式は大気を冷やし、反対に右眼に乗せた法式は大気を暖める。

 結果、温度差の生じた合間の大気は流動し、気流を発生させる。この気流に乗り、目的地までのジャンプ距離を伸ばす。

 熱量魔法の基礎で【浮流(フリュー)】とも呼ばれる気流操作魔法の一種である。習得したばかりの子供の頃はよく操作を誤って明後日の方向に跳んだものだが、今となっては霊脈を使って関節を一つ増やし行動範囲を広げる、くらいの直感的感覚で使えるようになっている。ただ、子供の頃と違って体重が増えた今は外套で気流を受けて身体を浮かしやすくしているが。


 こうして何度も枝に跳び移り続け、カンテラの明かりが地上を全く映さなくなった頃、俺は外套の裏のポケットから、捜索対象のロバート某が使っていたという下着の匂いを嗅いだ。

 中年男の下着の匂いを嗅ぐなど世間では拒否反応を示すようなことらしいが、それで手がかりになるのなら安いものだ。嗅覚強化魔法と熱流操作魔法を併用し、周囲全方向の匂いを嗅いで同じ匂いが無いか捜す。


 それにしても改めてこの【黒い森】の樹木の高さは異常極まりない。外から見ると、木々の高さは時計塔ほどまでしか無いように見えるのだが、森の中から木登りを始めると明らかにそれ以上の高さ、そんじょそこらの山頂を越える高度まで登ってもまだ果てが無く、未だ登り詰めた者はいないのだという。

 冒険王と称されるツェズリ島都議会議長フォレスが拓いたこの島では、このような人智を越える迷宮が次から次へと見つかる。そして今日も迷宮の謎を解き明かさんと、富や名誉を求めて冒険者たちは未知に挑み、そしてあえなく散って行くのだ。


 だが死して屍拾う者はここにいる。


 鼻腔に感じる数式の配列に、先ほど嗅いだ下着の匂いと酷似したものを嗅ぎ取った。熱流魔法で慎重に気流を操り、匂いの方向を探る。

 より強く匂ってくる方向へと向き直り、俺は次の枝へと跳び移った。何度かあちこちの方角に顔を向けて匂いを嗅ぐと、鼻腔に再び検索範囲と近似値の数式が触れる。方向は恐らく間違っていない。

 ある程度近づけば、方向を微修正して探し直さなくとも常時匂いが感じ取れるようになってきた。こうなってしまえば後は早い。


 ※


 はたして匂いの出所は、枝先に近い葉の茂みの中にあった。

 カンテラで照らしても、熱源観測魔法で見ても、匂いで探り当てても、危険な生物が枝葉の中にいないと確認。目標地点の下に移動し、俺はカンテラを枝の上に置いて両手を空けた。


 両腰に吊り下げたホルスターの留め具を外し、中のものを片手に一丁ずつ持って抜く。

 見た目としては、木を彫って拳銃の形を模した玩具に近い。それも銃身の部分は銃把より短く、引き金も撃鉄も銃口すらもない玩具としても出来損ないの、不恰好な木片である。

 これを【魔法杖】だと正直に説明すると、誰しもが疑いの眼差しを向ける。法珠を埋め込んだ、長大な魔法強化杖しか見たことないのだろう。

 俺はこの杖――銃把杖の先端を匂いの出所に向けた。いつも通り、左の杖が大気を冷やし、右の杖が大気を暖める。脊髄の中に宿る霊脈の引き金を絞り、魔法式起動。


 ばさっ! と狙いの茂みに突風が吹き抜け、大きく枝葉をしならせた。茂みの中から匂いを感じる物体が飛び出るのを、嗅覚のみで確認する。杖で気流操作を行い、ジャンプ軌道を描く。

 杖から手を放して手ぶらになった俺は空中に飛び跳ね、自分が乗る気流を調整して落ちてくる物体に合わせた。狙い通り自由落下する何かを掴み、そのまま適当な枝に落下地点を調整し、無事降り立つ。

 昼間でも暗い森の中だが、さすがに手に取るほど近づけばそれが何かはわかった。


「ライフルか……。狙撃用途に特化している型だな」


 長い銃身で、森の中では取り回しにくそうな肩当てに銃口付近には二脚まで取り付けられている。おそらく大陸の聖トトエノ造兵廠の製品である八〇式後装銃だ。威力も射程も精度もあるが、そもそも森の中で取り回しが悪いライフルなど、邪魔にはなっても役に立つことなどほとんどないだろう。

 不思議に思いながらも、俺はベルトに結わえ付けられている紐で太股のあたりで揺れている銃把杖を、ホルスターに収め直した。


 俺がこの拳銃よりもさらに小さい杖を使っている理由は、正に取り回しの良さを追求した結果だ。

 本来魔法使いが使う杖とは魔力の蓄積と法式を収めた珠――法珠を埋め込み、魔法を扱いやすくする装備なのだが、これらの機能を追及するとどうしても杖の長大化を招く。狭く、視界も足場も悪い迷宮では長モノはそれだけで命取りだ。いくら威力の高い攻撃魔法で危機を打ち払うことができようとも、魔法を撃つ前に死んでしまっては話にもならない。


 まして【回収屋】は、戦闘は極力避け情報収集と逃げ足がモノを言う商売である。いざとなったら愛用の道具も執着を持たずに捨てて、依頼品と我が身を迷宮から無事持ち帰るのが仕事だ。

 ならば最低限、魔法式の精度と射程距離を上げる指示棒としての役割さえ果たせばそれで良いと突き詰めた結果、俺はこの銃把形状をした杖を使うことにしたのである。


 だがこのロバート某はライフルを使うことを選んだらしい。名前は書いていないが、付着した匂いでわかる。

 改めてライフルの匂いを嗅いでみると、血の匂いと一緒に嗅ぎ覚えのある獣臭もまとわりついていた。記憶から探り当てるまでもなく、意識をして嗅げば周囲の木々の茂みからわずかに感じ取れる。


「やっぱ猿が先に見つけていたか」


 この【黒い森】固有種の類人猿型魔物【オオミミザル】の匂いだ。その名の通り耳が大きく、正面から顔を見ると羽を広げた蝶々のシルエットに似ている。

 暗闇も見通せる眼を持つが、それ以上に高い聴覚で森の状況をつぶさに把握することができ、この森の支配種と見られている。

 群れで狩りを行い、死んだ連中はもとより弱った冒険者も襲って喰うという例もある。だが獰猛さよりも臆病や慎重が勝る猿で、基本確実に成功する狩りでしか冒険者は襲わない。


 つまり、このロバート某は猿とは関係のない他の事情で致命傷を負ったのは間違いないだろう。

 その致命傷を負った場所がわかればいいのだが、ライフルだけが枝葉の茂みに引っかかっていたことから察するに猿が死体を巣まで運び、邪魔な道具はあちこちに捨ててしまったというところか。

 ならばライフルに付着した猿の匂いを辿ることができれば、巣に辿り着きロバート某の死体を見つけることもできるだろう。身につけていた装備はまだ巣の中に残っているか、周辺に落ちているはずなので手間をぐっと省くことができる。

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