第三話 3:ハゲタカとトンビの取引
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「買取査定、完了ですわ。各々の価格査定はこのようになっておりますが、いかが致しますの?」
様々な魔法具が並ぶ商品棚に囲まれた店内の真ん中には大きめのテーブルが置かれており、そこで査定をしていたトンビ女史は眼鏡から光学魔法を起動させ、テーブルに明かりを投射した。
明かりには影部分ができており、それらが文字列として読めるようになっている。買取明細書を書面に起こすのではなく、多目的魔法具の眼鏡から取得した情報を整理してそのまま書類形式にして視覚化させているのである。
俺はリストの中の一つを指差した。
「この魔法杖に付属していた法珠、牙虎の肝臓製だぜ? それでこの値段ってボってない?」
「だってこの魔法杖、元々わたくしが造ったものですもの。わたくしの手がけた商品を持ったまま召されてしまいますと、ウチの名に傷がつくから困りものですわよねぇ」
「だから俺が市場に出る前に回収してトンビさんの信用を守ってあげたわけじゃんか。そこ加味してもちっと盛っても良くない?」
「でもわたくしが造ったモノでは他の職人さんの技術を盗むことはできませんもの。
大体、ハゲタカさんはお行儀良く冒険者ギルドに一時預かりして、それから手元に戻ってきた遺失品をわたくしに卸しに来ますから、もうわたくしの手がけた魔法具がギルドの遺失品リストに載ってしまっていますわ」
「それでも市場で中古品として出回るよりマシなはずなんだけど」
「もう仕方ありませんわね。それだけ五分増ししてさしあげますわ」
これだけ粘って交渉してたった五分増しとは吝嗇だとは思うが、ここらが引き時だろう。
俺はテーブルに指を突いた。
「毎度あり。あとこの前、魔力貯蔵用の法珠を失くしちまったから、アレと同じの頂戴」
「それじゃ、買取価格から法珠のお値段を差し引いて決済させていただきますけれど、よろしいですわね?」
「なーんか怪しいことしたら、ウチの自慢の事務員が見抜くからいいよ」
後ろで俺たちのやりとりを黙って観察していたドロテアさんを親指で示し、トンビ女史に牽制を仕掛けておく。
余裕の微笑みを浮かべたトンビ女史は買取金と、俺の要求した法珠を在庫棚から用意するために店の奥に戻っていった。
ドロテアさんは交渉が終わって安心したのか、商品棚を眺め始めた。
「これ、トンビ姐様が全部手掛けた物ばかりなんですか?」
「いや、ほとんどは今俺が卸した中古品とか大手企業の規格品とかばっかだよ。トンビさんが本気で造った特注品は数種類の魔法具と連動前提だから、商品棚には置けないし」
「わたしは今まで法式札専門だったんですけど、魔法具の世界も面白いですね。興味があります」
「本気で弟子になる?」
「好奇心や職人魂としては惹かれますけど、さっきも言った通りまず所長さんから目を離しても良くなってからですね」
「ちょっと意外かな。ここにある魔法具のほとんど、殺傷、殺生、死なすための武器用途品ばっかりだぜ? ドロテアさんはそういうの嫌いじゃないかって思ってたんだけど」
「嫌いですよ。人間殺しの道具は大嫌いです。でもそこに使われている技術が誰かを活かすために転用できるなら、わたしがそれを学ぶだけの才能があるなら、伸ばしてみたいとは思います」
「しっかりしているなぁ。やっぱドロテアさん俺の面倒見ないで独立していいんじゃない?」
「わたしはトンビ姐様のように一人で生きていけるような強い女じゃありませんから。所長さんもわたしと同類じゃありませんか?」
脛に傷ある者同士の舐め合いを、ドロテアさんは恥じずにできる女のようだ。しかし俺は彼女の言葉を借りるなら、そんなことができるほどドロテアさんほど強い人間ではない。
……ところで俺は脛に傷があるとドロテアさんに明言したことはないはずなのだが、まぁ鎖国状態の魔法帝国から逃げ出してきた魔法使いとなれば、お察しされても仕方ないのか。
帝国、どうなっているんだろうな。相変わらず世界征服本気で目論んでいるんだろうけれど、ここのトンビ女史みたく帝国では考えられないような魔法具造れる職人が今後増え続けて、工業大量生産品の質も上がり続けるだろうから、本気で戦り合うと目も当てられない戦禍が世界中に広がる様が容易に想像できて不安になる。
加えて、この島にある遺失文明も色々ときな臭い。近年急速に発展している化学工業技術とも、俺が故郷で学んだ魔法技術とも違うのか、あるいはその最果てにある技術なのか、今の人類では解析不可能な超技術の遺産が山ほど眠っている。
この島の歴史を調べたことがあるが、三十余年前にフォレスが拓く前までは海流と嵐によって近づけない海域に、命知らずのかの冒険王は挑み、そして勝利したらしい。
その後遺跡を探索する間にこの島に仕掛けられていたらしい【封印】とやらを解き、近づく者を拒む海流と嵐を止めて多くの冒険者たちが訪れることができるようになり、今や本国である連邦王国とタメを張る自治権までも獲得している。
これらの怪しげな経緯と遺失技術に懸念を覚えた帝国がツェズリ島に【草】を放っているなら、帝国が真っ先に制圧対象として選ぶのはこのツェズリ島だろう。
所帯持つかどうかはともかくとして、自分の命が惜しいなら早い所この危険と不穏と腐敗ばかりが横行するツェズリ島から逃げ出す方が賢い選択ではある。
思考を遮るように店の奥から箱と封筒を持ってトンビ女史がテーブルに帰ってきた。
「お待たせ致しましたわ。こちら注文の法珠と、買取金額にございます。ご確認を」
「ドロテアさん、確認はお願いする。トンビさん、情報交換の件もあるのでまだちょっと付き合ってくれ」
「わたくしはただの魔法具技師に過ぎませんことよ? ハゲタカさんほどの情報通に教えられることがありますかどうか」
「これだけ観測魔法具を店内に仕込んでいて何言ってんだよ。ともあれ、こっちがトンビさんに渡せる情報というか交換条件を先に提示する。
このドロテアさんの打った法式札の式の一つに『魔法を使用した場所と時間』を割り出す技術がある。トンビさんが俺の要求を呑んでくれたのなら、これを提供しても良い」
「ほう」
トンビ女史の眼鏡の奥にある細い目が見開かれた。
煙管を長く吸い、煙を吹く。彼女は俺と視線を合わせてカウンターを指で叩いた。
「お話してくださる?」
「トンビさん、ヤクザもんの仕事も請け負っているよな? 東方系の連中に、禿頭で、棒に短い持ち手が横から生えたような杖を武器にした肉体強化系魔法使いの拳法家、新入りで入ってきてねーかな?」
「それはトンファーですわね。極東の小さな王国島と大陸の狭間で生まれた武器ですわ」
トンビ女史は眼鏡から光学魔法をテーブルに投射し、俺が先日迷宮で見た『ト』状の武器の姿を映して見せた。
さすがに道具の専門家だ。詳しい。
「解説致しますと、トンファーなるこの武器は全ての部位が持ち手となりますの。
横のハンドルを握れば手首から肘までを守る防具となり拳打を強化。
ハンドル側に近い短い持ち手を握ると、鍔付きの剣のように扱え、ハンドル部分で敵の攻撃を絡めたりできます。
逆に長い部分を持ち手にしてハンドル部分を敵側に向けると、鎌のような武器となり積極的に敵の武器を叩き落としたりハンマーのように殴打することも可能になります。
二本で両手に持つことが多い武器ですが、往々にして東方の拳法家や鱗人の戦士は素手の殴打や貫手が必殺技となりますから、片手持ちだったのでしょう。もしかしたら、もう片方も持っていたのやもしれませんが」
「鱗人の戦士が相手だったから、盾としての使い方に専念せざるを得なかっただけで実際の運用幅は広いんだな」
「ほう、その拳法家、鱗人の戦士と格闘戦をしたんですの? 種族は?」
「平人」
「まぁ東方の肉体強化魔法と拳法の達人となれば、その組み合わせしかありませんわね」
「俺たち平人は他人種より魔力量が多めだからな。と言っても、肉体強化したうえでやっと牙人や鱗人に凍人と匹敵するのが限度だけど」
「鱗人はその三種族の中でも別格ですわよ? 保有魔力量が平人の数倍が当たり前ですもの。魔法具技師としては、一番お客様にならない人種ですわね。生まれたままの状態が最強ですもの」
つくづく地上最強の人種という肩書が誇張でもなんでもない化け物だ。地方や国によっては神格化されており、他人種から崇敬の念を持たれている文化圏も多いと聞く。
一服をしたトンビ女史はニヤリと、あの決闘をしていた二人と似た獰猛な笑みを浮かべる。ただ、もっと陰湿で粘着質なものが混じった嫌な感じの、獣より実に平人らしい笑みだが。
「鱗人の戦士と格闘戦をして死ななかった。その事実だけで、裏社会の皆様からは引っ張りだこですわ。わたくしとしても、具足をお買い上げいただければ勝てるかもしれないと思う逸話ですわね」
「どっこい、そいつが生死不明でな。だからこうして情報交換に来たってわけ」
「あら残念。さすがに平人如きが鱗人の戦士には敵いませんものね」
「いや、俺が決闘に水差して流血魔術の【気爆】で吹っ飛ばしてやった」
「無粋な真似を……」
「決闘ならお日様の下でやれってんだよ」
俺の言い分は変わらないし、この点に関しては当の交戦した鱗人の戦士たるズゥクジャーン師自身から謝罪と反省の言葉を受けている。
いわく『貴殿の言葉通りでアル。弟子たちヲ逃がシ終えタ後ニ、明るキ場でノ決闘コソ決闘ノ本懐ト気付くベキであっタ。私闘ニ溺レたとアラバ、祖霊たちニ顔向けデキヌ』とかなんとか。
立派な人だ。だから腹が立つ。鱗人は強いが、自分たちの都合で他人種と闘うことを良しとしない。その誇りと、それはそれとして戦いそのものは好む好戦的な文化を持つせいでどれほど世界中の戦争が鱗人の傭兵の介入でひっくり返され泥沼になったか、あいつらは理解しておらずぶん殴りたくなってくる。
殴った方の拳だけが痛むのがオチというあたり、さらにムカつく。
「遺失物回収業者が恥ずかしくも法珠を失くしたのもその件のせいでな。俺があの場に留まって、俺自身の肉体全部を自爆させたら確実にぶっ殺せたんだろうが、逃げながら朦朧とした意識で撃った爆破だったんで、正直トドメを刺せたと思う方が希望論だ」
「そういう『もしも』は口にしないでください所長さん。多少強引にでも所長さんを魔法使いでいられないようにしたくなりますので」
この話をドロテアさんの前ですると、また彼女を怒り心頭させるのは承知の上だったが色々な都合上仕方ない。
俺たち二人のやりとりを見て肩を揺らしてトンビ女史は笑うと、煙管をゆらゆらと振って見せた。
「フフ、委細承知致しましたわ。お得意様がいらっしゃったら、それとなく探りを入れること、お約束致しますわ」
「頼む。どうやら暴力沙汰で故郷から逃げてこの島に流れ着いた、典型的な逃亡犯罪者っぽくてな。それで東方系人種と来れば、横の繋がりが強いご同郷のヤクザどもに抱え込まれるはずだ。
オマケに俺に私怨を勝手に持ったクソ野郎だよ。とっととズゥクジャーン師にお日様の下でぶっ殺しておいてもらわないと俺の明日が危ない」
「あらあら。今のお話、大変興味深い内容でしたから、わたくしがその拳法家を実験台にして鱗人の戦士とぶつけないとも限りませんわよ?」
「好きにすりゃいいだろ。誇り高く遺跡探索にも多大な貢献をしている鱗人の戦士がヤクザお抱えの平人を公的な場での決闘でぶっ殺そうがぶっ殺されようが、最終的に平人の方は必ず誰かに殺される。俺はだからお日様の下で闘えって言ってんだよ」
「死骸を啄むハゲタカさんらしい、素晴らしいお話、感謝致しますわ。今後ともごひいきにお願い致しますわね」
「こちらこそ。で、肝心な話なんだが、その禿頭の拳法家に伝言できるなら伝えておいてくれ。『ハゲタカは決闘の準備に協力してやるから、変な気を起こすな』って」
「そうですわね。わたくしとしましても、ハゲタカさんを逆恨みで殺されてしまっては損失の方が大きいですもの。牽制役、承りますわ。ああそれと――」
トンビ女史は汚れた作業着のポケットから、封筒をさらに一包出して俺に投げつけた。
中身は手に取った感じ、それなりに厚みのある紙束――紙幣だろう。
「こちらからもお仕事を依頼致しますわ。もちろん引き受けていただけますわよね?」




