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萩野谷雪花観察日誌  作者: サツキヒスイ
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4月26日

 4月26日——


 土曜の朝。

 眠い目を擦りながら、のたくたと身支度をして学校へ行く。

 寝不足も相まって、疲労が溜まっているのがよくわかった。

 肩は凝ってるし、足の運びも遅い。

 けれど、教室に行けば萩野谷さんに会えるなあ。

 ただ、教室であんまり馴れ馴れしくすると、迷惑かなあ。

 そんなことを考えながら校門まで辿り着くと、目を疑うような光景があった。

「おはようございます、吉岡さん」

 萩野谷さんが校門前で待っていてくれて、わたしに気がつくと手を振って挨拶してくれる。

 特に約束していたわけでもないのに、わたしを待っていてくれたのだろうか。

 嬉しいけれど、昨日のことといい、急激な距離の縮み方に驚きと戸惑いを隠せない。

「お、おはよう。萩野谷さん」

 辛うじて挨拶をしてみる。

 端から見たら、さぞ間抜けな顔をしていただろう。

「ごめんなさい、勝手なことをして……」

「ううん! そんなことない!」

 思わず言葉が上擦る。

「いつもより早く目が覚めて……その……帰りは反対だから、せめて教室まで一緒に、なんて思って……」

 萩野谷さんのデレ期は継続しているようだ。

 健気な言葉にわたしは思わずふらっとしてしまい、足下がよろめいた。

「あぶないっ!」

 萩野谷さんが駆け寄り、わたしの身体を支えてくれる。

「吉岡さん、大丈夫?」

 あぁ……萩野谷さんを心配させるつもりなんてないのに……

 気持ちはそう思っても、わたしを見つめる萩野谷さんと目が合うと、相変わらず心臓の鼓動が速くなる。

 この病気は一生治らないのではないだろうか。

「ごめんね、大丈夫だから」

 しばらく萩野谷さんと触れ合っていたかったが、朝の校門前では目立ちすぎるので、萩野谷さんには離れてもらう。

 深呼吸して手足の感覚を確かめると、特に問題はなかった。

「お騒がせしました。さ、教室行こ」

「はい」

 二人で並んで教室に向かう。

 歩く萩野谷さんを観察すると、まず姿勢のよさが目についた。

 わたしよりも身長が高いし、手足もスラッとしている。

 歩き方はキビキビしていて、猫背気味に歩くわたしと大違い。

 萩野谷さんを見習って、わたしも背筋を伸ばして歩いた。

「昨日はLINEにつき合ってくれて、ありがとう」

「お礼なんて言わないで。わたしだって嬉しかったんだから」

「またつき合ってもらっていい? もっと使えるようになりたくて……」

「もちろん」

 寝不足にならない程度ならいくらでも、という言葉は飲み込んだ。

 教室に入りお互いの席に着く。

 わたしの視界にはいつものように萩野谷さんの後ろ姿が映っている。

 ずっと後ろ姿だけを眺めている日々だったのに、昨日今日だけでどれだけ親しくなれただろう。

 わたしはすでに萩野谷さんと友だちになれたと思っているが、萩野谷さんはどう思ってくれているのかな。

(友だち……と、思ってくれたらいいな……)

 ほどなく授業が始まり、わたしはなるべく授業に集中してみるが、萩野谷さんが目に入る度その集中力は途切れた。


 授業の内容が頭に入ってこないのはヤバいよなあ、なんて思いながら今日は終わった。

 学校は午前までで、午後は皆思い思いに過ごすのだろう。

 わたしもお昼は何を食べようかなと考えながら、帰り支度をしているときだった。

「吉岡さん」

 萩野谷さんが昨日に引き続き声をかけてくれる。

 まさか二日連続で下校時のお誘い!? なんて内心興奮してしまう。

「ど、どうしたの?」

「私、このあと用事があって……今日は一緒にどこか行ったりできなくて……」

 萩野谷さんの中では、帰りはわたしと出かけるのが固定されているのか。

 嬉しくて飛び上がってしまいそう。

 それに、わざわざわたしに話してくれるなんて、どこまで律儀なんだろう。

「気にしないで」

 平静を装って無難な返事をする。

「ありがとう。それじゃ、さようなら」

 頭を下げ礼をする萩野谷さん。

 昨日から思ってたけど、本当に礼儀正しい。

 そういうところは雑なわたしと大違い。

「さよなら、萩野谷さん」

 軽く手を振って教室から出ていく萩野谷さんを見送った。

 萩野谷さんの姿が見えなくなると、急にテンションが下がってしまい、今度は切なさに襲われる。

 気持ちが乱高下して不快だった。

 こんな気分のときはさっさと帰ろう。


 家に着いてお昼ご飯も食べ終え、自室のベットでゴロゴロする。

 普段は宿題をしたり読書をするのだが、それらをする気になれなかった。

 考えていることは、もちろん萩野谷さんのことばかり。

 用事があるって言っていたけど、一体どんなことなのだろう?

 交通事故に遭ったり、トラブルに巻き込まれていないだろうか。

 文芸部特有の妄想に耽りながら、貴重な時間を浪費していく。

 ふと、ノートパソコンを立ち上げ、『萩野谷雪花観察日誌』と名づけたテキストファイルをクリックし、昨日までの記録を読んでみる。

 22日からつけている日誌だが、よくここまで仲よくなれたものだ。

 自分でも感心してしまう。

 24日のあたりなんて、もう諦めかけていた。

 諦めなくてよかったと思うが、気になる点がひとつ。


 萩野谷さんの24日と25日の心変わり。


 やっぱり、ここだけは腑に落ちないでいる。

 あれだけわたしを拒絶していた萩野谷さんが、1日経過して急に変わったのは、わたしにとって都合がよすぎて怖いくらい。

 まあ、学校で会ったことしか書いてないから、例えば家で何かあったのかも知れないけれど。

 気にしすぎだろうか。

 結果だけを見れば、わたしと萩野谷さんの仲は良好で、その部分を今更気にする必要はない。

 ないんだけど——

(いつか……萩野谷さんから話してくれるかな)

 最近、萩野谷さんとの仲が上手くいきすぎて、色々考えたり努力したりということを怠っている気がする。

 わたしはそのまま新しいテキストファイルを作り、明日のお出かけの予定をざっくり考え始める。

「お出かけ……デート……萩野谷さんとデート……」

 ぽつりと独り言を言って、また顔を赤くしてしまった。

 そっか、デートか。

 わたしは気合いを入れてデートプランを思索した。

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