第二話 3:石の広間
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大迷宮への入り口は、広く広く開かれた石造りの下り階段である。
発見当時はこのような状態ではなかったそうだが、多くの冒険者が訪れるようになった現在では階段下の大廊下に二十重の隔壁扉が設けられ、それらを越えてからが迷宮への『本当の入り口』と言える。
俺は階段を下りなかった。グラームを抱きつかせ、入り口でジャンプすると気流操作魔法を発動させて廊下まで一気に自由落下する。
床の手前で降下速度を和らげるよう気流操作し、軟着地。再び強く床を蹴ると同時に長い水平跳躍を繰り返し、直線の廊下を一気に駆け抜ける。
「ハゲタカさん、こ、これって……?」
「熱量操作で気流に乗ってジャンプ距離稼いでいるだけだよ。熱量魔法の初歩」
「ま、魔法って、杖も持ってないのに? 法珠は?」
「杖と法珠に頼らなけりゃ何もできない魔法使いってのは、魔法に使われているだけだ」
あらかじめ特定の魔法式を封入した法珠に魔力を込め、法珠を嵌め込んだ魔法杖を銃身として法式を加速射出させ、指向性を持たせた特定の魔法を射撃する。
これがツェズリ島で認識されている【魔法使い】の一般的なスタイルだ。ツェズリ島から大陸に出てしまえば、そもそも法珠や杖を製造する技術や材料が無いので、魔法使いなどほとんど見ることはない。
発動原理も知らず、ただ生まれ持った魔力量の多さだけにモノを言わせて道具を振り回す――いや振り回されているだけの輩は、ある意味では哀れですらある。俺から見れば、ただ生きている魔力貯蔵倉に過ぎない。
魔法とは、この世界の法則に多少干渉して自然に起こることを不自然に起こすことが基礎だ。あとは実践でいかに応用できるかの発想力がモノを言う。
少なくとも、俺に魔法を教えてくれた叔父はそう言っていた。
師匠救出、などという依頼のせいで久しく忘れていた自分の師のことを思い出してしまった。今は入り口だからまだいいが、ここから先は感傷に浸れば死神にお呼ばれされる迷宮、それも遺跡の中心と目されている大迷宮だ。仕事のことだけを考えなければいけない。
「さて、こっから先はグラームの仕事だ。お前の師匠はどこにいる?」
廊下を抜けた先は、広く、明るく、そして殺風景だった。
石の床。石の壁。石の天井。人工加工されたことが明らかな、柱のように削られた石、真球石、四角推の石、とにかく石、石、石。
大迷宮一階、通称【石の広間】。明りなどどこにも無いというのに何故か壁や天井が仄かに光っているせいで廊下などよりずっと明るく、有機物など見当たらないのに何故か石の隙間を抜けて失踪していく牙の尖ったネズミがうろついていたりする、不自然極まりない光景である。
これが地獄の釜の蓋ですらなく、地獄の釜を置いている厨房の入り口程度でしかないのだから、遺失文明の遺跡である大迷宮の深奥を物語っている。
俺は自然を不自然に捻じ曲げる魔法使いではある。だがこの迷宮は、ツェズリ島という遺跡群は不自然そのものなのだ。
そんな環境でも、俺たちが頼れるのは自ら生まれ持った力と、鍛えた技術だけである。
「くんくん……ボクたちを逃がしてくれた位置から、移動しています」
「地図の座標で特定できるか?」
「そんなのできるわけありませんよ!?」
「ヒヨコの【探知役】なら仕方ねーか。どこの方向から師匠の匂いがするかくらい、わかるだろ。そっちに向かって、跳ぶ」
鼻をひくつかせたグラームは、恐る恐るといった身振りで2時40分あたりの位置を肉球と爪が付いた指で示した。
本来なら足手まといになるはずの、新米冒険者であるグラームを連れてきたのはこれだけが理由だ。
吠人は人間の中でも、もっとも鼻が利く人種だ。平人の俺が魔法強化した嗅覚よりもなお精度が高く、彼らは目よりも鼻でモノを見聞きしていると聞く。
そんな彼が、救出してほしいとしている師匠の匂いを知っていて、現場から逃げ出してきたばかりなのだ。案内役としては最高である。
……本当なら、救援対象の人物と足手まといの新米冒険者を二人も守りきれる自信は、俺にはない。だが救援対象が鱗人の戦士なら、今頃襲ってきた相手を返り討ちにして一服しているだけだろう。
不測の事態が起きていなければ、だが。
ギルドから出て行く前に、グラームに確認したのはコレに尽きる。迷宮では何が起こってもおかしくない。鱗人の戦士を倒せるような化け物なんて、絶対にお会いしたくないが。
「ああん? ハゲタカてめーさっきお迎えの仕事やってきたばっかじゃねーか。まだ喰い足りねーってのか」
抜き身の大剣を肩に担いだ平人の剣士が、石の陰から顔を出してくるなりガラの悪い口調で話しかけてきた。見たことのある顔で、後ろには新米と思しきどこか怯えた表情の平人が俺を不審な目で見つめている。
熱源観測魔法で体温を見る限り、平熱だ。新米のお守りの仕事をしているのだろう。こいつは最高記録で中層まで潜った経験のある、中堅冒険者だ。一階のお散歩くらいでは本気を出す必要もない、ということだろう。
俺は相手が嫌悪感丸出しにしているのも気にせず、情報を求めた。
「俺も見ての通り、ヒヨコのお守りでね。救援依頼で引き返してきたんだよ。で、お前さん人間と戦っている鱗人を見かけなかったか?」
「あっちの方で石砕きまくって派手に戦っている土埃と音だけは確認して、慌てて引き返してきたんだよ。ったく、ヒヨコのお守りもまともにできゃしねー。その鱗人見つけたら、詫び料貰わねーとな」
「お前の行きつけの酒場に今度『ハゲタカからの奢り』って言っておけ。情報料替わりにビール一杯くらいは後で立て替えておいてやるよ」
「なんで行きつけの酒場ァ言わんでも知ってンだよ気ッ色悪ィ蛆虫が」
粗暴な口振りの割に、俺が情報通だと承知しているあたり、こいつは見た目より知恵が回り実力を隠している可能性があるな、と再確認した。
どこの誰がどれほど価値のある装備を所持しているか、誰がどのような探索計画を建てているか、それによって未帰還となる可能性があるかなど、回収屋は事前に情報を仕入れておけばおくほど、効率の良い仕事がやりやすい。
調子づいた中堅は新米を見下しがちなのにお守りをしているのも含めて、長生きしそうな奴である。新米がもし長じた時、恩を売ったという貸しがある分色々と融通を利かせられるからだ。
敵に回すと厄介な奴だ。味方にもしたくないが。
「ま、あんがとさん。じゃあこっちは急ぐんで、失礼」
「次顔ァ見せたらたたっ斬るからな」
暖かい言葉を背に受けて、俺たちはグラームと剣士の指差した方向に向かって真っ直ぐ飛び跳ねた。




