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萩野谷雪花観察日誌  作者: サツキヒスイ
6/7

4月27日

 4月27日——


 今更だが、友だちと一緒にどこかへ出かけるというのは、高校生になってからははじめてだ。

 このあと萩野谷さんと会えると思うと、昨日までの疲れが吹き飛んでしまった。

 身だしなみ、よし。

 お財布、よし。

 スマホ、よし。

 その他諸々、よし。

 指さし確認なんてやったことないが、今日だけは特別。

 こんな大事な日に忘れ物なんてしたくない。

 準備万端。

 時間まで少し早いが、わたしは待ちきれなくて家を出た。

 足取り軽く駅前の待ち合わせ場所に着いたが、10時まであと30分もある。

 わたし、浮かれてるなあ。

 それはそうと、昨日、一昨日の萩野谷さんの態度を思い返して、『ひょっとしたら』と思い辺りを見回す。

 やっぱり、というか萩野谷さんはすでに来ていて、スマホとにらめっこしていた。

 こっそり後ろから近づいて脅かしてみようと思ったが、はじめてのお出かけでそれをやると顰蹙ひんしゅくを買いそうなので思い止まる。

「萩野谷さん、おはよう」

 普通に近づいて挨拶する。

「おはようございます、吉岡さん」

 萩野谷さんも相変わらず丁寧に挨拶を返してくれた。

「早く来すぎちゃったって思ってたのに、萩野谷さんも早いんだね」

「今日が楽しみで、あまり眠れませんでした」

 恥ずかしそうに微笑む萩野谷さんを見て、また胸がキュンとしてしまう。

 今日一日保つだろうか……

「とりあえず、喫茶店でも行こうか。まだお店も開いてないし」

「はい、お任せします」

 近くの喫茶店で飲み物を注文し、例によってまた本の話題で盛り上がる。

 わたしもそこまで話すことは得意ではないが、話題に事欠かないのは本当に助かった。

 わたしの話を聞きながら相づちを打つ萩野谷さんも、わたしに自分の好きな本を布教しようとする萩野谷さんも可愛い。

 そして、何より声色に心惹かれる。

 結局、時間を軽く潰すだけのつもりが、1時間くらい居座ってしまった。

 喫茶店を出たあと、昨日立てたプランを思い返しながら、駅ビルの中のお店を見て回る。

 本に詳しい萩野谷さんだが、服のチョイスやお化粧についてもよく知っていて、話を聞いているだけでもためになる。

 わたしはオシャレに疎いので、これを機にもう少し垢抜けた感じにしたい。

 萩野谷さんに手取り足取り教えてもらうことを想像したら、また顔がニヤついてしまう。

 自分の表情を修正しながら午前中はショッピングで過ごし、昼食を食べることにした。


 レストランでもおしゃべりしながらゆっくりしたあと、駅から少し離れた公園に向かう。

 食後の運動にはもってこいの距離で、きつかったお腹も気持ち引っ込んだようだ。

 歩く姿勢も綺麗な萩野谷さんだったか、午前と比べて様子がおかしい気がする。

 落ち着きがないというか、考えごとをしているというか、普段の沈着冷静さがない。

 わたしと一緒だから、などとうぬぼれるつもりもない。

 午前中は確かに変わりなかったのだから。

 公園に着いたあと、遊歩道を散策する。

 桜は散ってしまったが、新緑がまぶしい季節。

 青々とした葉っぱたちが作る酸素のおかげで、どこか空気がおいしく感じる、気がする。

 公園にはわたしたち以外に、カップル、家族連れ、同世代のグループがいて、それなりに人が集まっていた。

 けれど、街の喧騒とは違う、どこか穏やかな賑やかさ。

 そんな中で空いていたベンチに座り、さっき食べた昼食の感想、午前見て回ったお店のことなどを話す。

「……」

(萩野谷さん……)

 不意に会話が途切れ、萩野谷さんが沈痛な面持ちになる。

 先程から様子がおかしいのと関係があるのだろうか。

 それとも、わたしから思い切って聞いてみようか。

 今の関係を壊したくないと思うと、どうしても踏み込んだことが聞けない。

 なかなか決心がつかず悩んでいると、先に萩野谷さんの方から話しかけてきた。

「吉岡さん」

「は、はい」

 萩野谷さんの表情は、どこか悲壮に満ちていた。

 つらいけれどしなくちゃいけない、そんな顔。

「聞いてほしい話があるの。私が……ずっと人を避けてた理由」

「わたしが、聞いていいの?」

「つまらない話だけど……私、吉岡さんともっと仲よくなりたいから、このことは話しておかないとって思うの」

 今から話す内容が『つまらない』なんてことはない。

 萩野谷さんの顔を見ればどれだけ重大なことかは察しがつく。

 わたしは居住まいを正し、萩野谷さんの話に耳を傾ける。

「中学のときにね、すごく仲がいい子がいたの。私とは趣味が違うけど、活発でクラスの皆に好かれてて。けど、一日中私とベッタリしてた。学校に行くときも帰るときも一緒で」

 そんな子が萩野谷さんの傍にいたんだと思うと胸が痛む。

「高校も一緒のところに行こうって約束してた。私は本を読むのが好きでもっと国語や英語の勉強したかった。彼女は国体に出てみたいって。走るのが得意な子でね。志望校は迷わなかった。私もその子も模試の結果ではほぼ合格間違いなし。先生だって太鼓判を押してくれた。なのに……」

 萩野谷さんの目から涙が一筋零れる。

「私だけ合格して……その子は不合格。滑り止めは受けてるから、高校へは進学したと思う。だけど、互いに合否のことを話し合ってそれっきり。会うことはもちろん、電話も繋がらない。卒業式にも来なかった」

 思い出すだけでもつらいだろうに、萩野谷さんは話を続ける。

「彼女と別々の高校になるのは悲しかった。けど、会うことはできたはずなのに……それ以来、彼女がどうしてるか、私は一切知らない。こんな……こんなことになるなんて……」

 他人との繋がりを持つのを止めようと思うには十分過ぎる理由。

 萩野谷さんがどれだけその子のことを想っていたか、涙を流しながら話す姿を見ればわかる。

 そんな別れ方をしたら、わたしだって人間不信になるだろう。

「どこにでもありそうな話でしょ? 数日塞ぎ込んで……高校生になったら、友だち作るのやめようって結論出したの。だから、吉岡さんにもあんな態度を……本当にごめんなさい」

「ううん、そんなことがあったら仕方ないよ。それに、考え方を変えたから、今こうしてわたしに話してくれてるんでしょ?」

「……」

 萩野谷さんは口を噤む。

「大事なこと、わたしに話してくれてありがとう」

「私の方こそ……ずっと一人で抱え込むのしんどかったから、吉岡さんに聞いてもらえてよかった」

 萩野谷さんが一歩踏み込んできたなら、わたしも——わたしのことも話すべきだ。

 お墓まで持っていこうと思っていたが、萩野谷さんには伝えたい。

 ふーっと息を大きく吐いて決心する。

 つらい記憶だけど、今のわたしがあるのはそのおかげ。

「代わりと言っては何だけど、わたしの話も聞いてくれる? わたしが萩野谷さんに拘った理由」

「聞かせて、吉岡さん。どうしてひどいことをした私を誘ったのか」

「うん」

 もう一度深呼吸をしてゆっくり話し始める。

「わたしも中学のときの話なんだけどさ。一つ上の学年に大好きな先輩がいたの。わたしと歳が大して変わらないのに、大人びてて、美人で、しかも文武両道。絵に描いたような優等生で、男女も学年も問わず人気だった」

 今も時々先輩の顔を思い出す。

「隠れて見てるだけで満足だった。わたしが想いを伝えても迷惑かなって。けど、その先輩が卒業したあと、自分で思ってる以上にロスがつらかった」

 当時のことを思い出すと悲しくて手が震え出す。

 萩野谷さんがそっとわたしの手を握ってくれた。

 萩野谷さんの温もりのおかげで手の震えが収まり、再び口を動かす。

「中学3年のこと、思い出せないの。テストもしたし、体育祭や文化祭、修学旅行にも行ったはずなのに、何一つ。ずっと先輩に告白すればよかったと悔やみ続けながら一年を過ごした。もし、このままだったら、萩野谷さんと同じで高校に行ったら友だち作るの止めようって考えたと思う」

 わたしが話し続けてる間、萩野谷さんはじっとわたしを見つめる。

 笑っているわけでも、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。

 目は慈愛に満ちていているが、表情については言葉にし難い。

「けどね、わたしが卒業間際ってときに、文芸部の後輩たちがパーティーしてくれて。大して部活に熱心だったわけでもないわたしを、あの子たちは盛大に祝ってくれた。『先輩の書いたお話、好きなんです』なんて言い出したりして。もっと早く言えっての」

 三度深呼吸。

「だから決めてたの。高校に行ったら積極的に友だちを作ろうって。ひとりでいるのは寂しいから。まあ……萩野谷さんに拘っていたおかげで他に友だちいないし、萩野谷さんに偉そうに言えるほどの経験でもないんだけど」

「そうなんだ……ありがとう、吉岡さん。私を……あれ?」

 萩野谷さんが首を傾げる。

「自惚れだったら申し訳ないけれど、吉岡さんって私のこと……」

「あはは……」

 あぁ……もう言っちゃったようなもんか……

「はい、一目惚れでした……」

「そう……だったんだ……」

「はじめて会ったときから好きでした。わたしと友だちに、なって下さい」

 萩野谷さんは俯いて考え込む。

 しばらくそうしていたが、おもむろにわたしの首に腕を回し、抱き締めてくれた。

「吉岡さん、お願いがあるの」

「な、何でしょう?」

「私のこと、名前で呼んで」

「いいの?」

「うん」

「雪花……さん」

「呼び捨てでいいよ」

 いきなりだと照れるんだってば。

「……雪花」

「はい。ふふ……私も千夏って呼んでいい?」

「もちろん」

 萩野谷さん——雪花がわたしを抱き締めたまま口元をわたしの耳に寄せる。

「私……千夏のこと大好き」

 突然の告白に全身に衝撃が走った。

 そのあとワンテンポ置いて顔が熱くなってくる。

「ずっと一緒にいたい。別れるの、つらいから。高校卒業しても、ずっと……」

「高校卒業と言わず、大学も、社会人になっても、一緒にいようよ」

「それって……」

「さあ……どう受け取ってもらっても構わないけど……」

「千夏って結構いじわるなんだね」

「えー、そうかなあ。むすっとしてた雪花の方が怖かったけどなあ」

「そ、それを言わないで……」

 困り顔の雪花も可愛かった。


 そのあとも中学の頃どうしてたか、そんな話題で盛り上がった。

 まだ少し胸の痛む話だったけれど、中学のときの雪花のことを知り、自分の中学のときのことを雪花に知ってもらうのは、単純に嬉しかった。

 結局、陽が暮れるまで話し合って、帰りは手を繋いで駅に向かう。

「それじゃ、また明日ね。雪花」

「はい。校門前で待ってる」

「あはは……そこまでしなくていいんだけど……」

「迷惑?」

「まさかそんな……嬉しいけど、その……ね?」

「はっきり言わないとわからないよ」

「あー、もう! 恥ずかしいんだってば!」

「私は平気なんだけどなあ」

 雪花って思ったより厄介な子かも……

 けれど『毒を食らわば皿まで』って言うし、とことん深みにはまるのもいいかも知れない。


 家に帰って夕食を食べたあと、自室に戻ってノートパソコンを立ち上げた。

 毎日つけてた『萩野谷雪花観察日誌』。

 両想いになるために記録として書いていたわけだけど、今日でめでたくその目標は達成。

 さて、このファイル、どうしよう。

 目標を達成したなら削除してしまおうか。

 それとも、わたしと雪花のイチャイチャぶりを今後も書き続けるか。

(うーん……)

 しばらく唸りながら考えた末、ファイルはそのまま取っておくことにした。

 もし、雪花とケンカしたりして自分の気持ちを見失ったら、この日誌を読めばどれだけ彼女を大切に想ってたかすぐ思い出せる。

 できればそうなってほしくはないが、このあとどうなるかなんてわからない。

 たった一日で心変わりすることだってあるのだから。

 約一週間の、濃密な思い出がここに詰まっている。

 何年かして読み返したらおもしろいかも知れない。

 なので、このファイルは大事に取っておこう。

 わたしはノートパソコンの電源を落として閉じた。

 読みかけの本を広げ、読みながら眠くなるのを待つ。

 明日になれば、また雪花に会える。

 そんなことを考えながら。

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