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萩野谷雪花観察日誌  作者: サツキヒスイ
3/7

4月24日

 4月24日——


 朝5時に目が覚めたのはいつぶりだろうか。

 普段は割とギリギリまで寝てて、さらに最近は萩野谷さんのことを考えて寝不足気味なのに、慣れない早起きで頭はぼーっとするし身体も上手く動かない。

 それでも洗面台で顔を洗って無理矢理シャキッとして、エプロンを身につけ台所に立つ。

 揚げ物をするからちょっとの不注意で思いも寄らないケガをしてしまうかも知れない。

 スマホでレシピを確認しながら、考えていた献立でお弁当を完成させる。

 我ながら会心のできだと思う。

 これなら萩野谷さんの胃袋を掴めるだろうという確信があった。

 あとは、萩野谷さんが一緒にお昼を食べてくれるかどうか。

 お弁当の粗熱を取っている間も、萩野谷さんがどんな顔でこのお弁当を食べてくれるか、そんな想像ばかりしていた。

 だいぶ重症で、これ以上長引くとシャレにならない気がする。

 完成した二つのお弁当を大切にリュックに詰め、学校へ向かった。

 料理してる間に身体の怠さが抜け、いつもより足取りが軽い。

 今日のわたしは浮かれまくっていた。

 普段より早く教室に着きクラスメイトと挨拶を交わす。

 『今日は早いね』なんて言われたが——

「たまたま早く目が覚めちゃって……」

 ——と誤魔化した。

 やがて、萩野谷さんも教室にやって来て、自分の席に座る。

 萩野谷さんは今日もクールで美しかった。

 後ろ姿を見ただけで、わたしの心臓はまた鼓動が速くなる。

 落ち着け、落ち着け……と自分自身に念じる。

 朝からこんなんじゃ、到底昼まで身がもたない。

 午前中の授業は、案の定内容が頭に入ってこなかった。

 時計ばかり気になって、早く12時になれと気もそぞろな状態。

 授業中も後ろから萩野谷さんを観察していたが、今日はそれどころじゃなかった。


 ようやくお昼休みを告げるチャイムが鳴った。

 萩野谷さんに声をかけるチャンスはわずか。

 今日も持ってきているであろう、カツサンドを食べ始める前にお昼に誘わなければならない。

 本当にこれでいいのだろうか。

 一瞬のためらいのあと、それを打ち払って萩野谷さんの席の前に立ち、声をかける。

「萩野谷さん、ちょっといいかな?」

 少し声がうわずってしまったが、萩野谷さんが食べ始める前に声をかけることができた。

 彼女の顔を正面から見るのはいつぶりだろう。

 クラスメイトなのに、顔を見て話すことがこんなに難しいことなんて。

 萩野谷さんはちょっとだけ驚いたような顔をしたが、すぐ目を細め不信感を露わにした

「何?」

 自己紹介のときに聞いた声とは全く違う、拒絶を含んだ低い声。

 それに、『睨む』というより『目で射貫く』という表現が近いだろうか。

 萩野谷さんの視線で全身が竦んでしまう。

 私は息を大きく吸って、そのまま吐き出した。

 大丈夫、こんな対応をされるのも想定内。

 伊達に二週間観察を続けていたわけじゃない。

「よかったら、一緒にお昼食べない?」

「どうして私が吉岡さんと?」

 わたしの名前を覚えててくれた!

 いや、喜ぶのはそこじゃない。

「萩野谷さんとお話してみたいんだけど、それじゃ理由にならないかな?」

 上手くできてるかわからないが、笑いながら言葉を続ける。

 けれど、萩野谷さんはどこまでも沈着冷静に、わたしとの距離を一定に保つ。

 近づいた分だけ、うしろに下がる感じだ。

「私と吉岡さんが仲がいいならわかるけど、あなたは一度も話したことのない人でもお昼に誘うの?」

「だから、萩野谷さんと仲よくなってみたいから、お昼に誘ってるんだ」

「他の人じゃなくて、どうして私なの?」

 言葉に詰まる。

 『一目惚れしたからです』と、正直に言えるはずもなく。

「萩野谷さんが……いつもひとりでいる、から」

 声に出した瞬間から『この答え方は間違いだ』と自分でもわかった。

「吉岡さん、お節介って言われない?」

 皮肉なんてそんな生易しいものじゃない。

 その表情と言葉には、明らかに否定の色が混じっている。

 クールを通り越して、氷のような冷たさを感じた。

 頭の中で誰かが『これ以上彼女に踏み込むな』と警告している。

 わたしはその警告を無視した。

「よく言われる」

 にっこり笑ってなお食い下がる。

「わたしもクラスで浮いてる方だけど、だからってわけじゃなくて……わたし、萩野谷さんに興味があって——」

「私はあなたに興味ない」

 萩野谷さんはわたしの言葉を打ち切り席を立つ。

 そして、スタスタを早足で歩いて教室から出ていった。

「…………」

 わたしはしばらく茫然自失として、その場で立ち尽くしてしまう。

 いつの間にかクラスの注目を浴びていたようで、皆が何事かとざわつき始めた。

 いたたまれなくなったわたしは、覚束ない足取りで彼女と同じく教室を出た。


 フラフラと歩きながら、自然と人の少ない中庭に向かっていた。

 運よくベンチが空いていて、そこに腰かける。

 ひとりになって時間が経つと、いかに自分の考えがバカだったか猛省する。

(何やってるんだろ、わたし……浮かれてその気になって……萩野谷さんの気持ち、考えないで……)

 さして親しくない人にお弁当を作って『一緒に食べよう』だなんて、わたしが萩野谷さんの立場でも引く。

 自分の気持ちを萩野谷さんに伝えたい。

 今していることに後悔はないが、もっと他にやり方があったはずだ。

 距離感を誤って萩野谷さんは余計離れていってしまった。

 むしろ、あの程度のやり取りで済んだのは、まだマシと考えた方がいいだろう。

 嫌われただろうか。

 さっきの萩野谷さんの顔を思い出すと、背筋が寒くなる。

 一縷の望みがあるとしたら、萩野谷さんがわたしの名前を覚えていてくれたこと。

(わたしのこと『興味ない』って言ってたのに、名前を覚えていてくれたってことは、まだ可能性はあるかも)

 クモの糸ほど細いその可能性をたぐり寄せるために、今日も作戦を考えなくてはならない。

 今は頭が働かないので、まずはふたり分のお弁当を食べてしまおう。

 ちょっと多いかなと思う量を詰め込んだので、ひとりでこの量を食べきるのはかなりヘビーだ。

 今のご時世、フードロスが云々言われているから食べ残したくない。

 何より自分が手間暇かけて作ったお弁当だ。

 お米一粒にも愛着がある。

「いただきます」

 手を合わせお弁当に箸をつける。

 朝、味見したときよりしょっぱく感じた。

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