モンスターと狩りと
異世界(推定)に転移してから三日。
森での生活は順調に進んでいると思う。こんな場所から早く出たいという気持ちもあるが、それよりも今は技術を向上させたいという思いの方が強い。
この三日間はモンスターを相手に戦闘を繰り返すことで過ごした。基本は【隠密】を使わず、正面からの戦いのみで相手を倒すことに専念したのだ。そのお陰か、最近は身体の動かし方というものが分かって来た気がする。
まあ気のせいかもしれないけどな。
それでもスキルなどの運用技術は上がったと思う。使い方はもちろん、どういった場面で使えばいいのかも考えられるほど戦闘に余裕か出てきたのだ。
そうして俺は現在空中にいる。森を上空から見下ろしているような形だ。
これは『飛天のブーツ』の効果【飛翔】を利用したもので、魔力を込めることで発動する空中を歩く事ができるというもの。込める魔力は一定で、より強く魔力を込めれば足場を反発させることができる。ゆえに戦闘でも応用でき、殊に空中戦では必須スキルだ。
手頃なモンスターを探している最中なのだが、こんな高さからも森の中を歩くモンスターが見えるほど俺の視力は良くない。しかし、今はそれがクッキリと見える。
この世界に来た時から分かってはいたが、俺の身体能力は極端に向上している。恐らくはステータスによって。
最初ゴブリンに勝てたのだってステータスがあったからだ。日本での俺なら武器を持った子供にすら勝てなかったはず、今の時点で十分おかしいくらいの身体能力を俺は持っている。
「今日はゴブリンと戦うか」
三匹のゴブリンを見つけ、そう呟くと俺はゴブリン目掛けて急降下を始めた。地面に到着する直前で【飛翔】を使い軟着陸すると、俺は抜き身の短剣を驚いているゴブリンに向かって振り腕を切り飛ばす。人型のモンスターが相手ならばまずは利き手、もしくは武器を弾き飛ばすべきだ。そう【暗殺術】が教えてくれる。
背後に回ったもう一匹のゴブリンに回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばし、腕を失い狼狽しているゴブリンの首を切り落とす。残りの一匹はすでに及び腰になっており、逃げ出そうと俺に背を向け走っていくのが見えた。
懐から投げナイフを取り出してその無防備な背中に向けて投擲すると、吸い込まれるようにして頭にナイフは突き刺さる。【短刀術】の効果で補正が入っているようだ。百発百中である。
と、まあこのようにモンスターを倒して回っていたのだが、まったくレベルが上がらない。レベルが上がるとどうなるのかは分からないが悪いことは無いはずだ。なので今か今かと待ち望んでいるのだが、兆しすら見えない始末。
今はもう半ば諦めている。
たった三日、たった三日だが、もう人恋しい気持ちが芽生えていた。一人が寂しいわけでも話相手が欲しいわけでもないが、誰もいないというのは少しクる物がある。孤独死なんて縁のないものだと思っていたが、その気持ちが少しばかり分かったかもしれない。
狼型のモンスターを倒して肉と【解体】のスキルを手に入れたので食料的な問題はない。もっと移動速度を速めていくか。
そう検討しようとした時、常時発動している【生命感知】に異常な反応が起きた。
おかしいのは数だ。周りから俺を目指して何百もの反応が移動してきている。
「そうか、ゴブリン!」
異世界に来たという強烈な情報のせいで忘れていた。ゴブリンの強みは個ではなく数である。これはゲーム内でも周知の事実だが、それ以外にも統率制という強みがゴブリンにはあったはずだ。ゴブリンの群れにも統率者......簡単に言うとボス格のゴブリンがおり、ソイツは下に着くゴブリンを管理している。つまるところ、手下のゴブリンを殺せばリーダーのゴブリンに知らせが行くということだ。
「さっきの三匹は俺を捜していたのか」
もしくは囮として歩いていたんだろう。それにまんまと獲物が引っ掛かったってわけだ。素直にこれは不味い。何より数が多いし、今の俺じゃ範囲攻撃が使えるかどうか分からない。飛んで逃げるか?いや、ゴブリンの執着は俺が死ぬまで終わらない。ここで全滅させるのが最適手だ。
♦︎♢
ゴブリンの王は怒り狂っていた。
短期間のういに何体もの配下が殺され、しかもそれが同一犯であったとなればこれは王への侮辱に他ならない。自らの誇りと、他のゴブリンからの忠誠心にかけても犯人を見つけ出し、最も残虐な方法で手にかけようと決心したのはつい二日前のことだ。
複数のゴブリンでグループを組ませ、適当に森の中を彷徨かせる。彼らは囮だ、死のうが死なまいが王に取ってはどうでもいい事だった。なぜなら一番使えないゴブリンを選んだから。使えるゴブリンーーゴブリンメイジやゴブリンナイトは自分の側に仕えさせているため、大事な手駒が殺される心配はない。
そして今、愚かな獲物が罠にかかった。
王の計画に気付くことなくゴブリンを殺したのだ。即座に手下に命じ、包囲網を形成させる。この周辺の森はゴブリンの縄張りである。他の魔物は刺激しないかぎり襲って来ることはなく、弱者であるゴブリンでも安全に暮らせる土地であった。もはや王の庭と言っても良いほどに知り尽くした土地で、王はメスのゴブリンに奉仕させながらほくそ笑む。
今にも目の前に怨敵の首が差し出されるのを想像して。
慌ただしい様子で配下のゴブリンが部屋に入って来た瞬間、突然そのゴブリンは前向きに倒れる。その後頭部にはナイフが刺さっていた。
最初に王が感じたのは驚き。なぜ、どうして、そんな単純な疑問ばかりが頭に浮かぶ。しかし、重要なのはそこではない。
さすがは王に上り詰めたゴブリンというべきか、次の瞬間には戦闘態勢へと意識を切り替える。周りのゴブリンメイジ達も一拍遅れて杖やら剣やらを構えると、王座へと入る唯一の扉へと向けた。
来るか、来ないか。全員が緊張の面持ちで扉を見つめる中、王の首から鮮血が吹き出す。そこには禍々しい短剣が刺さっていた。
♦︎♢
確かにゴブリンを討つのが最適手とは言ったが、こちらから仕掛けないとは言っていない。
スキルを全力で使ってゴブリンの根城、もとい巣穴を見つけ出し、そこに突っ込んだ。かなり入り組んでいたから少し【隠密】を切ってゴブリンに統率者の所へ報告に行かせたら狙い通り案内してくれたって寸法である。
中に入ったあとは再び【隠密】を使い、一番強そうな奴を最初に殺した。このレベルの相手だと【隠密】を看破される恐れがあったから迅速に、されど確実に殺せるように動いただけのこと。
いつもなら正面戦闘をこなすが、今回はイレギュラーだ。この機会に暗殺者としての戦い方を確立させてもらおう。
ボスが死んだという事に驚き、狼狽えている上級のゴブリン達を尻目に再び【隠密】を発動させる。
一瞬俺から意識が逸れるも、効果はそれだけ。しかし、その一瞬は暗殺者と戦う上で命取りだ。ステータスに物を言わせて俺は背後へと回り込む。
そして短剣で首を掻っ捌くが、右から魔法が飛んで来た。ゴブリンメイジによる攻撃だ。属性は水、火を使わない所に知性を感じる。
少しの感心と共に、俺は詠唱を始めたゴブリンメイジに向かって『無比の千刃』を放つ。何本かはクリーンヒットし、そうではないナイフも何らかのダメージを負わせた。
一番酷いのは目に刺さっており、これで遠距離組は潰した。残りは近接、ゴブリンナイト達だ。
振るわれた剣を体を捻って避け、回転ざまに短剣で身体を斬りつける。『呪毒魔剣』で斬ったため、トドメを刺さなくても時間経過で死ぬ。
これで残りは五体。それに加えて死んでいないメイジが数体だ。回復し魔法攻撃を再開したメイジが中々に邪魔だが、魔法を避けながらでもナイトくらいなら片付けるのにそう時間は掛からなかった。
【飛翔】を使って空中機動を駆使し、飛来する魔法を避ける。全て初級程度の魔法とはいえ、数を揃えれば立派に見える。俺は呑気な感想を抱きつつも、今度は狙いを済ませてナイフを投げた。
【短刀術】の効果によって補正されたナイフは、一寸の違いもなくゴブリンメイジを絶命させる。
「ふぅー、これで全部か。あとは外の奴らを始末するだけ......」
やっと終わった奇襲作戦に息をつくと、俺は外にいるゴブリンの大群に頭を抱えるのだった。