第三話 5:ヒヨコたちとのお散歩
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ツェズリの大迷宮地下十三階は、今日もやはり蒸し暑い。
熱源観測魔法を使えば、理由は不明だがぬかるんだ湿地状の地面とはるか高い位置にある天井のどちらからも熱流が発生して十三階全体を渦巻いており、幅は大小だが淀んだ河川が至る所にあり、すえた臭いを発する池も点在している。
こちらを積極的に襲ってくるわけではないが、鳥型の魔物が天井付近を旋回し地上にも大型の魔物があちこちめいめいに散らばって、それぞれの営みを送っている。
全体としては象に近い体躯と姿をしているが、長い鼻のかわりにだらりと頭部から髪の毛のように幾百もの触手を生やした魔物が、仔と共に池で水を飲んでいる。
その様子を遠巻きに、関節の至る所から骨が突出した猫型の魔物が地面に身体を横たえて観察している。
ネズミほどの大きさもあるアリがなんらかの理由で死んだもはや原型も留めていない魔物の死体に群がり、肉片に刻んで巣へと持ち帰る行列を成している。
「あ、あいつら……逃げも隠れもしていませんけど、襲ってきませんよね?」
「パッと目にしてわかるようなのは、こちらから刺激しなけりゃ大抵安全だ。どっちかというと草むらにいる魔物なんだか普通の毒蛇なんだかよくわからん奴とかの方が危ない」
「嗅ぎ慣れないニオイばかりで、そういうアブないの、探知できないかも……いやできません。ハ、ハゲタカさん、探知者として、ボクどうしたら……」
「焦るなビビるな平常心。危険は俺の熱源観測魔法と、カラスが感知する。ここ十三階は完全に今のお前らの力量を越えた魔窟だから先輩サマに任せて後学しとけ」
灰色の体毛を持つ狼頭の吠人の少年、ハウドの焦りが混じった問いかけのせいで仲間のグラームに脅えが感染してしまっている。いや、グラームは元々臆病者か。
俺の後ろには、いつだか【黒い森】の休憩小屋で出会った新米冒険者三人組と、最後尾にカラスが付いてきている。
完全に足手まといだと承知のうえで、俺は今回受けたトンビ女史の依頼にこの新米冒険者三人組を連れていくことにした。ちゃんと彼らの師匠であるズゥクジャーン師の許可も信頼も貰っている。
カラスもドラゴンバック魔法具工務店――つまりトンビ女史への口利きと報酬の二割をくれてやる約束で連れてきた。
「あっぢぃ~。ハゲタカぱーいせーん、この階まではさぁ。こんなに蒸し暑くなかったじゃんかぁ。どうなってんのよ迷宮。大体先輩そんな外套着込んじゃってなーんで平気な顔してんのよー。なんか魔法でも使ってんのぉ?」
自分の身長より長大な杖にもたれかかるようにして湿地を歩く平人の少女クリステラは、二つに結わえた金髪が汗ばむ肌にこびりつくのを、うっとうしそうに跳ね除けている。
俺はそんな後輩の情けない姿と言動に呆れ果てた。
「質問は一つずつにしろクリス。そもそも、地下深くにこんな大迷宮があるのに地上では地盤沈下起こさず都市建設できている時点でおかしいだろ。大迷宮は、おそらく階段を【門】にして繋げているだけで一階層が一つずつ別空間なんだ。だから環境が全然違ってもおかしくないってわけ」
地上で地面をいくら掘っても迷宮一階に繋がらないのは有名な話である。また、今日一階の【石の広間】を抜けたが、ズゥクジャーン師とカラスの激戦によって砕かれた石や床はいつのまにやらすっかり元の形に戻っていた。
大迷宮は一階に限らず地形破壊をしても、時間経過すれば元に戻ってしまう。理屈はわからないがそういうものだとしか言いようがない。
この性質を利用して、迷宮内の資源を地上に持ち出して冒険者たちは稼ぎを得ていることが多い。いわばいくら掘っても無くならない鉱山や畑である。これで魔物が闊歩していなければ最高なのだが。
俺の講義を聞いているのかいないのか、クリステラは暑さに喘いでいる。
なんとも教え甲斐のない相手だが、もう一つの質問にも答えておいた。
「あと俺は基本的に自分の周囲は気温調整魔法使ってる。魔法式見りゃわかるだろ。お前も魔法使いの端くれならそれくらいちゃんと読み取れ」
「ず~る~い~。熱量操作属性って小回り利きすぎだしハゲタカ先輩マジもんの魔法使いじゃん。あたし杖ないとなーんにもできないヒヨコちゃんなんでぇ。無理なもんは無理でーす」
「甘えたこと言ってると死ぬだけだから俺ァ別に構わねーよ。クリスちゃんの死体は依頼があったらちゃんと持ち帰ってやるからそれでいいならそのまんまでいなさい」
「うっわ性格悪」
不安と暑さを隠しきれず舌を出して暑そうに呼吸する吠人の少年二人と違い、クリスはある意味これはこれで元気そうである。状況が認識できていないとも言う。
ここ十三階は中層の玄関口あたりと冒険者達の間では定義されている。新米たちが理想的に最速で実力をつけたと仮定しても、こいつらが三人だけでここまで潜れるようになるにはあと半年は必要だろう。そして、さらに仮定を重ねるとして吠人のハウドとグラームのコンビだけでなら、三ヶ月もあれば可能かもしれないと俺は考えている。
ようするに、クリステラがものすごく足を引っ張っている。ここ十三階まで一度も魔物と交戦せずに、最短ルートで潜ってこれたのは俺が迷宮に慣れているからだけでなく、グラームがクリステラの間抜けで迂闊で怠惰な足を、引っ張り担いで鼓舞して拝み倒して進めてくれたからである。グラームがいなかったらこのアホ小娘は迷宮の外に放り出していた。
「静。求。死。静」
「あ、ハイ……すんません」
最後尾で警戒しているカラスは、ボヤき続けるクリステラの背中に例のトンファーの先端を突きつけて遅滞していた足を速めさせ、口を閉じさせた。
カラスはカラスで汗だくなのだが、表情は鋭く険しく、新米とは思えぬ十三階を訪れるに相応しい貫禄を既に備えている。
だが実態としては、大迷宮の恐ろしさをまだ理解していないと評価せざるを得ない。カラスがいつからこの島に訪れ、冒険者として活動を始めたのか知らないがまだ日が浅いのは魔物との交戦経験が一切無いという本人申告から伺えた。
一階には魔物らしい魔物はほぼおらず、二階の魔物を覗いた程度のこいつは「取るに足らない」といったん帰ろうとしている時に、鱗人の戦士という至上の好敵手を見つけて襲い掛かった次第らしい。
全く、新米は本当に自由だ。迷宮内での暗黙のルールをまるで知らない。
だからそれらを教えに、今日俺はこのヒヨコの群れの引率をしている。
自分でも、危険で責任が重い仕事だと理解しているつもりだ。だが新米がやがて熟練冒険者となり、果ては名誉と成果を挙げた暁には俺は彼らに対して作った今回の貸しを、何倍もの形で返してもらえる……かもしれない。




