第二話 6:怒りの温度は氷点下
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「意味わかんねーよ! 何やってんだよてめぇら! おい聞いてんのかクソトカゲ! アンタの弟子はな、今たった一人でギルドにまたぞろ取って帰ってこの下んねぇ私闘を止めるためにギルド職員呼びに行ってんだよ! あの臆病者の垂れ耳吠人のガキんちょがだ! アンタを助けるためにだ!」
天井から床に降り立った俺は、ズゥクジャーン師を罵倒して本来の役目を思い出させようとした。
だが、鱗人の戦士は笑みも構えも崩すことなく俺の方を向きすらもせず、返答する。
「鱗人の戦士は、戦いノ中で死ス事こソ本望」
「肯定。我、故、故郷追放。鱗人、羨望」
「平人の子たちヨ。お前タチハ、共ニ正しイ。弱者ヲ助けるハ、強キ鱗人ノ天務。強者と闘うハ、鱗人ノ魂。ズゥクジャーンは、鱗人でアルが故ニ、鱗人でアルためニ、祖霊と共ニ在るタメに、共の務めヲ果たさねバナラヌ」
「雄応……。我、貴殿……■■■■■、島、来」
東方衣装の男は感動に打ち震え、母国語が混じってしまったようだった。
このツェズリ島の遺跡群は、世界中の人間を魅了して集める力がある。
一攫千金を狙う者、名誉を得たい者、故郷に居られぬ事情があって逃げてきた者、氏素性を問わず何人足りとて差別せず、人種も何もかも平等にこの島の迷宮は受け入れ、呑み込み、喰らう。
俺は、今の今までそう信じていた。この島で何年も暮らしてきて得た結論が揺らぐことは無かった。
目前の狂戦士二人を見るまでは。
自分の力量を証明するために迷宮へと挑むのはまだわかる。
魔物を倒し、迷宮に深く深く潜れば潜るほど誰もが単純に強いと認めてくれるからだ。
だが、俺が今目前にしている問題は、根元から違うのだ。
強い人間と、ただただ闘いたい。殺し合いがしたい。
そうすることで、何が得られるのか俺にはわからない。
ただ一つだけわかることがあるとすれば、はらわたが煮えくり返りそうな怒りが込み上げてくるという、それだけだ。
強い者はより強くあらんとし、弱い者はその努力や想いを踏み躙られて省みられることがない。
そんな故郷にうんざりして、この島まで逃げてきたというのに、またコレか。
「そうだったよな、叔父さん……俺たちは生まれついての出来損ないだ。鍛えたって、工夫したって、逃げたって、どこまでも弱いってことは変わりねー。でも」
弱いから死ぬ、弱いから取り残される、弱いから失う。
そんな自然の摂理を不自然に捻じ曲げる術が、意地が、今ここにいる俺の全てだ。
「【回収屋】として依頼されたからには、俺は絶対自分より強い奴だって、救援けなきゃいけねーんだよ」
外套の裏ポケットに入れている、法珠を左手に握る。
後ろ腰に差している、多目的ナイフを右手で抜く。
弱者が何をしようと、決闘に夢中な戦士たちはお構いなしだ。
深く息を吸って、俺はナイフの刃を左手首に押し付け、力任せに引いた。
血飛沫が舞い、気流操作魔法に依って文字通りの血風が二人の戦士たちに向かって吹き込んだ。
「ぐ……!?」
「……ッ!」
二人の戦士の動きが止まる。
砕けた石や床に霜が走る。
俺の手首から迸る血は、風に運ばれたある地点から凍結し、床に赤い石のようになって散らばってゆく。
「頭ァ……冷えたか? 野蛮人ども」
あらゆる生物は魔力を持って生きている。
なぜならば、他の生物の魔力汚染に抗体を持つためだ。
この世界には、どうやら魔力を主体として生きている目には見えないほどの小さな生き物がたくさんいるらしく、そいつらから身を守るためにこそ、本来魔力は肉体の中でのみ循環するものなのだ。
だから、弱者の俺がどれだけ血を振り絞ろうと、直接生物を熱したり冷やしたりはできない。
だが大気は違う。
大気ごと冷やしたり熱したりはできる。
俺の魔力を含む血液を物理世界に放射することで、自身の魔力を本来以上の効率で運用できる技術――流血魔術を使った場合、相応の代償を支払った場合。
極低温の大気を広範囲に広げて呼吸もままならず、皮膚に凍傷を起こさせ、俺自身の血を辺り一帯に撒き散らすことだってできる。
「まだ……動けるんだろ? 本気出しゃーよォ……。でも、そうしたら、今度は首だ」
俺は右手に握ったままのナイフを、血の滴る刃を、自分自身の喉に押し当てた。
「俺の血が凍結して散らばっている……それ以上闘るつもりなら、俺の血を一気に水蒸気爆破させる」
二人の戦士の目が驚愕で丸くなった。
いい気味だ。
「もう一度言う。決闘なら、お日様の下でやれ。やましいから迷宮でやってんだろーが。そんなにみんなの目が……俺たちみてーな弱者の目が怖いってーんなら、お前ら二人は全然強くねー。ただの、粋がった、クズだ」
粋がっているのはどっちだと言わんばかりに、視界が狭まってきた。
いかん、意識が朦朧としてきた。血と魔力を消耗しすぎている。だが、ここで気を失ったら交渉が成立しない。
魔力限界をごまかすために、俺はズゥクジャーン師の周囲の空気だけ常温状態に戻した。
「帰るぞ師匠。弟子が待ってる」
「鱗人ノ……誇リ……ハ……」
「いい加減にしろ変温動物。ここで三人仲良く……自爆で無様に死にたいか? アンタの心配をしてバカな依頼をしてきた弟子のこと……考えろよ」
鱗人ならそれでも、持ち前の頑丈さで生き伸びられるかもしれない。
だが、平人は死ぬ。それで鱗人の戦士の誇りとやらが保てるほど面の皮が厚いなら……まぁ俺たち二人の命はその程度の価値だった、というだけだろう。
ズゥクジャーン師は目を閉じ、目の前にいる東方衣装の男に頭を下げた。
「……魔法使いノ若人の、勝ちダ。この勝負、イズレまた、日の下デ」
「あ……嗚呼……」
待ってくれと、まるで置いてけぼりにされる子供のように東方衣装の男は満足に動かないであろう腕を、ズゥクジャーン師に向ける。
鱗人の戦士の足は止まらず、俺の方に向かって歩いてくる。奴から見れば背中を見せる形だ。
「若人ヨ、担ぐゾ。お主モ限界ノはずダ」
「■■■■■!!」
俺には理解できない母国語で、東方衣装の男は何か叫んだ。
睨んでいるのは、目を合わせているのは、鱗人の戦士の背中ではなく、徐々に暗くなっていく俺の視界と、合わさっている。
「手前、殺」
勝手に目が閉じていく中で、それだけが聴こえた。
俺はかろうじて動く右手で、中指を立ててやった。
やれるもんならやってみやがれ。
自分の肉体から離れても、出血した時間と距離と現在の余剰魔力量なら俺にはできる。
「走れ」
絞り出した声でズゥクジャーン師に伝えるのとほぼ同時に、脳内で組み上げた魔法式を霊脈に流し、物理世界に展開。起動。
凍結していた俺の血が一瞬で気化するまで温度を上げられ、水蒸気爆発を起こした。
爆音はもう、聞こえなかった。
ただ振動だけを感じ、俺の意識は閉じた。




