第一話 黒い森に火を灯す
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昼なお暗い森の中では、文明の明かりはか細すぎる。
投射方向に指向性を持たせた熱源魔法カンテラは、荷馬車並の直径を誇る大木を映し出すがその向こうに落ちる影は濃く深い。
明かりをぐるりと巡らせると周りはそんな木々ばかりで、枝葉の色もいやに暗く明かりという明かりを呑みこまれていくような錯覚を覚える。
カンテラの光が一瞬明かりを反射したかと思うと「ホウ」と不気味な鳴き声が聞こえた。熱源魔法により存在は既に探知していたが、この森に住まう固有種のフクロウだろう。常に暗いここでは、夜行性のはずの生き物が日がな一日中活発に生活している。
見上げれば日差しの欠片も見出せないほどに木々の葉が天を覆い尽くしている。一体どれほどこの森の木々は高いのか。
『木登り』に挑戦した記録はあるが、そこらへんの山々を優に越える樹長の前にどの冒険者も断念するか、未帰還となっており未だ不明である。
遺跡に挑む以上、未帰還者が出るのは致し方ない。この【黒い森】に限らずどの遺跡も人間の生存を拒む過酷な環境だ。まして、調査よりも名誉、探索よりも財宝を優先して突き進めば、自ずと生きている人間より死神と仲良くなれるという寸法である。
そこまで考えて思考を打ち切った。件の未帰還者を探すためにカンテラで周りを照らす俺自身が、まるでお迎えに上がってきた死神のように感じられたからだ。
森に入ってから常時発動し続けている熱源探査魔法と明かりで照らした視覚情報を含めても、このあたりの地表に人工物らしきものが落ちている様子は無かった。
鼻をひくつかせて、湿った土の匂いが強い空気を嗅ぐ。嗅覚強化魔法を発動させ、本来の嗅覚感知範囲を越えた情報を取り込む。
人間の脳では処理しきれない感覚情報をどう翻訳して受け取るかは魔法使い各個人のセンスに委ねられるが、俺の場合は数式を鼻腔で読み取っているような感覚になる。
やはり地表では、依頼対象の匂いが感じられない。木を昇って『上』に行かなければならない。元より依頼対象は下層から中層あたりで仕事をする、という話をしてから未帰還となったので地表で見つかる方がおかしいのではあるが、そこはそれ、重力に従って落ちてしまった可能性を先に確認しておいたのだ。
この【ギャリコの黒い森】は上に行けば行くほど原住生物の危険性が上がるので、できれば地表で済ませられる仕事は済ませたかった。だが仕事を請けた以上、手ぶらで帰れば【回収屋】の名が廃る。商売上がったりというやつだ。
ここからが仕事本番と少し息を吸い、吐くと、俺は熱流魔法を起動させて手近な枝へと跳んだ。