幕間 【女子会】
1
ツェズリ都東区にある通称【廃溜め通り】を、あたしはおっかなびっくりといった心持で歩いていた。
あたしは勝気でお転婆、男勝りの……乱暴者と家や知人たちには言われていた。実際、この島に来るまであたし自身自分をそういう女だと思っていた。
周りの学校の友達、家庭教師やメイドのお姉様方みたいに、精神的に一歩引いてか弱い女という立場を利用したり、女仲間同士での駆け引きがうざったくて仕方なかったし。
でも、この【廃溜め通り】は怖い。
人通りが少ないように見えて、路地や窓から誰かの視線を感じる。子どもで、女で、見た目も小奇麗に整えているあたしの居場所はここではない、と無言の圧力を感じる。
「クリス。静。何故?」
ぎゅっとこの島に来てからずっと心の頼りにしている魔法杖を握っていると、この前新しい仲間として迎え入れたカラス君が後ろから首を傾げてたずねてきた。
彼の頭は以前のように剃り上げた禿頭ではなく、少し青々とした色合いになって髪の毛が生え始めてきている。あたしが「カッコイイ髪型にしてあげるから伸ばしなって」と言ったら、素直に剃刀を鏡の前で置いたのが数日前のお話だ。
そうだ。そんな風に迎えた仲間だからこそ、ビビっているなんて気づかせちゃいけない。
「いやだってさー。なんかここ臭くない?」
「……真中? 臭」
「中央区の方が臭いって? そっかなー。まぁ色んな人種がいるし出店も多いし匂いはキツいよね」
「肯定。否。クリス。否」
「……いや何言ってんだかよくわかんねー」
語彙の少ないカラス君との意思疎通は難しい。こちらが話しかけている言葉も完全に理解しているのか怪しい所も多いし、基本的に無表情だ。だから人種が違うはずの吠人のはーくんとぐーちゃんの方がまだ何を考えているのか顔を見ただけでわかる。
でも、あたしがハゲタカ先輩の事務所にはーくんとぐーちゃんには内緒で行きたいって言ったら、お守りについてきてくれたのはとても助かっている。
この子は瞬きする間もなく、一瞬で拳銃の射程距離くらいなら詰めて人間を瞬殺できる心底やべー奴なのだとは見たし、襲われたし、身を以って知っている。けれど、仲間になってからは無口だけど温厚で誰よりも素直な奴になってしまい、頼りになるけど何か肩透かしを食らった気分にもなっている。
そんなカラス君がいないと、こんなおっかない通りを歩けなかった。魔法使いのあたしが襲われたら、相手にいいようにされるか相手を殺すかのどちらかしかできない。そして、人殺しできるだけの覚悟がまだ無いあたしは、どう考えてもここに来てはいけない小娘だ。
でも来たかった。来なくちゃいけなかった。
あたしは魔法使いとして冒険者ギルドに登録した以上、魔法使いとしてちゃんと皆の役に立たなくちゃいけない。
この前、ハゲタカ先輩に実地研修という話で十三階まで連れて行かれた時にそう痛感した。
先輩にはさんざんどやされて叱られたけど、どう考えてもあの人が魔法使いとしてすごすぎるだけだ。あたしが「杖に使われているだけ」というのは悔しいながら認めざるを得ない事実だけど、それはそれとして先輩はもう魔法使いとして色々おかしい。
現実世界の法則を書き換える魔法式を脳内で構築し、体内の霊脈を通して式を物理世界に放って、魔力で起動する。
これが魔法の正しい展開基準だとはあたしだってわかっている。わかっているけど、まず魔法式を見てもそれこそ何かの呪文にしか見えないので、脳内構築とか言われても意味わかんねーである。
そんな魔法式を、秒を何十にも刻んだわずかな時間でハゲタカ先輩は調整し続けながら現実世界で魔法として起動させている。そうじゃなけりゃ「熱量操作」つまり、モノを暖めたり冷やしたりするだけの力であれほど器用に動けるはずがない。
ハゲタカ先輩はモノを暖めたり冷やしたりするだけで、空を跳ぶ。重い荷物を運ぶ。あたしには見えないモノを見る。内緒のこそこそ話をする。それだけやって、魔力量はそこらへんの一般人と変わりないというのだ。
そんな魔法使い、まだ新米のあたしだけどこの島で他に見たことはない。せいぜい簡単な魔法式を法珠に頼らず単発で撃つ程度で、恒常的に発動させ続けるなんて、どんな脳みそをしているんだって思う。
あそこまでは無理でも、せめてもう少しなんとかしないと、あたしは魔法使いとしてみんなと一緒にいる資格がない。
そう強く思ったので、今日ははーくんとぐーちゃんには内緒で先輩に魔法を上手く使うコツを教えてもらおうと事務所まで行くことにしたのだ。
2
「女。不知」
そう言ってカラス君は事務所のドアの前まであたしを送ると、自分は煤けて汚れてベタついた壁になんのためらいもなく背中を預けて目を閉じてしまった。
「いやカラス君の方がわかんねーし……って寝ちゃった」
静かな寝息がマジで聞こえる。神経図太いなぁこの子。
まぁいいや、ここまで送ってくれただけ十分なんだし後はあたし自身の問題だ。
「あのー、ハゲタカ先輩いますー?」
ドアをノックしてたずねると、しばらくして中からドアが開いた。
「はいこちらハゲタカ遺失物回収事務所で……ああ、やっぱり貴女ね」
「お、おおう?」
事務所から出てきたのは長い黒髪を後ろでまとめ上げて、真っ白なブラウスに腕保護布を着けた眼鏡の……美人の平人の女性だった。
いかにも事務員です、という恰好は整えているけど、なぜだか妙にボディラインが出るようにブラウスを着ているし、スカートも不必要に短いし、よくこの女性こんな通りでこんな格好して襲われないな。
っていうか、あっちはあたしを知っているらしい。あたしは初対面なんだけど、どういうことなのこれ。
「ああ、わたしはドロテア。ここで事務員として働いていて、お留守番。所長さんは今出かけているの。書類仕事が嫌いで基本的に外回りばかりだから所長さんが事務所にいる時間は短いかなぁ。
で、わたしが貴女の顔を知っているのは、所長さんが左手首切って担がれて来た時、傍にいたヒヨコさんたちの一羽が貴女だったから。平人の女の子一人だから印象に残っていたの」
「あ……あん時、そういえば事務員って人が来たような……」
「その件はごめんなさいね。ウチの所長さんが勝手に一人でバカやっただけだから。ところで、仕事の依頼ってわけじゃないんでしょ? その様子だと。いいから中に入りなさいな」
「はぁ……悪っす」
あたしは自分の身長より長い杖を、小さなドアに潜り抜けさせてなんとか狭い事務所内に体を潜り込ませた。
一方でドロテアさんは水差しと薬缶を見て、やれやれといったように肩をすくめる。
「ごめんなさいね。所長さん、熱量操作魔法の達人だから水さえあれば沸騰できるって、火元置いてないからわたしじゃお茶の一つも出せなくて」
「あ、お気遣い構わねーでいいんで。あたしもアポ無しで来たわけだし」
「それで、貴女のお名前は? あ、目的はもう察しがついているから。アレでしょ? 同じ魔法使いとして、所長さんに教えを請いに来たってところ」
「え? なんでわかるんすか。あ、名前はクリステラです。よろしくお願いしゃす」
手で進められるがままに、来客用のソファにあたしは腰かける。んむ、お尻の沈み具合といい肘かけの半端な高さといい張っている生地といい、座り心地が良くない。見た目だけ取り繕ったって感じだ。
室内は狭い。水回りと来客用のテーブルが数歩の距離にあるのだから、こっちは取り繕うことすらできない。そりゃこんな狭い室内に男女二人がいつまでも一緒にいたら変な気分になりそうだわ。
事務員さんはあたしと向かい側の席に座り、眼鏡を外して苦笑いした。
「この前の貴女たちを連れ回した時の話で、女の子の魔法使いをけちょんけちょんに言っていたから」
「そう、それなんすよ! 先輩の魔法式の組み方は精密高速ェってのはわかるんすけど、そんなん出来たらあたしだって苦労しねーっつの!」
「注意はできるけど、自分が自然に出来すぎて上手に教えられないんですよねぇ、所長さん。そのくせ自分より魔力の高い魔法使いを見ると明らかに嫉妬して文句つけて……」
「あれ、あたし嫉妬されてんすか」
「【閃雷】をあの出力で四連発してからすぐに、カワゲイを一撃で穴開けする【砲雷】撃てるっておかしいってボヤいてましたよ」
「あたしあの時点でもまだ同じ出力の【砲雷】三発くらいは連射できましたけど言わなくて良かったみたいすね」
「……それはわたしが聞いてもちょっと引くくらいの底無し魔力量ね」
そっか。やっぱあたしの魔力量ってすごいんだ。
霊脈で生成して保存しておける魔力保有量の限界値は個人差があるけれど、種族単位で見ると大差は無いものらしい。一方で、あたしのように突然変異的に高い魔力を生まれ持つ人間もいる。
つくづくあたしって生まれて持ってきたものだけで生きているだけで、ちゃんと自力で何かを得たってのは無いんだなぁと思い知らされる。
その点ぐーちゃんはすごい。怖がりだけど、その臆病さは慎重さという武器にもなると言い聞かせてここぞという時には一人で走れるし、【探知者】は物知りじゃなきゃ務まらないと言って、常に新聞や難しそうな本を読んで勉強している。
考えてみればカラス君もすごいな。あたしたちより少し上程度だと思うけど、それで師匠と殴り合えるんだからあっちの方がどうかしている。
「でも、だから、あたしはちゃんと先輩みたいに小技も使えなくちゃダメだなーって。先輩は『電気操作属性はたぶん今後最高の当たり属性になる』って言っていたし、生まれた才能生かさないのはもったいないじゃん? って」
「うん。電気で動く発明品ってどんどん多くなってきているものね。わたしは電気属性じゃないけど、たぶん電話とか上手くやると盗聴できるんじゃないかなぁ」
「そう、そういう小技! たくさん知りたい持ちたい使いたい!」
テーブルに身を乗り出してあたしが喰らいつくと、ドロテアさんはくすくすと笑った。大人特有の子どもの必死さを悪意無く嘲笑うアレだ。むすっとする。
ドロテアさんは笑みを絶やさないまま、悪びれもせずに言った。
「ふふっ、ごめんなさい。でもね。クリステラさん? タダでそんなに難しい、悪用すれば危険な技術を教えてもらえるわけがないのが世の中なのよ?」
「でもお金だけで解決する話でもねーっしょ」
あたしは即座に反論した。お金だけでなんとかなるなら、今あたしがこの島にいる理由はないし、やっぱりお金のせいであたしはこの島にいるとも言える。
ドロテアさんは感心したようにうなずき、指を一本ずつ立ててあたしに説教を始めた。
「そのとおり。よくわかっていてえらい。
まずは信用。教える者同士で利害が一致する性格、立場なのかどうか。……気をつけてね? 無知なのをいいことに利用する悪い人も世の中にはたくさんいるから。
二つめは将来性の保証……砕けて言うと、『教えた人間』が得するだけのことを一年後十年後の貴女が成し遂げられるかどうかっていう、まぁ結局これも信用とお金に結びつくかな?
最後は簡単で一番難しい。わかる?」
「あたしという人間がどれだけ魅力的か。っすよね?」
理屈抜き、計算抜きで力を貸してあげたくなる人間っていうのが、世の中にはいる。
あたしの知り合ってきた中では、はーくんと文通友達の令嬢だ。言葉遣いや振る舞いでどうしようもなく心を駆り立てるような人間が、世の中にはいる。
ドロテアさんは遠い目であたしを、あたしの向こうにある何かを見つめていた。
「うん。すごいなぁ。最近の若い子って。わたしも貴女の年齢くらいの時にもっとしっかりしていれば……まぁ、過ぎたことはもう取り返しがつかないから、ね?
……わたしみたいな大人にこんなことを平気で言っちゃったっていうのも含めて、ね?
クリステラさんは頭も良いし才能も向上心もあるけど、ちょっと焦って今は周りが見えてなくて危ないかなぁ」
「今のあたしにゃ教えられないってーことで?」
「わたしは熱量操作属性で、オマケに法式札に書き込まないとまともに魔法が起動できない技師方面だから、教えられることは最初から少ないよ。だから、お説教したの」
そこまで言ってからドロテアさんは、眉をしかめてこめかみを指でつついた。
「……でも、所長さんよりはまだ教えられるかなぁ。あの人『魔法は手足を動かすのと同じくらいの感覚で使えるようになって一人前』とかほざくんだよ? ふざけてない?」
「わかる。めっちゃわかる。先輩自分がどれだけパネェか無自覚っすよね」
「違う違うあれは自覚しているうえで、できない人を小馬鹿にしているの。だから同じことができるカラス君とかは手の平ひっくり返して可愛がっているの。何あれわたしよりあの禿頭君の方が可愛いって言うの?」
「その禿頭の素手で心臓くりぬけるヤベぇ奴、ドアのすぐそこで寝ているんで」
「…………今のは無かったことに」
「っつか、カラス君が同じことできるってどゆことすか?」
「あれ? クリステラさん知らないの? 彼、肉体強化魔法の達人だよ。魔力量も普通の人より高いって所長さん言ってたかな」
「え? え?」
どうやらドロテアさんが言うには、武術の達人は無意識に肉体強化魔法の境地に到達しやすいのだとか。
魔法使いはそれぞれ書き換えられる法則の属性に適正があり、適正が高いほど魔力消費量が少なく済む。しかし全ての人間は『自分自身の肉体』そのものを己が絶対支配する一つの宇宙として認識することにより、肉体強化魔法の適正を発現させられるのだと。
自分の魔力が充填されている血を放出する流血魔術はハゲタカ先輩が使った自爆戦法の奥の手だけど、肉体強化魔法は『自分の肉体を強化、操作する』という性質上、体内に巡っている血にそのまま干渉しているわけで、常時流血魔術以上の効率と出力を発揮できる属性らしい。
「何それずっる!」
「うーん、口で言うのは簡単だけど、実際にはすごく難しいらしいよ? 鱗人は生まれながらにしてその境地に到達しているって所長さんは言っていたけど……」
「何それ師匠ずっる!!」
「ふふっ。そこで『ズルい』で終わらずに、あともう少しだけ頭を使ったら、お姉さんが知っている魔法上達のコツ、教えてあげるよ?」
ここまで話してわかったことが一つだけある。
ドロテアさん、たぶんハゲタカ先輩より性格が悪い。
でもまぁ教えてくれる手がかりを出してくれるだけマシ……なのかなぁ? お説教の内容考えると、後々この人に弱み握られないかなぁ?
あたしは迷った。
迷ったけど、握っている杖を眺めて、決心した。
「素振り……」
「ん?」
「カラス君、毎日武術の素振りや型の練習している。それで、肉体強化魔法の達人になったのなら、他属性でも……同じことができる?」
「正解。よくできました」
ドロテアさんは笑顔で両手の平を合わせた。
「最小出力でいいの。ひたすら、同じ魔法式を何度も何度も何百回でも何千回でも霊脈に走らせる。するとそのうち、脳内に魔法式が刻まれて、霊脈に魔法式が通るルートが確立される。これで、少しずつ精密な出力調整ができるようになると、魔法珠の補助無しで魔法が使えるようになるよ」
「でも、それって結局一種類の魔法しかマスターできないんじゃ……」
「うん。だから、色々な魔法式の入った魔法珠を手に入れて、反復練習し続けて、一つずつマスターして、そこでやっと入り口。脳と身体に覚えさせた魔法を組み合わせて、実践で的確に選んで応用して使えるようになった時が、たぶん所長さんと同じ到達点」
「遠すぎるわ! ってか先輩まだ20歳そこらっすよね!? ハゲタカ先輩何者なんすか!?」
前々から思っていた疑問に、ドロテアさんは困ったように笑った。
「うーん、わたしもまだここに務めて日が浅いからよく知らないの。ごめんなさいね」
「そっすか」
まぁ鍛錬方法教えてもらっただけでも十分か。
そして、その程度にしか考えていなかったあたしはどうやらまだ甘かったらしい。ドロテアさんは「さて」と言ってあたしの握る魔法杖を指差した。
「その魔法珠に入っている魔法式って、なんなのかな? わたしがここから観察したのとお話を聞いた限りでは【閃雷】【砲雷】、あとは【路雷】……【走電】もあるかな? 他にもう一種類ありそうだけど読めないなぁ。
ともかく、攻撃力・機動力・索敵の三つが揃っていて、いい杖だよね。
……クリステラさん。タダより高いものは無いんだよ? その杖、どこでどう手に入れたか、教えてくれる?」
魔法式を展開もしていないのに、読み解く眼力。
授業料を後払いで、金銭ではない形で不意討ちとして請求してくる話術。
あたしはいつのまにか、完全にやりこめられていたらしい。
ここで何も言わずに帰ったら……たぶんあたしが想像もつかない恐ろしい何かが待っている。
「……えっと、魔法帝国って、鎖国してるけど移民船団しょっちゅう出してますよね?」
「うん。魔法帝国の名前が世界に轟いた原因だよね。
動力もわからないすごく大きな船で、突然なんの予告もなく神出鬼没に各国の港に現れて、帝国への移民を希望する人間を人種も性別も年齢も関係なくタダで帝国へ連れて行って国民として迎え入れてくれるっていう、貧しく虐げられている人間たちからしてみれば夢のようなお話」
もちろん、そんな国民を誘拐するような真似を港を持つ国々が許すはずも無かった。
けれど、帝国移民船団の提督を名乗る頭に角を生やした【魔人】と自称する未確認の新人種は、竜巻や地震に津波などの天災を自在に起こし、船団に攻撃を仕掛けてきた軍隊をたった一人で制圧してしまった。
そんなことが世界各地で百年以上起こり続けて、今となってはもう帝国の移民船団に攻撃をする軍隊はどこの国にもいない。ただ自国の民を略奪――とは言っても、無理矢理船に乗せられる人間は一人もいないのだけれども――する船団への示威行為として軍隊を展開するのが精一杯なのが、今の世界だ。
「あたし、提督じゃない魔人に直接声をかけられたんすよ。『君、魔力量が高いね。帝国は君を歓待するよ』って」
「……それで?」
「もちろん断ったすよ。あたしん家は威張りくさるだけしか能がなくなったダメ貴族だし、勝手に決められた婚約者はドロテアさんより年上のキモいおっさんだし、そこから逃げられるならどんな手だって掴む――わけねーって、魔人にあたしゃキレました。
文通友達が、同じような境遇で、それでも自分自身の力で自分の選びたい道は選ぶって言って、送り先が毎回全然違う国から手紙届くようになったんで。顔は写真でしか見たことない親友だけど、あの子は世界中を旅してコネ作って大きな商売をしようとしているんです。負けられっかって思いました。
だから、魔力が高いなら誰でも自由な身分になれるツェズリ島に行って一旗上げるんだって、魔人に言い返してやったらこの杖と路銀くれました」
「タダより高いものはない……そうだよね?」
「はい。あたしは定期的にここでの暮らしや冒険の報告を指定された所に手紙で送っています」
いつのまにか、貴族令嬢としての頃の口調に戻っていた。
あたしは冒険者になった。なったつもりだった。
全然自由なんかじゃない。悪い大人はたくさんいる。今日、あたしはドロテアさんにそれを教えてもらった。
ドロテアさんは天井を見上げて、少しだけ何か考えている様子だった。
あたしの顔を見る頃には、今までと同じような笑顔に戻っていた。
「手紙、これからも忘れないようにね? それと、反復練習は【閃雷】から【路雷】を習得していくのがオススメの順番かな」
「……それで本当にいいんすか?」
「いいの。クリステラさんは、仲間のみんなと立派な冒険者になるため、夢の道を走ればいいの。貴女たちには貴女たちにしか辿り着けない場所があるはずだから」
この事務所に来るまで、あたしもそう信じていた。
今も、はーくんやぐーちゃん、カラス君と一緒にいつか大迷宮の深奥に辿り着いてみせるという夢は消えていない。
でも、その先は? あたしたちの周りは、そんなのんきな夢を許してくれるのだろうか?
「心配しなくてもいいんだよ。悪い大人はたくさんいるんだから、みんな勝手にすればいいんだよ」
ドロテアさんはやっぱり笑顔で、念を押すようにあたしにそう言った。




