第三話 9:【共食い】
9
行き道よりも、帰り道の方がはるかに難儀した。
三人の新米冒険者たちは、十三階での戦闘と熱気と湿気にやられ、体力を失っていたからだ。
カラスは自覚のない肉体強化魔法の使い手であるため、魔力によって疲弊した肉体を癒すことができるので、足手まといにならない――はずだった。
だが魔物に勝てなかったことか、自分が勝てなかった相手を自分よりはるかに弱いはずの三人が協力して倒してしまったためか、あるいは両方かで見るからに気落ちしており、注意散漫で殿を任せるには危なっかしくて仕方ない。
だが、大迷宮とはこういう場所なのだ。目的地に到着した後、目的成功の可否以上に消耗、疲弊した状態で帰路を無事踏破するまでが難しいからこそ、未帰還者が多数出て俺のような【回収屋】という商売が成立するのである。
そのため、各階の地形把握と、休憩できる拠点の確保は大切である。
その点で言えば、嗅覚に優れ危険察知能力が高い吠人が二人いる今回のメンバー構成は楽な部類だろう。俺自身も新米たちを守りながら魔物や悪意ありそうな冒険者一行に見つからず、交戦を避けての帰り道は消耗していたので、休憩地点で男子三人にそれぞれ監視を任せほんの一時の仮眠を取らなければかなりキツい行軍だった。
ともあれ、迷宮に潜ってからおよそ丸一日。
俺たちは地上まであとほんの目前、三階と二階を繋ぐ大階段の前まで来て、そして足止めを喰らった。
「……あれ? あ、これ……マズイ?」
「グラーム? ……あ! 皆さん、危険です! 逃げましょう!」
反応を真っ先に示したのは【探知者】であるグラームであり、次いでハウドが鼻をひくつかせて俺たち全員に注意を促した。
呆けた顔をしていたのはクリステラだけであり、カラスは眉をしかめ、俺は寝不足もあいまってあくびをかましてしまった。
「無理。俺一人なら逃げられるけどお前ら全員連れて迷宮の入り口まで一直線ってのは、魔力も体力も保たない。大体、そうなるように配置して待ち伏せしてくれていたんだろう? せっかくだから皆さんの歓待を受けようぜ、なぁ【共食い】さんたちよォ」
三階は石造りに低い天井、壁の通路が蛇のようにのたうつ迷宮らしい迷宮だ。
しかし大階段の前だけは広間となっており、そこから十七の通路が伸びている。
その十七の通路から、一人一人武装した平人や吠人の男たちが現れる。
俺はさほど大声を出したわけではないが、気流操作魔法でこの【共食い】を生業とする冒険者全員に先ほどの言葉は聴こえたはずだ。
会話も戦争も先にやっちまったもんが主導権を得るのである。
「いやぁ、たかだかしがない屍肉喰らいの【回収屋】とヒヨコ四羽の連合組相手に、二十人近く導入して頂いて、申し訳ねぇな。赤字出るんじゃねーの?」
「心配してくれてこっちこそ申し訳ないなハゲタカ。でもなぁ、吠人の子どもって男女構わずいい値でよく売れるんだわコレが。こんなところで冒険者させて魔物のエサにする方がもったいない」
「勉強になるぜ、すまねーな。俺ァすっかりそっち方面の市場には明るくねーからよ」
俺の軽口に乗った剣を担いだ平人の男は、これまた俺と同じかそれ以上に軽い口調で算盤勘定を口にした。
実際、俺は奴隷市場や麻薬市場などの完全に真っ黒の商売に関して知識はあまりない。昔は任務なら調べろと言われたら調べたが、今は必要ないので本当に知らない。
「反吐が出る話だからな、蛆虫どもが」
【回収屋】は嫌われている。当たり前だ。死人から装備を剥ぎ取り売り払う屍肉喰らいの薄汚い死神が好かれて喜ばれる世の中の方が困る。
だが【共食い】は恐れられ、軽蔑されている。生きている冒険者、とくに今の俺たちのような帰り道で疲れて本来の実力を発揮できない弱った所を囲んで襲い、収益とする生業だからである。
迷宮内は治外法権の無法地帯だ。だが、人間倫理としてやっていいことと悪いことがあり、それを理解したうえで地上なら許されないことを迷宮でなら面の皮を厚くして行っちまえる【共食い】を、俺は心底嫌っている。
俺の挑発的な言葉に対して、側面の通路にいる男が嘲笑混じりに返す。
「蛆って酷いなぁ。ぼくらこうして生きた人間相手にしてるだけやないですか。蛆は死体になってから群がる、ハゲタカさんみたいな人間のことちゃいますん?」
「それもそうか。じゃあ、弱った所を狙って群がって襲うお前らはいいとこドブネズミってとこだな。喜べクソども脊椎動物認定してやったぞ」
「いい加減余裕ぶっこいてンじゃねぇぞ屍肉喰らい。荷物置いてとっととお前は逃げるんだな。どうせお前は逃げ足だけがご自慢だもンなぁ?」
「他の連中と違ってお前とくに頭悪いな。おいその他十六名様は知っているから、こうして大勢で待ち伏せしてくださりやがったんだろ? 俺はこの前自爆覚悟で鱗人の戦士に敗北認めさせたイカレたハゲタカだもんなァ」
痺れを切らしかけてきたらしい奴を指差し、俺は通路にいる一人一人の【共食い】どもを見渡した。
何人かは無表情、何人かは舌打ちをかまし、何人かは苦々しい顔をし、何人かはニヤついた笑みを崩さない。
その笑みを崩さない内の一人、訛った連邦王国語の男が会話を続けた。
「そうなんですわ。ウチらもね、別に死にたくありません。荷物一式置いていただいて、ハゲタカさんにはどうかお帰りいただいた方が、お互いのためかと」
「俺の機動力は知っているだろ? すぐさまギルドの人間連れて取って帰ってきてもいいんだぜ。その間、お前らいくら十七人と言っても、文字通り死に物狂いで戦うヒヨコ四羽を片付けて撤収できるか?」
「まぁ、その時はその時ということで、こちらもね。段取りついてますさかい」
「ハイハイそっちも赤字覚悟ってことね。ズゥクジャーン師の弟子を狩るってのはそれだけ意義があるってことか」
「ご理解いただいて何よりですわ」
俺が今日連れてきたヒヨコ三羽に期待を寄せているのと同じように、誇り高い鱗人の戦士に育てられたハウド、グラーム、クリステラ三人を希望の新星、或いは将来の障害物と成り得る可能性を見出している冒険者たちは多数いるらしい。
だから、まだ俺は交渉で事態を収められる可能性を諦めない。
「じゃ、俺はもうお前ら十七人の顔覚えたけど、ズゥクジャーン師に自慢の弟子を奴隷にして売っ払った連中だとチクるけど、それでも俺を逃がしていいのか?」
「……そいつは困るな。ハゲタカ、お前はもう少し利口だと踏んでいたんだが、死にたいのか?」
「どっちがだよ」
俺は右手でナイフを抜き、左手首に刃を当てる。
すると、今まで黙って俺たちの会話を聴いているばかりだったヒヨコたちが鳴き始めた。




