第二話 2:最強の戦士を救援せよ
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「ハゲタカさん……? ハゲタカさんですか!?」
「はい、遺失物回収事務所のハゲタカです。お名前をお聞きしても?」
振り向いた俺は即座に営業口調と笑顔を浮かべて声をかけてきた人間を見た。
垂れ耳の犬のような顔に、全身を被毛で覆われた――吠人の少年だ。俺と同じく軽装で、目立つ装備は頭の上に乗せた吠人用のゴーグルくらいである。
熱源観測魔法で見る限り、温度の高い吐気が突き出した口の間から漏れている。やってきた方向も迷宮への入り口なので、どうやら大迷宮から全力疾走してギルドに戻ってきたといったところか。
「ボクは吠人の探知役やっているグラームっていいます。良かったぁ! 今からハゲタカさん所の事務所行こうとしてたとこなんですよ! 仲間を助けてください!」
吠人の声はよく通る。耳が痛くて表情を歪めてしまったのを、俺は別の意味として見せることにした。
「申し訳ありませんが、我が事務所は遺失物回収業者でございます。仲間の救助であれば、専門の業者に依頼する方がお互いにとって良い結果となりましょう」
「でも一級狩人のアトラさんが『ハゲタカは人命救助もやってくれる』って教えてくれて……」
「あンの阿呆……!」
思わず俺は素の口調で腐れ縁の知人を罵ってしまった。
魔物を狩り売り捌く生業【狩人】の男と組んでいた時期はそれなりに長かった。俺は独立して【回収屋】になる道を選んだが、奴はそのまま【狩人】の頂点にまで登りつめてしまい、今やツェズリ島有数の冒険者の一人である。
肩書きだけは立派なバカなので、まだ少年と言っても良い冒険者があのバカの言葉を信じるのも罪はない。
俺は怒りに震える表情筋を無理矢理笑顔にして、説得を試みる。
「……良い業者を仲介致しますが?」
「そんな、【黒い森】の時にはあんなに親切にしてくれたじゃないですか! ハゲタカさんはいい奴だって、あのアトラさんも言ってましたよ!」
「ああ……くそっ、お前、あの時チキンサンドと珈琲譲ってやった連中の一人か?」
リーダーの狼面の少年ばかりが印象に残っていて、他の二人は完全に忘れていた。
垂れ耳の少年吠人は涙目になって、俺に縋りついてくる。
「はい! あれから訓練も終わって師匠たちと一緒に大迷宮に潜ったんですが、他の冒険者に襲われて……師匠は殿をして、ボクたちを逃がしてくれました。ならすぐに師匠を助けられる人間を呼ぶのが、探知役たるボクの役目です!」
横で俺たちの話を聞いていた受付嬢が視線をこちらに向ける。
当然だ。冒険者同士が迷宮で殺し合いを行っていることはギルド側も承知はしている。だが建前上、認めていない犯罪行為であるとしている。
生き残りがこうして残された仲間の救援を求めに来た以上、襲撃してきた冒険者を取り締まるのもギルドの仕事だ。
「他の仲間は?」
「怪我をしたので医療室に。探知役のボクは戦うのが苦手だから、逃げてばかりで無傷ですが……」
「師匠が逃がしてくれて、自分たちの力量を越えた状況だと理解して救援に頼ることを選んだんだ。百点満点だよ。頼む業者間違っているせいで五十点引かせてもらうがな」
俺はもう完全に客に対する営業口調ではなく、先輩冒険者としての口調になっていた。
しかし、口では救援を拒否しているが、冷静に頭を回転させれば専門業者に依頼する方が良いとは絶対に言い切れない状況であることも理解はしている。
俺は機動力と運搬力に長けた回収屋だ。一方でこのグラームという少年は探知役で、吠人の嗅覚を生かして事前に危険を察知したり、斥候として仲間を安全なルートに導くのが役割である。
つまり、救援役の即興コンビとしてはかなり悪くない。俺は医療に関しては応急処置くらいしかできないが、危険な迷宮内で確実に緊急治療をするなど専門家がいたとしても理想論に過ぎない。
それに、新米と嫌われ者の回収屋だけで救援に向かえば、襲撃した冒険者は俺たちも殺そうとするはずだ。
救援専門業者はその点、敵に回すか否か相手が迷う可能性が、交渉の余地が――不確定要素が生じてしまう。
絶対に相手は自分たちを殺しにかかってくる、というのは物騒な事実だが、相手の行動を予測できるという点ではある意味では有利に状況を運ばせられる材料にも成り得るのだ。
とにかく情報だ。
少し屈んでグラームと視線の高さを合わせ、質問を始める。
「お前の師匠一人を救援するって依頼か?」
「はい」
「師匠の人種と肩書は?」
「鱗人の戦士だと……」
「なんだ……お前ズゥクジャーン師の弟子か」
焦っているグラームには悪いが、俺はあっという間に冷静になってしまった。横で受付嬢の表情も緊張が解けてしまっている。いやアンタはちゃんと仕事しろよ日常茶飯事とはいえ一応生死が関わっている犯罪行為なんだぞ。
鱗人は間違いなく地上最強の人種だ。年齢や経験に応じてピンキリだが、少年戦士たった一人ですら平人の軍隊一個小隊から中隊並みに強いと聞く。
その伝説の数々は誇張されているとしか思えないほど荒唐無稽に尽き、いわくたった一人の鱗人の戦士が砦を落とした、いわく魔法帝国の子爵を一騎討ちで膝をつかせた、いわく深層に潜って一年以上未帰還だったので死んでいたと思いきや修行しているだけだった、いわく手足や尻尾がちぎれてもくっつけ直す医療技術を持っているなど。
困ったことに、俺はこれらの話全ての裏を取って真実だと知っている。鱗人の戦士を殺そうというのなら、中層以降の魔物が複数いなければ無利な話だろう。
ましてや人間同士で殺し合いになれば、鱗人が負けるはずない。
「ハゲタカさんは師匠をご存知なんですか?」
「積極的に新米を育てている鱗人の戦士の冒険者と言えば、ズゥクジャーン師で間違いないからな。会ったことはないけど、いい意味で超有名人だよ。お前らもその内兄弟子姉弟子の多さにびっくりするだろうぜ」
ズゥクジャーン師は俺みたいなクズですら尊称する人格者だ。見込みのある新米冒険者を守り、実力をつけるまで適切な指導を無料でやっており、彼だか彼女だかのおかげで芽吹いた強豪冒険者も多い。
そのくせ面倒を見た弟子たちで派閥や組織というものを作らないため、キナ臭い事態にならないよう気を遣っている所がある。
どうせ頭に殻を被った新米冒険者たちの遠足の引率で、たまたま予想外の危険事態になったので、彼らの師匠は殿をしたというより、単に足手まといを逃がしただけに過ぎないのだろう。
「新米さんは不安なんですよ、ハゲタカさん。とにかく付き合ってあげてはいかがですか?」
受付嬢は遂に口を挟んできた。一応ギルド職員としての務めは果たしているポーズは取っているのだが「冒険者同士の問題は冒険者同士で片付けろ」というギルドの基本姿勢が如実に出た対応で腹が立つ。
そのうえ、彼女は俺の顔を見ずにグラームの垂れ耳を愛おしそうに見つめている。この女単にグラームが可愛いだけじゃないのか。
俺はため息をついた。観念、あるいは迷うよりは行動が正しい状況だろう。背嚢をいったん降ろして、中から一枚の書類を出して受付嬢に突き付ける。
「依頼受諾の書類になります。医療室で治療中のグラームの仲間に渡して、状況説明と回収屋のハゲタカに救援を依頼した旨を説明して、サインだけでもさせておいてください」
「素直に最初からこうしていれば、もう少し親しまれると思うんですけどねー」
相手が女じゃなかったらぶん殴るか極小規模の水蒸気爆発を目の前で起こして脅かしてやるところだ。
だが動くと決めた以上、もうこんなやる気の無い受付嬢の相手をしている時間すら惜しい。背嚢を背負い直してしっかりと固定し、グラームを見下ろした。
「余計なお世話っすよ。行くぞグラーム。悪いけどもう俺は一仕事して魔力量も物資も半端で余裕が無い。不測で最悪の事態が起きた場合、遺留品の回収を優先、何よりお前自身の命を優先して俺は行動する。いいな?」
「は、はい! ありがとうございます!」
「いい返事だ。お前、冒険者より向いている職業がたくさんあるはずだぜ」
このツェズリ島は次から次へと移住してきた人間が迷宮で死んでいく、消費によって経済が潤滑に回る素敵で最悪な島だ。
先日のドロテアさんといい、せっかく豊かで希少な才能を持つ善人がこんな馬鹿げた島で屍になろうとするのはなぜなのか。
俺は腐肉喰らいのハゲタカだ。食い物にするのは腐った奴だけでいい。




