4月22日
4月22日——
わたし——吉岡 千夏は焦っていた。
高校に入学してから二週間も経つというのに、友だちが一人もいないぼっちな生活をしている。
近くの席の子たちと交友を深めるチャンスがあったのに、それらを全て断ってしまった。
なので、この状況は自業自得なのだが、わたしには気になる女の子がいて、その子にご執心なのだ。
萩野谷 雪花さん。
わたしの席の隣の列で、その一番前に席がある。
彼女とはじめて会ったときのことを明確に覚えている。
体育館で入学式が一通り終わって、この教室に入ったとき顔が合った。
いや、顔を見たのはわたしだけで、萩野谷さんはずっと前も見ていたけれど。
自分の席に着いたあとも、前に座る彼女を視線で追った。
白くて見るからにスベスベな肌。
長くて艶やかな髪。
落ち着いて大人びた雰囲気。
顔を見たときは可愛いと言うより綺麗で、心臓が飛び出そうだった。
長いまつ毛。
同性でもドキドキしてしまう色っぽい目元。
薄桃色した唇は真一文字になっていて凜々しい。
自分でもわかる。
これはいわゆる『一目惚れ』だった。
自己紹介のときなど気が気でなかった。
ずっと彼女の声に聞き入ってしまい、何を話したか覚えていない。
そんなだから、自分の番のときもそどろもどろになりながら、出身中学と趣味の文芸のことしか話さなかった。
ちなみに、文芸は読むのはもちろん、恥ずかしながら自分で書いたりもしている。
それはさておき、とにかく萩野谷さんとお近づきになりたい。
色々話して友だちになりたい。
そのあとのことは、また追々……なんて考えていたのに。
彼女に取りつく島が全くない。
休み時間は本を広げ、『私に構うなオーラ』を発して読んでいる。
わたしも本をよく読むから、そんな雰囲気はすぐわかるし、他のクラスメイトも彼女に声をかけたりしなかった。
読んでいる本も気になるが、これでは話しかけることも、近づくことだってできやしない。
なので、わたしは考えた。
考えた末、まずは彼女をよく観察することから始めた。
観察を始めたのは一週間以上前からだけど、そのときは日誌をつけていなかったので、その頃のことも合わせて今日のところに書き記す。
彼女は頻繁に長い髪をいじるのがクセのようだ。
くせっ毛で髪を伸ばすと大変なことになるわたしだが、萩野谷さんは萩野谷さんで苦労があるのだろう。
特に毛先を重点的に見ていることから、枝毛を気にしているのが見て取れる。
何より、自分の姿を確認するのに、スマホではなく手鏡を使ってること。
『古くさい』なんて言うつもりはない。
一周回って格好いいと思うし、深窓のお嬢様っぽい萩野谷さんが使っていると様になっている。
ただ、手鏡に映る景色が気になるようで、時折髪をいじる手が止まった。
わたしも萩野谷さんの方を見ていることを悟られないように、そっぽを向いて無関心を装う。
いや……ひょっとしたら、萩野谷さんはわたしが見ていることをわかっているかも知れない。
手鏡で後ろを確認してるのは、『見るな』というわたしへの警告——というのは考えすぎか。
もう少し自身の観察スキルを上げたいところだが、わたしにはあまり時間がないので、萩野谷さんを不快にさせないように気をつけたい。
そしてもう一点。
今日はそれを確認したくて、普段は学食でうどんをすするわたしも、購買でコッペパンを買って教室で食べている。
萩野谷さんは今日も今までと変わらずカツサンドを食べていた。
毎日同じお店のカツサンドを持ってくるので、よほど拘りがあるのだろう。
そして、顔に似合わず、なんて言うと失礼だが、お昼は割とがっつり食べる方。
食が細めのわたしにはうらやましい限り。
それでいてあのスタイルのよさだから、嫉妬だってしてしまう。
世の中は不公平だ。
お近づきになって、どうしてあれだけ食べてスラッとしたスタイルを維持できるのか、秘訣を教えてもらいたい。
だから、何としても萩野谷さんと友だちになりたい。
そんなことを、笑って話し合える仲に。
放課後。
ホームルームが終わると、萩野谷さんは手早く教科書やノートをカバンに詰め、帰り支度を済ませるとあっという間に教室から出ていった。
よほど誰かに声をかけられたり、どこかに誘われるのが嫌なのだろう。
はじめは声をかけようとした生徒が何人かいたが、今では誰も気に留めない。
あんな態度では、声をかける方も次第に面倒になる。
わたしを除けば。
ただ、そこまで他の誰かを拒絶されると、わたしも寂しく思う。
けれど、何のプランもないまま声をかけようとしても、なおさら距離を置かれてしまう気がする。
どうしてそこまで周りの人と接するのを避けるのか気になるが、今はそのことを考えないでおこう。
まずは、あの冷たい印象の萩野谷さんから、どうやってわたしに興味を持ってもらえるか。
そこを重点的に考えて作戦を立て、実行に移していこうと思う。
さて、ここからはまったくの余談。
改めてこうして日誌をつけて、萩野谷さんのこと、自分の気持ちを文章で整理すると、どれだけ自分が萩野谷さんが好きかわかってしまう。
本当はTPOもわきまえずに、告白できたらどんなに楽だろうか。
一度ボールを相手に投げたら、あとは向こう次第。
『はい』と答えてもらえれば言うことないが、相手にその気がなければもちろん『いいえ』と答えるだろう。
自分のしていることが単なるわがままなのかも知れない、と急に怖じ気づくときがある。
それでも、わたしは自分の気持ちに素直でありたい。
中学卒業間際の『あのとき』にそう決めたから。
わがままでも、相手にどう思われても構わない。
二度と後悔しないために、少なくともわたしの今の気持ちを萩野谷さんに伝えたい。
『わたしはあなたが好きです』と。
そのために、もうちょっとだけない頭を使って、どうすれば萩野谷さんと仲よくなれるか、考えてみようと思う。