第三話 7:カラス一羽対巨大鰐
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既に熱源観測魔法で、水中に狙いの魔物がいる場所は把握している。
そして熱量操作属性の俺にとって、湿気と水だらけのこの十三階は、常より高い攻撃力を発揮しやすい場所でもある。
銃把杖を抜き、川に向ける。
そして泥となっている川底の地面を凍結させた。すかさず凍結した地面を瞬時に超高温まで熱し、泥の混じった水蒸気爆発を起こす。
川から泥色の水柱と共に、鰐のような魔物が水面から吹き飛んで出てきた。
現物の鰐を俺は見たことがない。知識にあるだけだ。
だが、大きくとも象を越えるサイズではないということだけは知っている。
川から出現した鰐――魔物呼称名としてはカワゲイとギルドから指定されている魔物は、汽車の車両を三両ほど繋いだ体長に、その汽車を一回り上回るほどの横幅を持つ超巨体生物だ。
こんなものが川の中にいたのかと驚愕に目を見開く新米三人組と、トンファーを手にしたカラスが、カワゲイを見上げた。
カワゲイが背中から着地した途端に、地面が揺れた。リィズズグの傍に置いてある酒樽が反動で跳ねる。
一方のカワゲイは、何が起こったのかまだわからないのか着地した川べりでのたうち、姿勢を整えようとしている。そんな間抜けな様を見ていると、いつも通り日常生活を送っていたところ悪いという気持ちも湧いてくるが、相手は人権のない魔物なのでヒヨコたちの教育実習実験体として、死んでもらう。
「呼ッ!」
気合の声を上げて跳ねたカラスは、自分の百倍以上は優に越えるサイズの相手に躊躇いも恐れも無く襲い掛かった。
まだカワゲイは姿勢を整いきれていない。即時瞬殺は良い判断だ。
落下の勢いを乗せて、仰向けに転がっているカワゲイの喉元に得意技なのかいつも通りに貫手を深々と突き刺す。
貫手はあっさりとカワゲイの皮膚を突き破り、カラスの肩まで腕が食い込んだ。
カラスはそこで、何かに気づいたように舌打ちをする。だが行動に遅れはなく、トンファーを持ち替えて、ハンマーのようにして貫手で穿った傷口に振り下ろした。
「お、雄雄雄於於於ッ!!」
雄叫びを上げながら、カラスはトンファーを両手で握り締め、カワゲイの喉を走り出す。
傷口に穿たれたトンファーは、カワゲイの皮膚を裂き、カラスが五、六歩踏み出したところで、あまりにもあっさりと折れた。
汽車をも上回る大きさの化け物だ。皮膚の厚みも、筋肉のそれも、俺たち矮小な人間たちとスケールが違う。
カラスの腕の長さを考えてもカワゲイにしてみれば、普通の鰐のサイズと比較してみれば浅い切り傷を裂かれただけに過ぎない。
カラスの動きが、一瞬止まった。今日迷宮に下りてきてから初めて、表情に迷いが走る。
迷いも、停止も、戦闘中は致命的だというのは対魔物戦でも全く変わらない。
カワゲイにとってみれば浅い切り傷でも、痛いものは痛いのだろう。怒りの咆哮を上げて、体勢を立て直し、自分に痛い目を見せたモノはなんなのかとギョロギョロと目玉を動かし鼻息を荒くする。
ただそれだけの動作で、咆哮は鼓膜をつんざき湿気混じりの豪風となって遠巻きに観戦している俺たちに襲いかかり、鼻息に切り替わっても熱風が時折吹き荒ぶ。
大きいことは強い。
あまりにも単純な話だ。
「オ、オレたちが――」
「まだカラスは闘る気だ。抑えろ、巻き込まれるぞ」
戦闘態勢に入ろうと身を屈めたハウドを片手で制し、俺自身いつ動くか注意深く見極める。
「噴!」
カワゲイが体勢を立て直しても、四足歩行獣として当然ながら喉を地面に向けても、カラスは倒すべき相手の喉に張り付いていた。そしてトンファーを代償に開いた傷口に指をかけ、しがみつく。
「臥嗚ッ!!」
カラスは力任せにカワゲイの傷口を両腕でこじ開けた。
その痛みに、カワゲイは天を向き顎を開いて絶叫を上げる。
だが、カラスの攻撃はここからが本番だ。得意技であろう貫手の構えを少し曲げて、手そのものを鉤爪のようにして傷口内部に腕を振り下ろす。
肉を抉る、抉る、抉り掘り進む。目指すは頚動脈だろう。たとえ魔物と言えど、たとえどんなに大きな生物であろうと、血が通っているなら首に命を支える重要で太い血管が走っているはずだ。
両足をも傷口に突き刺し、雄叫びを上げながらカラスは戦闘というより、肉を掘り進む作業を敢行する。
「よし、だめだな」
俺は呟くと同時に、銃把杖を構え、地面を蹴った。
蹴った地面には小規模の水蒸気爆発を起こし、気流操作で飛行するように俺はカラスが喰らい突くカワゲイの喉元に滑り込む。
そして血の滴るカラスの東方衣装の裾を右腕で掴み、服の内の肌に張りつけていたドロテアさん特製の肉体強化法式札を起動。一時的に全身の筋力と骨格を増強しつつ、左腕で地面の泥を跳ね上げてカラスが足場にしているカワゲイの皮膚付近に付着させる。
皮膚に張りつけた泥を水蒸気爆破させると同時に、カラスを強く俺自身の方へと引き寄せる。
掴んだ東方衣装は俺が無理矢理引っ張ったせいで破けてしまい、カラス自身は足場を爆破されたことで空中に投げ出された。
俺は泥となっている地面を凍結させ、追い風で背中を押すよう気流操作。カラスと俺自身は川へ向かい、カワゲイから離脱する。
カラスが俺を非難するかのような目で睨んだが、俺は親指で背中のカワゲイを見ろと示してみせた。
カワゲイは、傷口が傷むのかうつむくように姿勢を変えて喉を圧迫させていた。
カラスが舌打ちする。
「わかっただろう。あのまま掘削作業していたら、筋肉の壁に押し潰されてぺしゃんこだ」
「……」
「お前じゃ、今のお前じゃ、今のお前一人じゃ、まだカワゲイには勝てない」
カラスは卓越した拳法家だが、おそらく戦う相手を同じ人間相手にしか想定していない。
屈強な肉体を持つ鱗人や牙人ですら倒せるよう磨き抜かれた技なのだろうが、迷宮に棲息する魔物はカラスが学んできた拳術の埒外に存在する化け物どもだ。カワゲイはわかりやすく、ただただあまりにも巨大な肉体で以って、カラスの殺人技を無意味にした。
中層以降の魔物を殺すには、相応の装備や技術が必要になる。
人間の肉体一つでできることには限界があるのだ。
「だから、後はヒヨコ三羽に任せるんだな」
そう言った俺の声は気流魔法でハウドたちに届いているはずだ。
ハウドの面持ちが精悍なそれに切り替わる。




