第二話 5:魔法使いと戦士たち
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両手に銃把杖を握り、照準を定めた俺は霊脈を高活性化させ街一区画以上を覆う広範囲に魔法式を展開させた。
即座に式に則った気流魔法を起動。突風が砂煙に覆われた【石の広間】を吹き抜け、床も岩もボロボロに砕かれた戦場を露わにする。
「そこまでだ。迷宮内と言えど、冒険者同士の私闘、殺人は犯罪だ。今すぐ武器を降ろして止めろ。そうすりゃギルドにチクらないでいてやる」
調整された気流魔法は俺の声を戦場全域に届けているはずだ。
熱源観測魔法で位置を把握していた二人の人物が、尖塔状の石柱に立つ俺に視線を投げかけてくる。
一人は酒樽を二つほど纏めたほどの太い胴体に、平人の一般男性を余裕で見下ろせる巨躯を鱗で覆った、蜥蜴頭の人間。
もう一人は鍛え上げた肉体をゆったりとした東方の衣装で包む、毛髪を一本残らず剃り上げた若い平人の男。
蜥蜴頭の方はグラームの師匠である鱗人だというのは一目瞭然だからいいとして、もう一人の交戦相手である平人の男は片手に【ト】の形をした杖だかなんだかよくわからない武器を握っており――
パァンッ!
という何かが弾ける音が俺の前で響き、思考を中断させ、砂粒や石の欠片が俺の身体を襲った。
聴覚強化魔法を兼用している俺の耳に、平人の男の舌打ちが聞こえてきた。
「此、決闘。手出、無用」
「オ若いノ。そちらノ平人の戦士ノ言う通りダ。ズゥクジャーンも先ほドのヨウに、いつまでモお主ヲ庇エるわけデはナイ」
心臓が縮こまるとは、正にこのことだった。
どうやら東方衣装の男は俺に向かって石礫を指弾によって放っていたらしい。
それを読んでいた鱗人――今名乗ったとおりやはりズゥクジャーン師が、石礫に命中するよう投石をして、俺を守ってくれたというわけだ。
戦闘の次元が違いすぎる。
俺は今にも自分が頭を撃ち抜かれて死んでしまうかもしれないという恐怖を抑え、足元に張りつけた札に意識を割きながら、精一杯粋がった声を出してみせる。
「なァにが決闘だ馬鹿馬鹿しい。そういうのはな、お日様の明るい所で大勢に見られて認められてやるもんなんだよ。こそこそ隠れて石の投げ合いしているお前らはな、山猿の縄張り争いと何が違うってんだよ!」
「手前、先、殺」
石礫がまたもや目の前で弾ける衝撃が響いたが、俺はそれに構わず上空高くにジャンプしていた。
瞬間移動の如く石柱の上まで直走してきた東方衣装の男の持つ杖の一撃が空振りする。
俺は【石の広間】の天井を高熱で融解し、即座に手で触れる温度にまで下げて取っ手を作り、天井に張りついた。
そして苦悶に表情を歪め脂汗をかく東方衣装の男を見下ろす。
「挑発に乗って、あっさり罠にかかる。どうやら頭に蛆が湧いているらしいな。俺が今から滅菌処理してやろうか?」
ドロテアさん、ありがとう。貴女の法式札で罠を仕掛けていなければ俺は今頃死んでいます。
彼女も熱量操作系の属性を得意としている法式札職人だ。一定の範囲内の空気を瞬時に超高熱へと引き上げる札を作ることくらいは本当に朝飯前だった。
一度に行使できる魔法の数も、それを維持する魔力も限界がある。だが、あらかじめドロテアさんの魔力を込めて造られた法式札なら、消耗抑制したまま罠を張ることが可能だ。
俺は左親指の付け根の皮膚に噛みつき、食い破った。血が滴り、銃把杖に伝っていく。
「今なら殺さないでいてやる。通報もまぁ、今から退けば間に合うだろう。おらどうしたハゲ頭。さっさと答えろ。ああ、それとも頭の蛆が湯立って声も出ませんかぁ?」
血に塗れた銃把杖の先端を、東方衣装の男に向ける。奴は腰を据えて足に力を入れているようだが、動けない。
そもそも、ドロテアさんが造ったこの法式札は正に足止め用の床設置を想定しており、複数の魔法を順次起動させる彼女の天才的な腕前で打たれた式なのだ。
この札は貼られた床をまず融解させるほどの高熱を発生させつつ、その余剰熱を使って一定範囲内の空気もタンパク質が凝固するほどの高熱に引き上げる。
そして、気温上昇の式に移行する頃には融解させた床を固形化させるまで低温に引き下げることで、生乾きのコンクリートに足を突っ込んでそのまま固まって動けないのと同じ状況下に相手を落としこむ。
俺一人でもできなくはない罠だが、融解、凝固、超高温の気熱状態維持は著しく魔力を食う。ましてや魔法式展開を見られて反応されたらお終いなので、やはり法式札の設置式罠として使うのが望ましい運用だろう。
無対策の平人なら数十秒で蒸し殺されるほどの超高温だというのに、東方衣装の男は俺を睨め上げたまま足を引き抜こうとまだ踏ん張っている。
だが、それも無駄だというのは相手もわかっているだろう。俺が銃把杖に血を伝わせたのは、自分自身の血は魔力と式を自由に込めやすい媒介だからだ。多くの魔法使いにとって、流血魔術は最強威力の切り札と同義なのだ。
「あと五つ数える前に退くと言え。さもなきゃ、わかっているな?」
屈辱か怒りか、俺に憎悪を込めた視線を投げつけて来る東方衣装の男に俺は最終勧告を行う。
「五、四、さ……え?」
俺は数を数えるのもやめて、目の前で起きている事実を受け入れられず、呆然としてしまった。
音すらしなかった。ただ、東方衣装の男が張りつけにされた石柱が傾いでいっているのだ。
真下を見れば、石柱の根元近くに拳を撃ち込んだ鱗人の戦士――俺の救援依頼対象人物であるズゥクジャーン師が、流れるような動きで身体を回転させて回し蹴りを追撃として放った。
石柱が、ポッキリと折れて、余りの威力のために浮いた。
そして、落ちた。
「手出シ無用ト、そちラの平人の子ハ言ったはずダ、魔法使いノ若人ヨ」
ズゥクジャーン師は俺の顔を見ることすらなく、そう言ってのけた。
一方で東方衣装の男は、札が発する高熱は直上方向に設定されているためか、柱が傾いている内に自分の足を固定する石柱の床に拳を撃ち込んで破壊し、落下の衝撃からは免れ、今は肩で荒い息をしている。
そもそも、その程度の負傷しか負っていないこと自体が不自然なのだが、簡単な原理だ。
俺と同じく、この東方衣装の男も肉体強化魔法を使っている。より正確に言えば、肉体のタンパク質が凝固するという現象そのものを無かったことにする治癒魔法と肉体強化魔法の併用をして踏ん張っていたのだ。
当然、熱量操作に特化した俺にこんな芸当はできない。だが、己の肉体はもっともこの世の法則を捻じ曲げやすい空間なので、自分が魔法を使っていると自覚していない肉体強化魔法属性の魔法使いは、世界には案外とゴロゴロ転がっている現実がある。
だから、問題はそこではない。
「ズゥクジャーン師! 俺はあなたの弟子に依頼されて、あなたを救援に来た【回収屋】だ。あなたも救援が来ることを理解していて、時間稼ぎに徹していたんじゃないのか」
「ソウか。あの子たちハ、ズゥクジャーンをそれホドニ、心配してクレていたノカ」
「弱。群。糞」
調子が戻ってきたのか、東方衣装の男は唇を吊り上げて右は貫手、左はト形状の杖を盾のようにして構えてたどたどしい訛りのきつい言葉を連ねる。
「鱗人強。尊。故、我、死合!」
「応!」
あろうことか、鱗人の戦士は東方衣装の男と真正面から殴り合いを始めた。
意義も理由も俺には全く分からないし、あまりにも動きが速すぎて目が追いつかない。
正確には殴り合いというより、互いの攻撃を鱗人は鱗の装甲で弾き、平人は杖を盾にして捌いているということだけはかろうじて理解できた。
鱗人の鱗は凝固させると大砲すら弾くという。そのため、鱗が柔らかい関節部分や腹部でなければ致命傷を与えられない。そのくせ体力も筋力も体格もあらゆるものに生まれつき恵まれた人種なのだ。地上最強の人種という肩書きは嘘偽りも誇張もない。
そんな化け物相手に、俺と同じ平人が拮抗して肉弾戦をしている。
これ以上の至福はないという、獰猛な笑みを浮かべながら。
いや、それは鱗人の戦士であるズゥクジャーン師も同じなのだ。
闘いを、心底楽しんでいる。




