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迷宮遺失物回収業者 ハゲタカ  作者: 水越みづき
熱闘と劣等
15/47

第二話 終:ハゲタカの重り

 7


 目を覚ますと、薄暗い灯りで照らされる天井が見えた。

 身体に痛みは無いが、ものすごい疲労感が全身に圧し掛かっている。

 左手に意識をやり、指を開いたり閉じたりしてみた。

 動いた。動いていることを、意識できた。なら無事だ。大したことはない。


「所長さん、意識が戻りましたか!?」


 女の声が聞こえると、灯りを遮るように憂いを帯びた目の美人が暗い闇の中でかろうじて見えた。


「ドロテアさん……」

「あ、ちゃんとわたしだってわかりますね。良かったです」

「悪いけど……今回の、仕事……赤字決定」

「どうでもいいですよ! 真っ赤っかなのは所長さん自身じゃないですか!」


 事務員として雇った以上、所長という肩書と責務を負った以上、部下には伝えなくてはいけないことだと思ったのだが、なぜか叱られた。


 依頼人であるグラームたち新米冒険者どもに金は無い。わかりきっている。分割払いしかできないだろう。清算しきる前に全滅する可能性も十分高い。

 その依頼料金にしたって、ウチの金額設定では救援対象は元々専門外だから特別価格として割高にするとしても、法外な値段はつけられない。

 対して、俺は自分の魔力をあらかじめ込めていた法珠を使ってしまい、しかも左手首を切った時に感覚を失って床に落としてしまった。これが最高に痛い。


 オマケにドロテアさんの造った法式札も「連動式を組めるかどうか、どれほどの魔力量を込められるかどうか」の実験作的な意味合いが強く、採算度外視で製造したモノのため、アレもまたお高い代物だ。

 そして、俺は魔力も血も限界まで振り絞ってしまったため、しばらく療養しなければ仕事ができない。その間に稼げたはずの金額が失われ、雇用早々ドロテアさんに事務所経営が厳しいお財布事情になってしまったことを、申し訳なく思いまず真っ先に謝罪したのがなぜいけなかったのだろう。


「手首どれだけ深く切ったんですか! あの鱗人(リト)さんが塗ってくれた軟膏が無ければ、左手はもう二度と動かないかもしれないって言ってましたよ!」

「……申し訳ないけど……水……くれます?」

「あ、はい」


 会話に付き合うにも、まず身体に水分が足りない。

 ドロテアさんは怒りの矛をいったん収め、水差しからコップに水を注ぐ音が聞こえた。

 彼女は俺の背中に手を当てて上半身を起こし、顎の角度を調整して口を開かせコップを近づけてくる。


「ちょっとずつ注ぎますよ。飲んだら右手を上げてください」

「いや、自分で……」

「黙ってください」


 有無も言わさぬ声色だった。

 どういう過去があったのか、ドロテアさんは他人に水を飲ませるのが異様に上手かった。俺はむせることなく、半分くらい飲んだ後は自分でコップを仰いで飲み切った。

 もう一杯ねだり、それも一口で飲み切る。


 人心地ついたとはこのことだ。周囲を見れば、ベッドと、水差しとランプを乗せた簡易な引き出ししかない、殺風景な部屋だった。

 見覚えがある。ここはギルド本部備え付けの個人病室だ。……個人用が手配されるくらいヤバかったのか。


 窓から明かりが差してこないことから、夜だというのはわかりきっている。懐中時計は外套の中で、今の俺は清潔で簡易な怪我人用の服に着替えさせられていた。

 装備の管理はおそらくドロテアさんがやってくれているだろう。部下がいるって頼もしい。その分お給料ちゃんと支払わないといけないけど。

 その出来る事務員ドロテアさんは、俺を怒りと呆れの眼で見下ろしながら怒気の強い声で話し出した。


「所長さんは気を失っていたから、ギルドから連絡を受けたわたしからの話をしますね。

 まず所長さんを連れてきた鱗人(リト)さんがギルドに帰ってきたことで、所長さんが勝手に受けた依頼は果たされました。どっちがどっちを救援に行ったのかわかんない絵面だったって、受付の女の子は呆れてましたよ。

 左手首の傷が酷かったので、迷宮から出る前に手持ちの物資で鱗人(リト)さんが治療してくれたそうです。一族秘伝の軟膏だったそうなので、効果が抜群なのはもう知っての通りですよね。

 その段階で、わたしはもうギルドから連絡を受けて本部に向かっていました。わたしが見たのはここで依頼人たちに治療される所長さんでした。

 とにかく血が足りない、ということで造血医療魔法を使える人を探して、処置してもらったのが先ほどです。

 その甲斐あって、意識を取り戻したみたいですね」

「ああ……治療代もいるんだ」

「なんでさっきからお金のことばっかり気にしているんですか! もっと自分の身体のことを考えてくださいよ! 死んだらお金なんてなんの役にも立たないんですからね!」

「ドロテアさん、正論で俺を言いくるめるのやめて。ホントそれ一番効く」

「わかってるんじゃないですか。状況は大体鱗人(リト)さんが教えてくれましたからわたしは知っていますけど、所長さん、二人の戦いにものすごく怒っていたみたいですよね? そんなに馬鹿馬鹿しいって思うなら、どっちが勝とうが負けようが所長さんには関係ないんだからもう放っておけば良かったじゃないですか」

「万が一ズゥクジャーン師が敗死したら? 俺は受諾した依頼を失敗したってことになる。信用問題は大切――」

「自分の命の方がもっと大切です」

「だから正論はやめて」


 ドロテアさんが依頼してきた時から思っていたのだが、もしかすると俺はこの女性が苦手なのかもしれない。

 なんだかこう、強く出れない。ましてや事務員として雇ってからは、所長所長と呼ばれるので慣れない責任感を意識してしまい、会話の主導権を握るための糸口を見失う。


鱗人(リト)さんも依頼してきた吠人(バイト)の子も、とても申し訳なさそうにしていましたよ。所長さん、またわたしの時みたいに完全に私情で仕事しましたね?」


 ドロテアさんの怒りはまだまだ収まらないようで、次から次へと文句は出てきた。

 まともに答えるのが面倒になって、投げやりに答えてみる。


「……俺の事務所なんだから、俺の好きなように仕事していいじゃん」

「プロ意識に欠けていますね。わたしの就職先探す暇があったのなら、所長さんが転職先探すのをオススメしますよ」

「何度も言うけど本当に正論はやめて。っていうか、そうなったらドロテアさんどうすんの」

「え? 所長さんと同棲しますけど? わたしはわたしで手に職持っているので。まぁ商品を卸すのは得意じゃないのでそこは情報通の所長さんにお願いしますけど……っていうか、もう札屋さんにお仕事切り替えません? わたしが所長さんに法式札の打ち方教えますよ」

「……それ事実上の所帯じゃん」

「わたしは最初っからそのつもりで押しかけ事務員しているのですが。ちょうどいいですね。今ならわたしの方が体力あって強いので、既成事実作りますか?」

「いや俺みたいなのが父親って子供がかわいそう」

「そうですね所長さんの教育がまず先ですよね」


 着ているブラウスのボタンを外しかけたドロテアさんの眼は真剣だった。答えを間違っていたら本当に俺を襲う気満々だったぞこの女。

 ドロテアさんの面倒を見る、と豪語した今現在後悔しているのと同じなのだが、ようするに今回の依頼も同じケースだ。俺はどうも、依頼を遂行する途中で【回収屋】という仕事の拡大解釈をして意地を張って馬鹿をやる悪癖がある。


「天賦の才ってあるよな」

「いますね」

「いやドロテアさん貴女も相当な天才なの。自覚して。で、人間って言っても、平人(ヒト)と違って鱗人(リト)はズルいくらいに地上最強だしその余裕か人格者ばっかりで見下されているみたいでムカッ腹立つんだよあいつら」

「それはわからなくもないですが」

「この島に来る冒険者の多くは夢見てやって来て、痛い目見てせっかくの天賦の才ってのを無駄にしている連中が多すぎるんだよ。何度も言うけどドロテアさん、貴女も含めて」

「え? もしかして所長さんわたしにやきもち焼いているんですか?」

「やきもちっていうか、貴女にも俺は腹立てているんですよ。すごく人の役に立つ才能を持っているくせに、それを誰かを傷つけたり自尊心を満たすためだけにしか使えない馬鹿が多すぎる。貴女はそれの被害者ですけどね。とにかくそうやって、人を幸せにする才能を持っている芽を無意識の内に摘み取っているのが、もうコレが許せない」

「わたしから見れば所長さんもすごい魔法使いに見えますが」

「魔人に比べれば、こんなもん手品」

「魔人って、魔法帝国の貴族階級だけにしかいない新人種ですよね? ……もしかして所長さん」

「まぁそういうこと」


 俺は極北の魔法帝国で生まれ、幼い頃から魔法の訓練を積まされてきた。だからそんじょそこらの魔法使いより、技術だけはある。

 だが魔力量が足りない。俺は平人(ヒト)としては平均くらいで、ただの魚屋のおっさんの方が潜在魔力量が多かったりすることもある。

 俺が魔法を自在に操れるように見えるのは『得意属性魔法を行使する際の魔力量は少なく済む』という法則を知ったうえで、無駄を省いた式を構成し慣れているからだ。ようするに、俺が生まれついて優秀なわけではなく、俺を鍛えてくれた叔父さんがすごいのである。

 過去を振り返る俺に、ドロテアさんは不機嫌に目を細めて睨みつけてくる。


「わたしは自分の過去を教えたのに、所長さんはそれだけで済ますのってズルくないですか?」

「あん時ゃ貴女が勝手に話し出しただけでしょう。……察しはついてたけど」

「魔法帝国って鎖国しているからわたしと違って全然わからないことだらけなんですよ! やっぱり不公平です」

「えー、帝国生まれで魔人が貴族主義で俺の性格考えりゃもう大体わかるでしょ。とにかく、俺はそういうわけで芽吹くはずだった何かが踏み躙られるのが許せなくて、そういうのを取り戻したくて【回収屋】をやってる。大半の冒険者はクズだから、たまに貴女みたいな依頼に引っかかると馬鹿やっちまうってわけで」

「所長さん」


 ドロテアさんは俺の左手首を掴んだ。

 傷口は恐ろしいことにもう塞がっており、包帯すら巻いていない。だが傷跡は残っていた。


「所長さんのお怒りはごもっともと、この場は認めてあげます。でも、区切りをつけたと()()()()()()()()、【回収屋】をやめて、わたしと結婚して責任取って観念してください」

「……ドロテアさん側の条件が有利すぎるじゃん」

「見逃してあげるって言っているのがわからないんですか? わたしは今も物騒な札、たくさん持っていますよ? 所長さんの荷物を預かっているの誰だと思っているんですか? 所長さんを今ここで一生わたしの助けが無ければ生きていけない身体にだってしてあげられるご身分だってこと、ご承知ですか」


 ギルド本部の病室で、怪我人に追い打ちを仕掛けるようなことがあればすぐさま止めに来る人間がいると思うが。

 ……だが、それは希望論であって、冒険者ギルドというのは決して清廉な組織ではなく融通を利かせるために相応の支払いをすれば見逃してくれたり便宜を諮ってくださるような、大変素敵に腐ったところでもあるのである。

 本気になったドロテアさんがなりふり構わず資産を作り冒険者ギルドと取引すれば、決して感情任せの無為無策無謀な計画とは言い難い。


「結婚うんぬんはともかくとして、俺が【回収屋】に向いていないってことは、認めるよ。いつか辞める」


 実際、言葉にすれば俺の怒りは他人事ではなく自分自身にも向けられることだった。

 俺とドロテアさんの持つ魔法技術を民間に提供すれば、きっとより豊かで快適な生活を送れる未来が作れるはずだ。

 同時に、兵器転用される恐れも高いから技術提供する相手は慎重に選ばなければいけないが、いずれにせよ迷宮みたいな死地で不毛な仕事をする方が非合理で非効率的なのは認めざるを得ない。


「約束は守ってくださいね、所長さん。わたしを裏切ったらどうなるか、もうご存知ですものね?」

「でも、仕事が仕事だからなぁ。今回みたいに私情で馬鹿やらなくても、くたばる時ゃくたばるし……」

「所長さんが死んだら、他の誰に回収業務を依頼すればいいんですか? わたしは所長さんを追いかけて首根っこ引っ掴んで責任取らせるためなら、所長さんと同じ(ところ)に逝くつもりなので、そのつもりで今後は仕事をしてください」

「重い……」

「ハゲタカなんて風来坊より、重石つけて地に足着けて生きてくださいってわたしは言ってるんですよ。これ、所長さんがわたしに言ったことと大差ないですよ?」

「だから正論やめて」


 ドロテアさんがなぜ依頼完了を受諾したと同時に、俺を平手打ちしたのか自分に言い返されることでわかった。正論は本当に耳が痛い。

 清く正しく地道に生きろ。嗚呼、なんと素晴らしき一般論。それが嫌だから死体漁りなんてしているのだ。

 でも俺は、どちらの道も選ぶことができる。帝国で使われていた時分には選択肢なんてなかったから、選択肢があるだけ幸福だということは理解している。


「俺は今まで静かに普通に生きるなんて発想、この島に来てから思いつきもしなかったよ」

「まぁ、他人にはあれだけ偉そうに説教するというのに。所長さんは本当にズルい方ですね」

「小賢しい生き方しか知らなかったんでね。……結局俺も、あの鱗人(リト)や死闘に取り憑かれた馬鹿みたいに、魔法っていう羽根で浮かれて飛んで地面見下していい気になっていたってだけか……」

「そういうことです。わたしも所長さんを今地べたに引きずりおろしてとてもいい気分ですよ」


 仄暗いランプの明りに照らされたドロテアさんは満面の笑みを浮かべていた。

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