頂点
目の前で大きく開かれた顎。
それを全力で回避し、すぐに姿勢を整える。アレに捕まれば即死、小細工を弄する暇も無く俺は死ぬだろう。
奴の一挙手一投足が俺の命を消しとばす動作になりかねないという恐怖。生まれて初めて感じる覇気に鳥肌が止まらない。その一方で、感覚が敏感になっているのも分かる。普段なら意識していない敵の動作を予測し、回避行動を取る。そんな超人的な動きが今の俺には出来ていた。
やはり、命の危機とは人を成長させてくれる物だ。
何も懸かっていない状況で本気を出せる人間なんてのはいない。何か失う物があって初めて人は全力を出せるのだ。そう、死ぬ気ってやつを。
俺にとっては今がまさにその状況にあたる。
俺の何倍もあろうかという巨躯に、鋭い鉤爪。牙が生え並んだ口からはたゆる炎が漏れ出していた。身体中にびっしりと生えた鱗は生半な攻撃を通さず、触れただけでもダメージを負う。背中から空へと開かれた翼は王者の風格を醸し出していた。
竜。そうとしか形容できない生物だ。
この森における生態系の頂点、ヒエラルキーの一番上に座する化け物が俺に牙を剥いている。たかがいっかいの暗殺者である俺にだ。
この世界に来てから一ヶ月が経った。
その中で俺はスキルを学び、戦い方を学び、強くなった。しかしこんなのが森に潜んでいたとは思わなかったな。近くにいるからこそ分かる異常な生命反応。ゴブリンの数百、数千倍の力がコイツにはある。
縄張りに入った俺が悪いとしても、理不尽だと言える強さを持つのが竜だ。
ゴブリンの巣を壊滅させてから、俺は更に強くなった。それでもーーコイツに勝てるビジョンが浮かばない。
だからこそ、俺の口元には笑みが浮かぶ。
「上等だよ.....!」
難易度が難しいほど、ゲーマー魂に火がつくものなのだ。
♦︎♢
ゴブリンの巣を壊滅に続き外のゴブリンを全滅することに成功したあと、俺はもう一度自分のステータスを確認することにした。
「『ステータス』」
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名前: キノシタ ジン
性別: 男
種族: 人間
職業: 暗殺者 lv.10
体力:2500 攻撃力:2000 防御力:1900
魔力:1900
ユニークスキル
【言語理解】【看破 lv.2】【火種】
スキル
【暗殺術 lv.4】【短剣術 lv.3】【短刀術 lv.2】
【算術 lv.6】【話術 lv.3】【隠密 lv.7】
【生命感知 lv.5】【認識阻害 lv.3】
【闇魔法 lv.1】【影魔法 lv.1】【危機感知 lv.4】
【四元素魔法 lv.1】
耐性
・呪毒耐性 ・即死耐性
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かなり大幅に上がった。というのが最初の感想だ。
あれだけ上がらなかったレベルが十も上がっているのもそうだが、能力値の上がり方が結構エゲツない。最後の方は身体が軽いと思っていたが、消耗より上がり幅の方が大きかったからか。
【暗殺術】も【短刀術】も【短剣術】も今回は酷使したためレベルが上がっている。【生命感知】に関してはずっと発動していたので一番成長したスキルといっていいだろう。他にもチラホラとレベルが上がっているが、やはり気になるのは魔法だ。【四元素魔法】、【影魔法】、【闇魔法】。この三つは使い方がイマイチ分からないので手をつけていないのだが、異世界に来た異常関わらないわけなもいくまい。
おいおいこれも使えるようにする必要がありそうだ。
自分のステータスの上がりように若干怯えつつ、俺はそれからもモンスターを倒して回った。時には巨大な蜘蛛を。時には角の生えた虎を。時には羽の生えた蛇と戦ったりもした。
全員強かったし、本気で臨まずに勝てるような相手ではなかったと記憶している。現に、何度か死にかけた事もあるくらいだ。蜘蛛の時は牙から分泌される毒にやられ、虎の時は角から発射される雷に焼かれそうになった。
木の上で眠り、起きてはまたモンスターを倒す。そんな生活を続けて一ヶ月だ。
そして今日、俺は森の更に奥へと足を踏み入れたのだが......
こんなファンタジックなモンスターがいるとは思っていなかった。なんて冗談を言っている暇など無いくらいにコイツはやばい。俺の陳腐な語彙ではあまり伝わらないかもしれないが、強過ぎる。
今まで戦って来たどのモンスターとも強さ、スケールで一線を画す化け物だ。
まずそもそも刃が簡単には通らない。『呪毒魔剣』と『血吸魔剣』を使っているというのにまだ碌に傷をつけられていないのだ。『無比の千刃』など話にならない。『呪毒魔剣』の【呪毒付与】もあの巨体では期待できそうにもないため、現状を打破できる策はなかった。
頭上を太い尻尾が通り過ぎていき、連続して鉤爪が俺を襲う。今は【飛翔】の効果で避けられているが、魔力が尽きるのも時間の問題だ。
「ふんっ!」
上に回り込み、背中に短剣を突き刺す。二本同時に刺し、魔力と体力を竜から吸いながら毒を付与する。これを繰り返せば魔力と体力の心配はいらないが、いつまでこの攻撃が効くかも分からない。
一旦離脱し、木の中に紛れる。昼から戦っているのにもう時刻は夕方。息も切れ、身体の疲労は半端ではない。【隠密】で少しの間は所在を誤魔化せるが、これもそう長くは続かないだろう。逃げようとしたが直ぐに追いつかれたしな。
再び息を整え、俺は竜へと向かっていった。どちらかーーこの状況では紛れもなく俺だろうがーーが倒れるまでこの戦いは続く。
それでも、俺は負けるつもりなど一切ない。負けるということは死を意味する。こんな所で死ねるか、まだまだやりたい事も、やり残した事もあるんだ。トカゲ風情に殺られるわけにはいかないんだよ。
どれだけ俺が気持ちを強く持とうと、竜はそれを容易く超えてくる。足が滑り、俺に音速じみた尻尾が直撃した。
ゆうに数十メートルは吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながらも俺の身体は止まらない。鉄砲玉のように飛んでいき、崖に激突してやっと停止した。
「ガフッ!!」
『宵闇の外套』も、ブラックワイバーンのコートも、ダメージを帳消しには出来なかったようで、口からビチャリと血が飛び出した。なんとか剣での防御が間に合ったので死んではいないが、腕が痺れて剣を握る手に力が入らない。それに恐らく何本か骨折した。ジンジンとした痛みが身体中に広がっていくのを感じる。
それでも、それでも思考を回せ。勝つための道筋を考え続けろ。
3.6秒か。振り始めてから俺に当たるまでおよそ3.6秒。あれが最高速度なら躱すのは簡単。受けてももっと上手く受身を取ればダメージは最大でも半減できるはずだ。気にするべきは尻尾よりも爪と顎か。どちらでもまともに受ければ即死は免れないし竜の攻撃手段がこんな物理だけとは限らない。あんなのを食らって瀕死になっている場合じゃないな。この短剣もあまり刺さらないしもっとダメージを与えるには他の方法じゃないと駄目か.....?うん、方針は決まった。
取り落としかけた短剣を握る手に力を込める。まだ死んじゃいない、挽回の機会はあるはずだ。
そう思い顔を上げる。
すると、目に入ったのは竜が顎を開いているワンシーン。次の瞬間には俺の視界は真っ赤に染まっていた。
竜種の持つ固有能力【ブレス】。数多の作品で、数多の異世界で猛威を奮ってきた殺人光線だ。それが、俺に向かって放たれた。直線上の草木は熱の余波で焼け落ち、一条の閃光が美しく紅く輝く。
数瞬も待たずにそれは崖へと衝突し、森の中で爆音が鳴り響いた。
前話とこれの間に話を挟もうかと思いましたがやめました。早く話を進めたかったので。