第三話 10:ヒヨコ連合結成
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「だ、駄目ですハゲタカ先輩。オレたちは二度も先輩の自爆で助けられたくありません」
「そうです、ドロテアさんのことを思い出してください!」
「先輩はさぁ、ちょっと残される方の気持ち考えなさすぎじゃない?」
左手首に冷たい刃を当てたまま、俺は唇を吊り上げた。
いいガキどもだ。このまままっすぐ育ってほしい。できれば、冒険者なんて辞めて真っ当な道を歩んでほしい。
だから小声で、気流操作魔法を使って四人にだけ聞こえるほどに絞った声で俺は伝えた。
『黙ってて悪いが、正直待ち伏せされているだろうってことはわかっていてお前ら連れてきた。俺一人ならともかく、ヒヨコの動きでスケジュールがバレるだろうって踏んでいた』
「え?」
『顔に出すなグラーム。どうだ、これが迷宮だ。ツェズリ島だ。クソったれた素敵な所だろう? この場はお前らを連れてきた先達の責任として絶対にお前らに手出しさせない。でも、今日の経験は絶対に忘れるな。人間はクズでクソだ』
【黒い森】でハウドと話した時から心配していたのだ。
この新米三人組は、少々甘すぎる。お人好しにすぎる。人間を信頼しすぎる。
堅気をやるなら、それも美徳だろう。だが冒険者をやり続けるには、優しさはやがて必ず己を滅ぼす弱みとなる。
ドロテアさんのように。
『さあ、今日の最終実地試験だ。とくと見とけヒヨコども』
【回収屋】である俺の仕事は失ったものを少しでも、ほんの一欠片でも取り戻すことだ。
だけど、理想を言うなら最初っから何も失わないのが一番に決まっている。
「なんだなんだァ、十七人も集まった大の男が歓迎してくれたってのに、だんまり決めてつまんねーなァ。見世物一つ、笑える冗談一つもねぇってのか?」
「……ハゲタカ。お前は自爆したいのか。逃げて鱗人の戦士に我々の復讐をさせたいのか、どちらなんだ」
「どっちもできるから俺は上から目線でお話しているってそろそろ気づいてくれよ。本当に頭悪いなお前ら」
「皆、聞け。ハゲタカ言う通り。解散すべし」
カラスと同じような、東方訛りの連邦王国語の声が聞こえた。
この場の全員がその男、やはりカラスと同じような東方衣装に槍で武装した平人に注視する。
「何言って――」
「そこ、血まみれの、私と同郷の男……危険。ハゲタカも本気。私ら全員死ぬ」
「たかだかヒヨコと屍肉喰らいだろ!? こっちは十七人もいるんだぞ!」
「私と同郷の男、ヒヨコ違う。私の組みする会でも、他の同郷の会でも、この男入るの断た。仁義無いから」
その言葉に、俺も衝撃を受けた。他の【共食い】も同じようだった。
東方系のヤクザたちは『組』や『会』と自称して同郷の者を中心に、裏社会で暗躍している。
なぜ同郷の者を中心なのかというと、ヤクザ者でも――ヤクザ者だからこそ法に縛られず、自らの組や会で決めた法に殉じる連中だからこそ、仁義や信頼が無ければ組織が成り立たないからである。
それは血や鉄の掟と呼ばれる、表社会の法より重いモノだ。
カラスはどうやら、既にヤクザ者たちと接触し、そして全ての組織から追い出されたということらしい。
信用が、無いのだろう。
「この男、故郷で師父殺した。同門殺した。親兄弟殺した。行く先々で殺して殺した」
「……■■■■■」
カラスが投げやりな表情で、槍を持った同郷の男に母国語で話しかけた。
二人はそのまま母国語でいくつかの言葉を交わし、槍を持った男は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「おい、何言ってんだ! わかるよ……う――に……?」
剣を肩に担いだ男が苛立った声を上げたが、その言葉は最後まで言えず、最期を迎えた。
俺も何が起こったのか、事態が起こり終えてからやっと見えた。
カラスは例の瞬間移動じみた速度で声を上げた男まで間合いを詰め、疾走の勢いごと貫手をぶち込み、胸を守る胸甲もろともに腕が背中まで貫通していた。
左腕の貫手もカラスは無表情に撃ち込み、無造作に腕を引き抜く。
カラスの両手の平には、脈動を打ち血を噴き出す心臓が収まっていた。
この場にいる人間全てが、凍りついた。カラスはどこか気怠げに首を傾げ、心臓を持ったまま十六人の男たちを見渡す。
「承知?」
「解散ですわ」
「お、おう」
通路から出てきていた【共食い】たちはいっせいに後退し、逃げ出した。
カラスは抜き出した心臓を、倒れた男の背中の上にそっと置き、逃げていく男たちの背中を見つめながら貫手の構えを取る。
「やめろカラス。十分だ」
「……承知」
俺が制止の言葉をかけると、素直にカラスは手の平を緩めた。肩を落とし、うなだれ、鮮血の返り血でさらに真っ赤になったまま、まるで動こうとしない。
かける言葉の選択が無数に浮かんで、どれも不適切だと脳が判断し、舌が動かなかった。
カラスの同郷らしい東方衣装の男が言ったことが真実だとしたら、確かに誰からも信頼されないだろう。
だが、カラスがカラスと名乗り、俺とたどたどしく言葉を交わしてきた少年は非常に物騒で、今も躊躇い無く人間を一人瞬殺したのだが、それは決して許されることではない犯罪なのだが、ただのイカれた殺人鬼ではない、ということだけは確信を持てる。
持ったうえで、俺はなんとカラスに声をかけたらいいのだろう?
俺は故郷を捨てた。カラスは故郷から追われたと言っていた。
かけるべき言葉が、見つからない。
「なぁ、カラス。ちょっといいか?」
その時、予想もしない方向から、ハウドの声が聞こえた。
彼は肉球の目立つ手の平を見せ、耳をかいて言葉を選んでいるようだった。
「その、ありがとう」
「……感謝? 何故?」
「君が、いやお前が殺してくれたおかげで、たぶんこの場は最小限の被害で済んだんだと思う。お前ならあいつら皆殺しにだってできたと思うけど、それをしなかったことも込めて、ありがとう」
「……? 何故?」
「命の恩人に礼を言うのはそんなに変か?」
「手前、我、昨日、承知」
おそらく「お前たちは自分の過去を知ったはずだ。それでなぜ礼を言うんだ」と、少ない語彙でカラスは問いかけたのだろう。
ハウドにもその意図は伝わったらしく、腕組みして天井を見上げ、悩み、隣のグラームを見た。
「任せた」
「は? ボク?」
「グラームの方がこういうのは上手い」
「ハウドはこれだからもう……。ああ、えとね、カラス君。ボクはね、あんな悪い人間たちの言うことを丸ごと信じられない」
グラームはハウドに対して呆れとも苛立ちとも取れる眼差しを向けた後、一転してカラスには理知的な言葉と姿勢で話しかけた。
カラスはそれをいつも通り端的な単語で答える。
「本当」
「君がそう言っても、実感なんて湧かないよ。ボクはそんなの見たこともないし、今聞いたばかりの君の過去より、今日ボクたちを助けてくれた君にお礼を言いたいんだ。ボクからも、ありがとう」
「否。我、手前、師、死合」
「あれは師匠も悪いって言ったから、もう無し。ハゲタカ先輩が命がけで止めてくれたから、無し……じゃない? うん、君は、カラス君はハゲタカ先輩に貸しがある。そうだよね?」
「肯定」
「なら、ハゲタカ先輩の顔に免じて、ホラ、ハウド、ここは君が言わなくちゃダメ」
「ああ、うん」
どうやらハウドとグラームは言葉を交わさずとも、お互いの考えていることがよくわかっており、会話交渉では互いに得意とする分野、責任を負わなければいけない場面を理解して躊躇い無く交替ができるようだ。
眩しい。
「カラス。ハゲタカ先輩に貸しがあると思うなら、その縁でオレたちの仲間になれ」
ハウドは歩きながら堂々と言い、カラスに向かって右手を伸ばした。
カラスは、たぶん俺も困惑の顔を浮かべていたと思う
「今日の戦いでよくわかった。オレたちは対魔物戦ではそれなりにやっていける。これから皆で腕を上げていけば、ハゲタカ先輩の助けなしでまたあの化け物みたいな鰐だって倒せるはずだ。
でも、今さっき二十人近くの武装した人間に囲まれて、どうしようもなかった。好きにされるんだって覚悟を決めた。せめてクリスくらいはハゲタカ先輩に任せて逃がしてもらおうと思った。
けどカラスは人間と闘うなら無敵だ。こんなに疲れているのに、素手で二十人殺せるだけの実力があるって、未熟なオレでもわかる。
なら対魔物戦と、対人戦、互いに足りない所を補い、学び合っていけば、オレたちは最高の冒険者たちになれるんじゃないか?」
見事な理屈だった。
いや正直なところを言えば、俺自身、対人戦なら最強のカラスは、対魔物戦は不慣れで「お前は強くは無い」と教えてやることが今回の目的ではあった。
そこから何を学び、掴み取るかはカラス次第だと割り切っていた。そのうえでまだ殺戮と闘争の道を選ぶのなら、元相棒に頼んでカラスを暗殺することまで考えていた。
だが、この展開は完全に俺の予想外だった。
カラスは俺以上に現実を受け入れられないらしく、首を振る。
「否。否否。我、師父殺。故、追放」
「殺して平気な奴はそんな顔はしない!」
吠人特有のよく響く声で、泣き言のようなカラスの声をハウドは掻き消した。
「カラスに何があったのかなんてオレたちは知らない。でも、カラスがカラスの師を殺したことに事情があって、後ろめたくって、ヤケクソになって、居場所が欲しくって、この島まで来たんだろ! ならオレたちがお前の居場所だ!」
「手前、不明!」
「ああそうさオレはお前が何言ってんのかよくわからん! でも、血まみれのお前が泣くのを堪えているって匂いはわかる!」
「犬!」
「裸猿!」
人種間にとって、必ず互いに言ってはいけない罵倒語というものがある。
吠人には犬。平人には猿。それを言ってしまったら、相手を人間と認めないと言っているも同然だからだ。
俺の耳には、カラスが図星を突かれて少ない語彙で言ってしまった禁句を、あえてハウドが乗ってやることで帳消しにしてやったように聞こえた。
カラスは膝をつき、遂にこらえきれず涙を零していた。血まみれの頬を紅い雫が流れ落ちる。
「否否否。我。独。■■■■■」
「一人じゃない。ボクも君の力が必要だと思っている」
グラームも、右手を差し伸べた。
「ボクも、今日リィズズグさんと出会ってわかった。鱗人は、強い鱗人は多くの人間たちに必要とされているんだって。だから、ボクたちもいつまでも師匠に頼れない。師匠はボクたちよりもっと弱く新しい芽を育てるべき時が来た。
カラス君の力が、ボクたちが師匠から巣立つためには必要だ。仲間になって、お願い」
黙って杖にもたれかかり、だるそうにしていたクリステラも動き、手を伸ばす。
「あたしはさー、アンタと同じ平人だから。こいつらよりアンタ寄りなんじゃないかなーって? ムカつく奴みんな【砲雷】で吹っ飛ばしてやりたくなる時なんてしょっちゅうだし。へへっ、似たもん同士がいる方が、気ィ楽っしょ?」
カラスは信じられないものを見るかのように、三人たちを見上げていた。
そして笑い、血まみれの二本腕を挙げた。
「我、手、不足」
「じゃあこうだ。オレたち四人は今日から仲間だ!」
互いに近寄った三人は、リーダーであるハウドの両腕で三人全員抱きしめられた。