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奥の手

放たれたブレスは森を焼いていく。

竜からおよそ百メートルに渡る直線上は跡形もなくなり、ただ黒煙が立ち昇るのみ。強烈な物が燃える匂いがあたりを包み、凄まじい熱気が地面から放出される。


その様子を俺は上空から眺めていた。ブレスが放たれる瞬間【危機感知】が避けろと俺に警鐘を鳴らし、回避に全力を尽くすことでなんとか無事だったのだ。横に避けても意味がないと判断し、『飛天のブーツ』を使い上空に逃げたのは間違っていなかった。

横っ飛びに避けていれば、放射状に広がる熱線に焼き尽くされていただろう。


それはいいが、全身の痛みが無くなったわけではない。体力も気力も、共に満身創痍の状態だ。今は竜が俺を見失っているからまだしも、ここからはまさに死闘になる。主に俺にとっての。


苦しいだろう。


辛いだろう。


だが、それでも俺の顔からは笑いが消えない。

死ぬのは怖いし痛いのも好きではなかった。けれど、それよりも楽しいという感情が勝っている。まだコイツと戦えることが嬉しい。危機感はある、このままじゃ確実に俺が死ぬというのも分かっている。

身体の状態、魔力の残量、その全てで俺は竜に劣っているのだろう。だから、楽しいんだ。


根底にあるのは負けたくないという気持ち。突き詰めれば、人間など最弱の種族に過ぎない。身体能力、身体の大きさ、生まれた時の力。悪い点を挙げればキリがないほどには人間は弱い。これは俺が一ヶ月間で学んだことだ。このステータスがなければ一日目で俺は死んでいたに違いない。


ゆえに、俺は証明したいのだ。弱者でも、研ぎ澄ませた刃は強者の首に届くと。か弱い鼠でも、猫を殺しうると。


そのために、コイツを倒す。全ては俺の自己満足に過ぎないが、だから何だというのか。



遂に、竜は俺の存在に気付いた。黄金の瞳が俺を見据えているのが分かる。【隠密】を発動して気配を隠し、少しでも認識をズラすのと同時に懐に潜り込む。さっきからの戦闘を観察したところ、コイツは自分の近くにある物を上手く知覚できていないようだ。その巨体ゆえかどうかは知らないが、何にしろ弱点には変わりない。


自分の身体の近くにいるとなると、竜も迂闊には攻撃できないはずだ。タイムリミットまで考え得る限りの攻撃方法を試すしかない。









斬る、殴る、蹴る、あらゆる攻撃を繰り出しても竜の身体に目立つような傷はつけられていない。

圧倒的な防御力の前に、俺の武器も力も何の役にも立たないことを思い知らされた。馬鹿げた肉体性能は想像の範疇を出ていない。問題はないはずだ。


そう願い、俺は戦いを続ける。幾度となく目の前を通り過ぎていく図太い尾、俺の腕を食い千切ろうとする牙に対する恐怖などすでに消え失せた。

それに加え、先のブレスから火球による攻撃が増えてきている。口からだけではなく、空中に火球が生み出されて飛んでくるものだ。


威力は押して然るべしといった所で、ブレスよりは弱いが脅威ではある。それを乱射するものだから周りは業火に包まれ、熱気で汗が止まらない。


だから、だろうか。火で逃げ道を塞がれたことに気付かなかったのは。


そう思った時には、長く鋭い爪が俺の腹に風穴を開けていた。尻尾がぶち当たったときとは比べ物にならない痛みが俺の身体を駆け巡る。

あまりの痛みに声すら出ないが、そのお陰で意識を失うことはなかった。それに俺は幸運だ、四肢のいずれかを失わなかったのなら重畳。


腹を焼かれたような痛みなんてどうでもいい。苦しんでいる暇などない。なにせ、地面に落下していく俺に向かって大顎が迫っているのだから。


「グガアァァァァァアァァァァァア!!!」


暗闇の中でもよく見える、美しいとさえも思わせる牙。それが俺の身体を噛み砕かんと大きく予備動作をつける。


回避不可能。


態勢を崩した今の状態から【飛翔】は使えないし、空中では身動きが取れない。身体を捻ったところでまったくもって無意味だ。


「ここはーー暗いな」


このチャンスを待っていた。


【影魔法】《顎門(アギト)


【闇魔法】《呪牢(じゅろう)


夜、それは全てが闇に染まる時。影が、闇が、そこには無限に存在する。つまり、少ない魔力で強烈な一手を放てる時だ。


影が実体を持ち、大きく開いた竜の口の中へと入っていく。突然入ってきた異物に抵抗しようと竜がもがくが、《呪牢》の効果により大幅に弱体化されているためそれは不可能。


外側からダメージを負わせられないのなら、内側からぶっ壊せばいい。それだけの話だ。


「ぐっ!っっっ!!」


《呪牢》の効果があるとしても、流石は竜。想像以上の抵抗だ。


もっと、もっと力を込めろ。これが失敗すればいよいよ俺の死は確定する。


目から血が垂れる。口からも、腹からも血が噴き出していた。だが、今そんなのを気にしている場合ではない。どれだけ傷つこうが、死ぬことに比べれば安いものだ。


覆い尽くせ、呑み込め、影を支配しろ!


「グギャアァァァァァァァァ!!!」


断末魔が俺の鼓膜を打つ。

瞬間、抵抗が無くなり、手から力が抜ける。ズプン、と音を立てて竜は影の中へと沈んでいった。


「終わっ....た。はぁ、はぁ...」


膝から感覚が無くなり、俺は地面に尻餅をつく。いかにも精悍尽き果てたという感じで、もう何をする気も起きない。【隠密】は発動しているしもう寝ても問題ないが、やはり魔法の威力は凄まじかった。


《顎門》はスキル【影魔法】に内包された力の一つだ。影を実体化させて自在に操る。言ってしまえばそれだけだが、明確なイメージを持って動かすのとそうでないのとでは天と地ほどに威力に差が出るのだ。

これで想像したのは戦っていた竜。あの雄々しい顎門をイメージしたからこそ、竜を呑み込むことができた。実物に勝てたのは想像力の産物だろう。今の所俺の持つスキル、技の中では最高火力を持つ攻撃だ。


あれだけの出力を出せたのも夜という環境のお陰だが、いずれは昼間でもあれだけの事ができるようにしたい。


続いて【闇魔法】《呪牢》についてだが....これは簡単に言うと『呪毒魔剣(ティルヴィング)』の魔法強化版である。ステータスの低下や各能力の制限を相手に課す魔法だ。それなら最初からかけておけよと思うかもしれないが、この魔法は当てるのが難しい。それに加えて発動にも少し時間がかかるため、ここぞという場面でなければ使えない魔法なのだ。


数週間前から少しずつ魔法についても練習してきたが、未だに詳しい事は分かっていない。魔力ーーと呼ばれる未知のエネルギーを源にしているのだが、この魔力操作も感覚で覚えたので原理は不明のままだ。


数あるラノベのように、身体にある違和感を感じ取ってみた所、それが魔力だった。それを動かすなりなんなりして、最終的にスキルと並行して使えるように訓練した成果がアレだ。

【影魔法】と【闇魔法】のみしか特訓していなかったが、上手く刺さったので良しとしよう。もう一つの【四元素魔法】に関してはこれから、という事になるだろう。


「ふぅ.....」


尻餅をついた状態から地面に寝転び、空を見上げる姿勢になる。木々が焼き尽くされたからか、いつもよりも空が良く見える気がした。車も、排気ガスも無い世界で、星は一層と輝いている。


「綺麗だな.......久しぶりに見た」


こうして星をじっくり見るなど何年振りの事だろうか。記憶にあるのは穢れを知らぬ小学生の頃、親に頼んで連れて行って貰った天体観測くらいのものだ。

当然の事ながら、地球とまったく天体は違う。今の季節が何なのか、そもそも季節の概念があるのかは知らないが、オリオン座もさそり座も見当たらない。


そういえばステータスも確認しなければ。いや、それは明日でもいいか......。


段々と瞼が重みを増していく。心地いい夜風が眠気を誘うーー。


いつしか、俺は深い眠りに落ちていった。

魔法に関してはまたいつか詳しい説明を入れますので悪しからず。

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