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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
羽ばたく鳥、囀る鳥
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第三話 2:魔法具技師トンビ

 2


 その煉瓦造りの建物のドアを開くと、俺の目には法式が物理世界を駆け抜け建物の奥に走って行く様子が見て取れた。

 俺は手を繋いでぐったりしているドロテアさんを見下ろす。


「ここが例の店」

「ドアが開くと自動的に起動する式。命令内容が単純で、店内奥の本体法具にスイッチを入れるだけのモノなので、魔法式起動用の魔力維持は周囲を行き交う方々の漏れ出す魔力だけで賄えるものですね。本体の魔法道具の法式が読み取れました。ごく微弱な電磁波がドアと店内の境目に張られて、ここをくぐる人間がどんな方なのか店内奥にいながらにして知るための、監視魔法式。あ、光学観測系の魔法式も天井の方で起動していますね」

「……すっげ」


 澱みなくつらつらと、ドロテアさんは彼女自身が観測した魔法式の詳細を看破し説明してしまった。

 ()()()()()()()()使()()()と、俺は彼女に命令してここまで来たのだが、ただただ慣れない霊脈制御と雑踏を行き交う魔法式の量に酔ってしまっていただけではないらしい。

 ドロテアさんは酔いが一気に覚めたのか、まっすぐに背筋を伸ばして胸を張り笑顔で俺の手を両手でぎゅっと握り締める。


「目的がしっかりと察することのできる、綺麗で無駄のない法式を見たら気分が爽やかになりました。法式札を打つうえでも、この魔法式の連動は興味深いです。ここの職人さんはさぞ腕の立つ方なんですね。さすが所長さんが行き着けに選んだお店です」

「お褒めの言葉ありがたく存じますわ。けれども、店に一歩も足を踏み入れないでお話をして、そちらの情報を先にわたくしに伝えないのは、(ずる)くて聡くて不自然なので、とっととお入りいただけませんこと?」


 店内奥から、上品な言葉遣いに似合わぬ油や血で汚れた作業着に、フレームがゴツい眼鏡をかけた平人(ヒト)の女が迷惑そうに目を細めてこちらを見つめに出てきた。

 片手にはコードの伸びた煙管があり、口から紫煙を噴き出している。水煙草がここの主人の好物で、店内では常にある種の酩酊効果のある煙が充満している。


「店内に入ったら魔法を使っていいから。というか、肉体操作系魔法を起動して中和しないとあそこの薬物中毒(ヤクチュー)職人と一緒になっちまうからできるだけ使って」

「わたし、自分で魔法式を構築するのは苦手だって言ったじゃないですか。こんな所なら最初っから薬毒中和系の法式札を持ってきてくれって注意してくれないと、どうしようもないです」

「褒めているのかけなしているのか、口の悪いお嬢さんですこと。ハゲタカさん、彼女同伴とは珍しいですわね? お似合いのお二人だと、わたくし祝福させていただきますわ」


 芝居がかった仕草で煙管を持つ手で一礼された。するな。

 ほら見ろドロテアさんの眼が輝き出したじゃないか。


「職人のお姐様、わたし、貴女のことが気に入りました」

「あらそう? ああ、申し遅れました。わたくし、このドラゴンバック魔法具工務店の店長兼魔法具技師たる、トンビと申しますわ」


 煙管を咥えたまま、器用にトンビ女史は挨拶する。

 ドロテアさんは一転して不機嫌そうに眉根を寄せ、俺を睨んできた。なんで俺なんだよ。


(トンビ)に……禿鷹(ハゲタカ)? どういうことか説明していただけますか所長さん」

「捻くれ者同士、あだ名悪口が似通ってしまっただけですわ」

「そうそう。俺は空跳んで死体漁りするからハゲタカ。あっちは優れた魔法式を見たらすぐパクって魔法具造るんでトンビ。あと飛行系魔法具作成させたら右に出る奴ぁいないとかそういう嫉みもある」


 なんだか言い訳じみた言い分になってしまっていると我ながら思うのだが、本当にそうだ。

 そもそも、トンビ女史は俺よりかなり長くツェズリ島で魔法具職人をやっているらしい。俺の知り合い全員に聞いても同じ答えばかりなので――つまり、十年二十年くらい彼女はこの島に暮らし続けているという、俺でも量りきれない女史なのだ。

 唯一はっきり言えることがあるとしたら、職人特有の偏屈屋で凝り性で自尊心が強い性格の悪さくらいだろう。


「より良いモノはより天才のわたくしの仕事の糧となるべきなのです。それに、事務所の名前にハゲタカなんて厚顔にも看板に掲げてしまうハゲタカさんに比べたら、わたくしはわたくしの信念に基づいた店名を掲げているつもりなのですが、いけませんこと?」

鱗人(リト)のおとぎ話由来の店名を平人(ヒト)が看板にしたって、伝わんねーっつの」

「あらあら、無知の坊やはお可愛いこと……。それで、ハゲタカさんは本日どのような要件でいらっしゃいましたの? まさか、彼女さんをご紹介しに来ただけですの?」

「彼女じゃなくて内縁の妻――」

「魔法具の買取と、情報交換で」


 ドロテアさんの口を手で遮り、俺は担いでいた大型背嚢を見せた。

 眼鏡の奥で元から目の細いトンビ女史の目がさらに細められ、俺の背負っている荷物を観察している。

 一方でドロテアさんの目も真剣に彼女を見つめていた。


「あの眼鏡も魔法具ですね。でも魔法式が全然読み取れません。魔力が若干漏れたから、この距離だからわかるだけで、あんなのズルいです。あの眼鏡があったら、わたしここまで来るまであんなに霊脈酔いしてフラフラしなくても良かったじゃないですか」

「アレも訓練の内なんだよ。都心部は魔窟だぜ?」


 俺たちが店内に入るまで魔法を使わなかったのは、このツェズリ島の都心部ではしょっちゅう魔法式が飛び交っているせいである。

 魔法はこの世界の法則に働きかけて任意の現象を起こす技術だが、常にこの世界に能動的な変化を起こす魔法ばかりが魔法ではない。

 なんとなれば、受動的で情報収集に徹した魔法の方が、ある意味でははるかに厄介で始末におけないからだ。


 俺が多様する熱源観測魔法に、肉体の五感強化魔法は情報収集用の観測魔法である。そのうえで俺はさらに気流操作を混ぜて、匂いの元を辿りやすくすることも多い。

 そしてこの店の店長であるトンビ女史の造った観測魔法具のように電気系や光学系などの魔法はより情報収集能力に長けている。

 そんな魔法が、魔力の扱いに長けた魔法使いでも注意して見ないと気づかないくらい都心部では多様されており、有益な情報を得ようと目論んでいる情報屋や、裏の稼業をしている連中、さらにはそいつらを取り締まる公安などが数えきれないくらいに潜んでいるのである。


「浮気現場、違法物のやり取り、迷宮に潜るスケジュールの話し合い、有力者のお財布事情、こういった情報ぜーんぶ使い方次第で一財産から屍の山まで出来上がるモノなんだよ」

「人間って怖いですね……」


 我が身を振り返っているのか、ドロテアさんの表情は暗い。

 彼女は冒険者に、人間に襲われることで仲間を失った過去がある。そうした待ち伏せは、迷宮に潜った後の帰り道で、疲弊している状態の所を狙われやすい。

 だから、あらかじめ潜る前から決めていたスケジュール情報を盗んでおけば待ち伏せ襲撃の成功率が格段に上がるのである。

 このツェズリの大迷宮が三十年余り経過してもまだ深奥の端すら見えていないのは、迷宮の中に棲む魔物や仕掛けられた罠の悪辣さもあるが、それ以上に人間同士で足の引っ張り合いをして有力な冒険者に成り得る素質を持つ者が成長する前に狩られるせいでもある。


「だけど、こんな都心部で安易に丸出しで魔法式を物理世界に投射するアホは三流だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()って思い込みは、どんな魔法や薬に酒よりタチが悪い。なんで、逆に付け込もうってのが俺たちみたいな小狡(こずる)い弱小魔法使いってわけ」


 例えば、自身の肉体を強化する魔法は、使用者の脳から肉体内部だけで完結するため外部から観測しても、どのような魔法式が構築起動されているのか、全くわからない。

 同じ理由で、魔法を使うための燃料である魔力の発生源である脊髄から身体全体に走る霊脈の活性化も外からでは観測しにくい。

 よって、できるだけ霊脈を非活性化状態にさせておきながら、魔法式は観測できる程度に気を張り、その魔法式がどのようなモノでどこから投射されているのかを把握できれば、観測魔法を使用している魔法使いの潜んでいる場所や観測されている相手を察することができる。


 自分の弱みは握らせないで、他人の弱みだけ握るのは相手もやっていること。俺たちがやっていけないわけがない。

 俺はこれで多少の小遣い稼ぎやコネ作りをしている。ハゲタカに雇われた以上、ドロテアさんにもこの技術と処世法は知っておいてもらわねばならない。だから訓練させたのだ。


「まぁ魔法使いのくせにあまりにも魔法を使わないってのは不自然だから、時々欺瞞魔法を使って平気の平左で雑踏の中を歩けるようになったら百点満点かな」

「わたしはだから自前で魔法を起動するのは苦手なんですって。どちらかというと、法式札で肉体強化系魔法を起動させれば魔力も霊脈も活性化が観測できないのでわたしが情報を盗むとしたら、そっちの方が向いている気がします」

「師の教えをそのまま受けず、自分の得意分野で応用する。いい。いいですわ内縁の妻さん。わたくしの助手としてここで働きませんこと?」


 トンビ女史が会話に割り込み、ドロテアさんの勧誘を申し出たことに俺は内心驚き一瞬して納得した。

 この魔法具技師は探究心が強く、他人のアイデアや技術を掠め取り、それらを組み合わせて非常に複雑で高性能で法外に高額な魔法具を作成する。逆に言えば、ゼロから閃きを生み出すのが得意なタイプではない……というのが外聞評だ。俺だってさすがに専門外のことは詳しくない。

 なので、ドロテアさんのような自分自身でアイデアを思いつく若い天才は、いいエサなのだろう。

 それを知ってか知らずか、ドロテアさんは丁寧に頭を下げてから首を横に振った。


「ご厚意ありがたいですけど、わたしはこのお人好しのアホウドリを地べたに引き摺り下ろすのが目的で内縁の妻やっているので、申し訳ないんですが遠慮させていただきます」

「あら残念ですわ。ハゲタカさんに良い伴侶が見つかったようで、わたくしとても残念ですわ」

「なぁ俺どっちにキレたらいいの?」


 好き勝手言う女どもに挟まれて、俺自身の尊厳や人権とか無視されている気がする。

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