第三話 6:ハゲタカ先生の講習
6
「うし、到着たぞヒヨコども。うーっす、リィズズグさん、元気かー?」
俺は気流操作魔法を使って、大声を上げずに川のほとりで釣り糸を垂らす鱗で覆われた鱗人の大きな背中に声をかけた。
振り向いた鱗人の顔は……正直なところ、ズゥクジャーン師とほとんど見分けがつかない。体格で言えば、今目の前にいる鱗人の方が引き締まり、そして背嚢や腰鞄などの装備を持っていることくらいが一番の違いとして認識できる範囲内だ。
だが、表情くらいはわかる。俺の顔を――正確に言えば、俺の頭上に【通張】で浮かぶ三つ束ねた酒樽を見て、瞳が輝いた。牙だらけの顎を嬉しそうに開いた。
「おおウ。ハゲタカの小僧カ! 酒カ、酒ダナ、酒なんダナ!?」
「そーっすよ。ドラゴンバック魔法具公務店からのお届けもの持ってきゃーした」
「全く、どいツもコイツモこのリィズズグを頼ルクセに、持っテくル酒の量ガ足らン! ハゲタカの小僧は礼節とイウものヲ、よくわかットルワ!」
ガハハハと豪快に笑う。
俺は振り返り、新米冒険者三人組は、おそらく師匠と全く違う性格の鱗人を見て目を丸くして固まり、カラスはうっすらと笑みを浮かべて闘志を漲らせていくのを確認した。
「カラス。リィズズグさんと戦うと、もうそれだけで完全にツェズリ島全部を敵に回すぞ。開拓者フォレスが冒険王なら、リィズズグさんは拓いた道を守る番人だ。この島にとってかけがえのない人間の一人だと、覚えておけ」
「……チッ」
「オウ、なんダなんダ上ッ面だケ鍛エタ小僧もおるナ。ドレ、このリィズズグと少シ戯れルカ?」
俺が感知できたのは、カラスが疾走した後に残った突風だけだった。
止めろと言う前にカラスは既に貫手をリィズズグに向かって真っ直ぐに放ち、そして鱗人の指一本で止められていた。
なぜだか知らないが、カラスはその姿勢から動かない。魔法式は確認できない。俺にも何が起こっているのか全くわからない。
「心地良イ突き。雑念無ク、闘争ヲ尊ブ澄んダ突き。好まシイ――ダガ、軽イ」
指先一本でカラスは払われた。実力差を知ったのか、言葉に打たれたのか、どちらかわからないがカラスはやはり動かない。
いや、トンファーを湿地の上に置き、膝を畳んで座った。畏まった姿勢で、頭を下げる。
「我、敗北。感謝」
「年ノ積み重ねヨ。重ミを得ロ」
「教、感謝。……感謝。汝、何?」
「ハゲタカの小僧ガ言っタダロ。番人ノリィズズグ。それダケヨ。平人は旨イ酒ヲ造ル。良き。平人は街ヲ、国とやらヲ造ル。良き。鱗人ニは造れヌモノ、成シ得ヌモノを得る。良き。……故ニ、持ち過ギル。是ハ悪シキ」
「我、汝、言葉、留」
もう一度カラスは深々と頭を下げ、トンファーを手に持って俺たちの方に帰ってきた。
そして、突然トンファーを俺に向かって投げ渡す。
「なんだよ」
「我、酒、運」
「……おう、任せた」
ある意味カラスの心理はものすごくわかりやすい。強い奴はもう無条件で敬うのだ。
俺が地面に降ろした酒樽を、一つ抱えてカラスは運んでゆく。その様子を、後ろの新米冒険者三人組は呆気に取られたまま見つめて、俺に声をかけてきたのはリーダーのハウドだ。
「なんなんですか、あの鱗人さん。……師匠よりずっと強い?」
「鱗人はもう人種自体が強すぎて俺にも意味わかんねーよ。ただ、あのリィズズグさんは単独で深層まで潜って一年くらい暮らしていたらしいし、ここ十年は色んな冒険者を助けて中層と深層を行ったり来たりしている。こんな上まで来たのは、好物の酒を受け取るためにあらかじめ連絡しておいたからだよ。本来はもっと下の方で生活している」
「ボク、聞いたことがあります。この大迷宮で、修行し続けている鱗人。自分よりずっと弱い冒険者たちを導いて、守って、時には冒険者同士の争いをたった一人で止める、鱗人の番人。……それがあの方ですか?」
グラームの言葉に俺は頷いた。
「まぁ身体は一つしかねーし、あの通り酒には目が無いんで仕事ほったらかすこともあるけど、ともあれ最多の冒険者の命を救い続けている人間ってのは間違いない。お前らも実力つけてきたらいつか必ずお世話になるはずだ。小さくても酒瓶一つでも持っていってやると喜ぶから恩は売っとけ」
「賄賂って鱗人でも利くんだ……」
新米三人組はそれぞれの反応で、自分たちの師匠とは全く違う鱗人と、懸命に汗を垂らしながら酒樽を運ぶカラスを見つめ続けていた。
「それじゃア、コイツが酒ト交換ダ」
「どうも、毎度あり」
リィズズグが無造作に湿地の地面を掘り、取り出した土まみれで酒樽と同じくらいの大きさはある布の包みを置いた。
土中の熱に反して、熱源観測魔法で見た限り包みの温度は凍点以下を保っている。梱包布が魔法具の一つで、周囲の魔力を吸い取って設定された温度を保つように造られているので、中身の鮮度や状態は……まぁ俺の責任外だ。
とにかく、俺がトンビ女史から受けた依頼は酒とこの包みの中身――様々な魔物の内臓や皮革に骨といった、魔法具の素材との交換である。
リィズズグはこの荷物の管理を任された仲介なのか、リィズズグ自身が狩った獲物なのかは知らないし知る必要もない。後は渡された荷物を無事依頼人であるトンビ女史の下へと送り届けたらお仕事完了である。
「あの、リィズズグさん、いいですか?」
「おウ。なンダ吠人の子ヨ」
本来自分たちの実力ではまだ会えない人物と会えた機会を活かしたいのか、ハウドが手を挙げてリィズズグに近づいて話しかけた。
隣にはグラームもついて行っているが、もう一人のヒヨコであるクリステラは俺が受け取った荷物に腰掛けようとしたので頭をはたいておいた。
「師匠――ズゥクジャーン師をご存知ですか?」
「応。生マれは違ウガ、迷宮で遭うタ仲ヨ。相変わラズ、良イ筋ヲ見つケル眼力は良イナ」
「はぁ。その、師匠は普段とても静かで穏やかで争い事を嫌うように見えるんですけど、先ほどリィズズグさんと手合わせたしたあのカラスって奴にこの前襲われたんですよね」
「ほウ」
「オレたちは『逃げろ』と言われたので逃げたんですが、ハゲタカ先輩がその後師匠の救援に行ってくださって、なんでもカラスと戦うのが楽しくなって我を忘れていたらしくて。……あの、コレ普段の師匠と全然違う行動で、今でも納得してないんですけど、同じ鱗人として、リィズズグさんにはわかります?」
「ウム。理解ル」
即答だった。まぁそうだろうな。
リィズズグは腕組みをして、何かを考えている様子だった。たぶん、どこから話せば理解できるか話の筋道を考えているのだろう。
そこで、俺も挙手する。
「俺が説明して、なんか間違っていたり補則したい所があったら言ってくれます?」
「おおウ。助かルゾハゲタカよ。長イ話故なァ……」
「そういうわけで、俺が知っている限りの話をする。全然関係ない話から始まるが、黙って聞くように」
吠人二人と距離を取って、いつのまにかカラスも傍聴席に混じっていた。クリステラは放っておこう。
「この世界は、あるとんでもなくデカい竜の死骸なんだそうだ。鱗人たちの言語は発音できねーから俺たち平人の言葉に翻訳してこの竜を【創世竜】と呼んでいる。
創世竜は魂だけの存在になって、また新たな肉体を得る旅に出たらしい。そして肉体が成熟すると、再び魂を抜け出して次々と生物が住める世界――現代学問的に言うと生物環境が整った星を創り続けているらしいんだな。
で、創生竜の死骸である俺たちが住むこの世界で死んだ生物の魂は、死骸にどんどん取り込まれて巨大な魂となり、やがて新たな創世竜として蘇るらしい。
前置きが長くなったが、本題はここからだ」
リィズズグからのツッコミは無い。俺如き平人の感知を越えた神話をどう語ろうとあまり興味が無いのだろう。
「鱗人は創世竜にもっとも似せて創られた生物らしい。それ故に、鱗人の魂は他の生物の魂より創世竜の超巨大な魂の『基準』として望ましいものでなければならない。
強く、高潔で、正しく、勇敢で、強い。そうした生き方を在り方を鱗人が望むのは、いつか蘇る創世竜が悪しき竜ではなく良き竜であらねばならないから、だそうだ。
鱗人は、本質的にはめちゃくちゃ好戦的だ。この島に来ている方々が珍しいだけで、基本的に同種族同士で定期的に殺し合いしているくらいだからな。ただ、強いだけでは悪しき魂に染まってしまうから、鱗人は弱者を守り義を重んじ、鱗人以外の人種も良き魂に成ってもらいたいと願っている。
これはリィズズグさんのいる目の前で言うのもなんだが……強すぎるくせにまだ強くなろうとする本能に抗えない鱗人があえて自分たちに枷をつけるための教訓神話じゃないかと俺は思っている。
ズゥクジャーン師は私闘を恥じただけであって、闘いそのものは魂の研磨? になるから良いってのが、鱗人の考え方なわけだ。強すぎる戦闘種族もまぁ、色々苦労があるってこった」
喋り疲れた。俺は周囲の湿気を帯びた大気を冷やし、氷粒を作って口の中に入れて水になるまで溶かし、飲み込んで水分補給する。
ハウドとグラームは難しい顔をして、チラチラと俺とリィズズグ両方に視線を送っている。それに気がついたリィズズグは笑って手をヒラヒラと振った。
「何ヲ言うてモ気ニなどせヌワ。言いタイ事ヲ言エ」
「それなら……ようするに、ハゲタカ先輩は鱗人が嫌いなんですね」
ハウドの言葉は図星ではある。だが本心からの言い訳もさせてもらいたい。
「尊敬はしているよ。でもムカつくって感情は抑えられないだけだ。俺だって大人だから分別つけているんだよ。ズゥクジャーン師はうっかりこの前分別つけ忘れたんだ。それだけカラスが強くて楽しかったんだろうな」
「ズゥクジャーンもまダ若イ。許してヤレ」
「もちろん命の恩人を恨むわけねーすよ。でもやっぱ腹は立つ」
「ハハッ。お前ハそうでアレ。嫌わレ、憎まレ無くバ、気づケヌことモ有る故」
相変わらずの上から視線はやっぱり腹が立つ。実際めちゃくちゃ強いのだからどうしようもないのだが。
さて、と俺はハウド、グラーム、クリステラ、カラスの顔をそれぞれ見渡していく。
「じゃあ座学が終わったから、今度は実施試験をしてもらう」
「え゛っ?」
「あ、やっぱり」
暑さにうんざりしていた面持ちのクリステラは俺の一言であからさまに嫌そうな声を漏らし、一方でハウドは予想済みだったようで、どこか嬉しそうに笑っている。
「オレたちとしてはハゲタカ先輩にここまで連れて来てもらっただけでも大変良い経験になりましたが、ここまで連れてきてタダで帰す先輩ではないと思っていました」
「おう、ズゥクジャーン師じゃやらせてくれないことさせてやるからな」
リーダーのハウドは自分たちの立場や力量を自覚しているようだ。一方、後ろで「あづいあづい溶けるやだぁ~」とボヤいているクリステラはもう無視しよう。
俺は話を聞いていたのかいないのかよくわからない表情のカラスに目を向け、そしてさっそく一杯始めているリィズズグの向こうにある川に視線を向けた。
緊張を解くためにわざとらしく指を一本立てて、講義口調で話すことにした。
「じゃ、あのカラスをまっとうな冒険者として教育するために、そしてお前ら自身の戦闘訓練も兼ねて、今からヒヨコ四羽でこの十三階に生息している魔物との交戦をしてもらいます」
「……え? いや、無理ですよ。何言ってんですかハゲタカ先輩。オレらまともに戦えるのまだ二階くらいですよ?」
「大丈夫、まずカラス一人で戦ってもらう。んで無理ならお前ら三人だ。連携したことのない四人で戦う方が危険だからな。
何より、本気で死ぬようなことがあったらいくら酔っていてもリィズズグさんが助けてくれる。お前らヒヨコちゃんたちは安心して死に物狂いで戦えばいい」
「なーんでもいーよー! ぶっ殺すだけでこのあっづいとこから帰れるならもうなんでもいーい! だいたいカラス? ってあのハゲなら大抵の魔物は余裕っしょ」
仲間の吠人二人が困惑している様子を無視して、クリステラが投げやり且つ無責任極まりない発言をするが、カラスは表情一つ動かさない。俺は予想したうえで、カラスに問いかけた。
「だ、そうだがお前一人で狩れるよな?」
「肯定」
「よーし、じゃあ魔物を呼び出すぞー」




