第三話 8:ヒヨコ三羽対巨大鰐
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「グラーム! クリス! やるぞ!」
「うん」
「あーい」
ハウドの鼓舞で、三人は戦闘体勢に移行した。
リーダーであるハウドは屈んで両手を地面に突き、四足歩行で走り出した。喉の傷に注意が向いており、隙だらけのカワゲイに向かって灰色の尾を振りながら迂回するように接近する。
一方でクリステラはグラームの肩に掴まり、目を閉じ杖を構えて魔法式と魔力を練ることに集中し始める。グラームはそんなクリステラをおぶってハウドとは反対方向からカワゲイに向かって接近する。
俺は血まみれのカラスの首根っこを掴み、凍結した川から跳ね、気流操作魔法でリィズズグの近くに着地した。
ぐったりと膝をつきうなだれるカラスに、杯を片手に酒臭い息と共にリィズズグは笑みを浮かべて一瞥をくれる。
「おウ、てんデ駄目だっタナ、小僧」
「…………」
「そウしょげタ顔するナ。小僧ノ拳は軽イ。故に届かナンダ。それダケヨ」
「でも、その軽い拳でも十分カワゲイには痛みを与えたからな。ヒヨコたちが今から攻撃できるのは、お前が作ってくれた隙のおかげだよ」
俺はリィズズグの言葉だけでは足りないと思い、現状の補足をしておいた。
まぁ、本当を言えばカワゲイが仰向けに転がって混乱している内に三人が即時適切に動いていたら、三人だけで十分倒せる状況をお膳立てしてやっておいたのだが、それはまだ未熟なあいつらには理想論でしかないので、結局のところ現状が最適な戦況と言える。
大体偉そうに戦況分析する俺でも、単独ではカワゲイを狩れない。眼球から凍結させた泥の弾丸を投げつけ、脳に到達した時点で泥弾を水蒸気爆発させてしまえば殺せる。
だが俺の筋力や投擲技術では的確に脳まで到達させられるわけも無く、体内というカワゲイ自身の魔力が満ちる空間で泥弾を水蒸気爆発させるためには流血魔術との併用が必要となり、体力と魔力を消耗してしまい帰り道が危うくなる。つまるところあらゆる点で無理な課題が山積みすぎる。
「ま、ようはデカいことは強いのと同じように、数も強さの一つだ」
雑談をしている内に、ハウドは既に動いていた。
四足走行でカワゲイの死角に素早く潜り込み、その巨体に向かって飛びかかる。
鱗の表皮に取りついたハウドは攻撃するわけでもなく、二足歩行に戻って眼球や鼻といった感覚器官を避けて走り抜け、時折腰鞄から取り出した鋭く光る金属片を貼りつけて行く。
頭蓋全体に金属片を撒いた頃には、自らの頭上で何やら小さな生き物が這い回っていることに気づいたらしいカワゲイが、首を振った。
だが、喉の傷口を庇うその動作は緩慢である。ハウドは四足歩行となり、カワゲイの背骨に沿うよう、振り落とされないよう歩くのでもなく走るのでもない程度の速さで移動し始めた。
「っしゃあ! 【閃雷】!」
同じく死角に回り込んで接近していたグラームが背負うクリステラの声は、実際に発動した魔法より遅く俺の耳に届いた。
魔法式の起動と同時に、眩い閃光と轟音、そして圧倒的熱量がカワゲイの頭蓋にばら撒かれた金属片を撃つ。
カワゲイの眼球が上向きになり、白目を剥く。熱で凝固して白濁化したのではない。威力が足りていない。
「本気でやれクリス!」
「全力全開だっつーの!」
「精度が甘いんだよ誘導に頼ってそれってどれだけ無茶苦茶なんだよこのアホ!」
同じ魔法使いとして、呆れ返るしかない未熟さに俺はクリステラを罵倒してしまっていた。
クリステラが放った電気操作攻撃魔法【閃雷】は指向性を持たせた電撃を対象に向けて浴びせる。本来なら、電撃の通るルートは適切な魔法式の構築によって精密操作が可能だ。だが、規定の魔法式しか入っていない魔法珠頼りのクリステラは持ち前の魔力で【閃雷】を発動させることだけしかできない。
だからハウドが、先立って【閃雷】の誘導導体となる金属片を撒いておいたのだ。だがあの程度の一撃では、皮革と頭蓋骨にダメージを与えただけで、脳を灼く所まで届いていない。
「なら、【閃雷】! 【閃雷】! 【閃雷】!!」
クリステラの背中の霊脈が目に見えて活性化し、腕から魔法杖へと霊脈が、魔力が通る。十分な魔力を得た魔法珠が輝き、【閃雷】を三連発させた。
俺の保有魔力量の十倍を越える、潤沢な魔力だからこそできる荒業だ。だが三射目の【閃雷】は既に誘導導体となる金属片が焼き切れてしまっており、ただ無意味にクリステラの目前に無造作な放電をするだけに留まる。
一撃で倒せるだけの攻撃手段を持ちながら、この体たらくに俺は頭を抱えたくなった。
だがグラームもハウドも全くそんなことには意を介さず、自分たちが一方的に十三階の魔物に対して優勢を得ていることに高揚しているらしく、笑みを浮かべて互いに目配せする。
「行くよクリス!」
「任せたぐーちゃん!」
グラームも四足歩行となり、クリステラは彼の首元に杖を抱え込んだまましがみついた。
頭蓋から大量の煙を噴くカワゲイの目前、身じろぎ一つして大顎を開き噛み付けばあっという間に二人とも呑みこまれてしまう間合いに、角度に、真正面に、グラームたちは移動し、クリステラは杖を地面に立てて降り立った。
グラームは四つん這いになったまま、深呼吸して天井に向かって顔を向け、四肢に力を込め、顎を開く。
アオォーー――ン……
吠人特有の、同種族間同士のみに意識が伝達されるという【遠吠え】をグラームが行う。
それを脊髄沿いに歩行し誘導導体を撒いていたハウドが聞いた途端、彼は素早くカワゲイの身体から飛び降り、川に着水した。そして必死の形相で犬掻きしながら川べりに戻ってくる。
一方でクリステラは魔法杖の先端をカワゲイに向け、腰鞄から彼女自身の指ほどもある弾丸を取り出して魔法珠の上に載せる。
彼女も深呼吸し、さらに霊脈を活性化。高圧魔力を魔法杖に送り込み、筒状の魔法式が法珠からカワゲイの額、尻尾まで貫通する曲線軌道を描く。
「【砲雷】!」
今度も、クリステラの気合の声が響く頃には既に決着も結果もついていた。
魔法式によって構築、電磁誘導されたトンネルを特製の弾丸が音速を遥かに超越する速度で潜り抜け、砲撃としてカワゲイの身体を額から尻尾まで貫通した。
後に残るのは、四足歩行で屈めばグラームやハウドなら通れそうなほどの大穴の通路を肉体に穿孔されたカワゲイの巨躯。
弾丸が纏った超高熱で蒸発した血煙が傷口から飛び出し、完全に白濁化したカワゲイの眼球には命の色が宿っていない。
そのまま四肢が巨体を支える力を失い、川べりの地面に倒れ伏せる。
「っしゃあ、ざーっとこんなもんっしょ」
「うん、やったねクリス!」
「ははっ、クリスの電気魔法は何度見ても痺れるな」
水浸しになって戻ってきたハウドが身震いして体毛から水を振るい落とし、感嘆の言葉を仲間に送る。
……俺から見れば、ハウドが単独で非常に危険な攻撃補助、それもクリステラの未熟さ故に生じる補助をリーダーの身でありながら押しつけられた損で理想論では必要のない役回りだったのだが、本人たちは、本来なら自分たちが倒せるはずもない十三階の魔物を倒したという実感に高揚しているようなので水を差すのは止め――
「アホか。三人とも体力も魔力も使い果たしてんじゃねーか。魔物もあそこまで身体を損壊させたら、得られる素材もなんもねーよ。ここの魔物の餌にしただけだ。オマケに、クリステラ、やっぱお前だ。お前の魔法式は見るに耐えないくらい稚拙で、撃つたび誘導体やら弾丸やら道具と金を使う。つまり赤字だ赤字。冒険者ってぇのは金喰う商売なんだよ。潜る時に得られる経済性とリスクをだな――」
「もういいダロハゲタカ。お前さんノ話はナ、つまラン」
「そっすね」
かつての相棒に何度も言われたことを、やはりリィズズグにも言われた。
説教が利いたのはどうやら吠人二人のようで、俺が一番腹立たしい振る舞いをしていたクリステラは杖に寄りかかって額の汗をぬぐい、だるそうな目つきで俺を睨み返してくる。
「でさァ、先輩、帰っていーい? いやホントもうここ暑くてホントダメだわ死ぬわあたし」
「……見守ってくれたリィズズグさんにはお礼を言うように」
俺もこの偉大なる番人がいるから行えた実地訓練である。今後の三人のためにも、本当に迷宮内での礼節というものを教えておかねばならない。
三者三様に杯を呷るリィズズグに向かって頭を下げた。
「はーい、あざーっす」
「ありがとうございました」
「ありがとうございます。今度はちゃんとお酒を持ってくるようにしますので」
「ガハハ、良き良き。若人ノ戦ハ良い肴だっタ。まッ、酒は楽しミにしテおくのデナ?」
鱗人は概ね寛容な人種だ。その点で言えば、リィズズグは割とちゃっかりしている。
俺は視線を下げ、血まみれのままうなだれて一歩たりとも動かないカラスに声をかけた。
「じゃ、帰るぞヒヨコども。おらカラスお前も帰るんだよ」
「帰……? 無」
「アホ言ってんじゃねぇ。少なくともこの大迷宮はな、平人が暮らせる環境じゃねーし、お前らの実力じゃまだ十三階は来るべき所じゃない。地上に帰るんだよ。お前が本当に帰りたい場所はその後で勝手に探せ馬鹿」
ああもう、俺も未熟だ。クリステラに対して抱いた苛立ちをカラスにぶつけてしまった。
だがカラスは立ち上がった。
「……肯定」




