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たとえ世界は違えども  作者: じゅわき
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2話 「名前を忘れた魔法使い」

 「ただいま」

 玄関のドアが開いて、時刻は二十時を回った。薄く平たい置き時計の本体から、脚の長い亀とそれに絡みつく蛇が浮かび上がる。闇属性の魔力を使った実態のない立体アート。

 「お帰り、淳子」

 すぐにリビングのドアも開いたから、顔だけそっちに向ける。帰ってきた淳子は朝よりちょっとだけ覇気が薄れているけど、それを気づかせたくないみたいに、すっと表情を変えてみせた。

 「アンタ、またそれ見てたの?」

 呆れたような表情に頷いた。

 この時計はちょっと前に淳子が買ってくれたもの。淳子の話だと、この亀はこことは違う国の、四神っていう神様の一匹なんだって。私は朝になると出てくる赤い鳥とお昼に出てくる白い猫がお気に入り。

 「ご飯、あったまってるよ」

 「あら、ありがと」

 お礼を言われるのは嬉しいけど、私に料理なんてできないから、晩御飯のハンバーグは淳子が朝作ったもの。私はただそれを温めただけだ。

 「ご飯にしよ」

 「ええ。ちょっとまってて」

 淳子は薄い上着を脱ぎながら、自分の部屋へと入っていった。すぐに上着だけ脱いで戻ってきたので、一緒に食卓につく。

 テーブルはキッチンのそばにありながら、大きめの窓が隣にある。地上32階の窓から夜景を眺めながら食事ができるから、とても贅沢をしている気分になる。

 「いただきます」

 少し背の高いダイニングテーブルに並んだのは、ハンバーグにデミグラスソースをかけたものと、これもまた作り置きのポテトサラダ。あと白いご飯とお味噌汁が加わった四品。

 私が拾われてから一度だけ、「食事にはあまり期待しないで」って言われたけど、私にはこれでも十分贅沢に思える。

 「そういえば乙音」

 淳子のナイフを握る手が止まった。それがちょっと不自然で、うっすらと不安がよぎる。

 「アナタ今日、保健室に怪我人を運んだそうね。保健室の久保田くぼた先生から聞いたわ」

 「うん」

 私の通う高校の理事長が淳子のお父さん。普段の淳子はズボンタイプのスーツを着て事務の処理をしたり、同じグループの学校を行ったり来たりするのがお仕事らしい。

 少し前まで私の学校でも教卓に立っていたらしいから、大体の先生と知り合いなんだって。

 「一年生の子はアザや擦り傷が目立つけど軽傷。三年生の子は骨が三本ほど折れていて病院に運ばれたそうよ」

 「そうなんだ」

 「何があったのかしら?」

 こういう時の淳子はすごい迫力がある。もしかしたら淳子にそんなつもりはないのかもしれないけど、まっすぐ見つめてくるのがちょっとだけ怖かったりする。

 「仲裁した」

 「仲裁? 喧嘩の? にしては二人とも保健室に運ばれてるみたいだけど」

 「あと三人いた」

 「それってどういうことかしら? つまり、一年生四人で三年生の彼を虐めていたってこと?」

 「逆」

 赤い髪の子の怪我が凄いからそう思ったのかな。首も一緒に横に振る。

 「三年生四人を相手に、一年生が一人で? 病院に運ばれた彼、能力推薦で進学が決まってたし、うちの学校でも実力派だったと思うんだけど……」

 淳子が悩んでるみたいだったから、「莉子(りこ)」って言おうとしたんだけど、その前に淳子方が先に告げた。

 「川上莉子、ね」

 「うん」

 「そう言えば、久保田先生が川上莉子も一緒だったって、言ってたっけ」

 「淳子、怒ってる……?」

 まだナイフの手を止めたままの淳子が、なんとなく不機嫌そうに見えた。大きな声で怒鳴る感じじゃなくて、静かに不満を募らせるみたいな。

 「どうして? 確かに多少荒っぽかったみたいだけど、いじめを仲裁したのだから怒りはしないわ」

 なんでもなさそうに淳子は告げた。

 止まっていた右手も動き出し、ハンバーグを切り分ける作業を再開する。その仕草がどことなく平静を繕っているように思えたのは、きっと当たっていて、食卓にぽつんと浮かばせた「ただ」っていう繋ぎから、また淳子は話始めた。

 「アナタは魔法の使い方も、異能が使えたのかも覚えていない事実上、無能力者。アナタにその気はなくても、川上莉子のそばにいるだけでどんな危険に晒されるのかわからないわ。はっきり言って、川上莉子には近づかない方がいい」

 淳子は厳しいけど優しい。言葉の選び方に時々棘があるけど、それはこうして欲しいっていう強い想いの現れだって思えるから、私は淳子を優しいって思う。だから、ちゃんと頷いて、お昼にクラスメイトの子達から言われた以上に重たく受け止めた。

 なのに——


 「二人一組になったぁー? じゃあー、実技演習を始めるよー」

 転入して四日目。三時間目と四時間目は、体育の実技演習だった。

 最近まで奇数だったクラス。パートナーがいなかったらしい莉子。私の実技演習相手は必然的に莉子になった。必然的に。

 「みんなそれぞれ自分が召喚された世界の魔法を使えると思うけどぉー、授業ではいつも言ってる通り、現代魔法のみを使ってもらうよー」

 短く整えられた芝のグラウンドに並んで座って、初めて会う女の先生が話しているのを見ていた。おっとりしていて、ものすごく柔らかい話し方をする。

 ちょっと動くだけでうっすら茶色に染めた短めの髪と、両手いっぱいに収まりきらないほどおっきな胸がゆらゆら揺れる、お母さんみたいな先生。淳子と同じくらいの歳だと思うけど、背は低めで顔は少し幼いように見える。

 「現代魔法って言うのはー、ガインデルベ帝国の魔法を元に、科学の要素を加えたこの国発祥の魔法ことだよー。ちなみにー、なんでガインデルベ帝国の魔法を元にしているのかって言うとー、確認されてるリスパーが一番多いからー。もしかしたらもう、現代魔法学で習ってたぁ?」

 コテっと首を傾けると合わせて髪とか胸も揺れ動く。思わずそこに目が向いてしまって、向こうで同じふうに膝を立てて座ってる男の子たちから、視線が絶えないのも仕方ないのかなって思った。

 こんなにゆったりふわふわしてるからあんまり闘いとか向いていなさそうなのに、それでも実技の先生なのが意外だった。

 「話を戻すけどー、言っちゃうと現代魔法って戦うために作られたわけじゃないんだぁ。再生可能エネルギーとして物質生産過程で使われることがほとんどだからー、実技って言っても戦闘はしないよー」

 ほっと胸を撫で下ろす。本当のことを言ってしまうと争うのは好きじゃないし、相手が莉子だから憂鬱だった。でも闘わないなら頑張ってみようかな。魔法を使えば何か、思い出すかもしれない。ちょっとだけうずうずする。

 「じゃあ早速、火属性魔法の復習からいってみよっかー」

 少し専門的な話があってから、ペアになった二人でグラウンドに散らばるよう指示された。莉子の方を向くと、何も言わないで校舎の反対側へと歩き始めたから、とりあえずついて行くことにした。

 私達だけかなり広がって、グラウンドの隅の方まで来たんだけど、莉子はそのまま少し山になってる木陰に腰を下ろした。

 今日は晴れていて日差しがとっても心地いいから、お昼寝したら気持ちよさそう。

 「……なについて来てるのよ?」

 今まで気づいてなかったみたいで、莉子が腰を下ろしたところで目が会い、その途端に眉が不機嫌そうになった。

 「莉子のペアだから」

 「私、やらないから。そもそもなんで、莉子って呼んでるのかしら?」

 「名前、莉子じゃないの?」

 みんな莉子って呼んでたから私もそれが名前だと思ってたんだけど、違ったのかな。言いたいことがよくわからなくて首を傾げていると、莉子はあからさまにため息を吐いて、「もういいわ」って掌を二回見せた。あっちに行けってことだと思う。

 言われた通り莉子には関わらないことにして、一人で実技を行うことにする。

 私はみんなと違って昔の記憶がないから、まずは火属性基礎単一魔法の行使から。魔法陣が描かれた五センチ四方くらいの紙を握って、胸の前あたりまで腕を伸ばし目を瞑る。

 体の内側にあるはずの魔力に語りかけ、源から必要な分だけすくい上げるイメージ。濃い青色で冷たく透き通っている液体みたいな。

 現代魔法では魔力を直接体外に放出するんじゃなくて、魔法陣が書いてある何かしらに流すのが基本。魔力が陣に書かれている命令に従って魔法を行使するらしい。

 この紙に書かれている命令は、火属性への偏心へんしん、数は一。向きは不定で威力は200カロ。静かに目を開いて魔力を紙に流し込む。

 持ち手側、円陣の端っこから時計回りに青色が浸食していって、十秒くらいかけ半分を過ぎた辺り。ボワって陣が赤色に変わって、魔力が火属性に傾いた。

 ちょっとだけ手に温かみが伝わってくるこの時が、初めて術者以外に魔法の属性を認知させる。

 いずれ魔力が陣を一周して、魔法陣が赤く光った。

 「ぁつっ」

 魔法陣の中央から紙が燃えだし、私の身長より少しだけ高い火柱が上がった。驚いてビクってなる。

 「乙音ちゃんすごーい」

 聞こえた声が先生のだってすぐわかったんだけど、驚いて手が変な位置にあるまま顔だけが向いた。

 「魔力の流れがとっても綺麗」

 褒められてるのはなんとなくわかったけど、意味が分からなくて首が傾く。

 「魔力量は魔法陣の大きさで決まるからー、注いだ魔力200カロはみんな一緒なの。だけどぉー、魔力が魔法に変わる時、つまるところー、魔力が現実世界に影響を与える時。ちょっとだけ魔法になりきれずに魔法陣の外へ逃げちゃう魔力があってね、200カロ全部が魔法に変わるわけじゃないんだぁ。ってここまで言ってる意味わかるぅ?」

 うんって頷く。本当は、正直ちょっとよくわかってないけど。

 「けどぉ、乙音ちゃんは魔力のコントロールが上手だから、ほとんど無駄なく魔法に変わってたよ」

 変わってた?

 「見えるんですか?」

 「うん。それが私の異能だよぉ。ちなみにー、本来の200カロなら燃えにくい加工が施してあるこの紙を、フワって焼き払うくらいの火力しかでないのー。だけどさっきの威力、乙音ちゃん、魔力そのものの質も、とってもいいんだと思うよー。こんなに透き通った魔力見たことないからねー」

 なんとなく軽くお辞儀をしておいた。

 「今の様子だと基礎魔法は大丈夫そうだね。他のみんなと同じく、応用魔法の練習に入ろっかぁ」

 「わかりました」

 授業の始めにしてくれた先生の話では、魔法陣を経由して魔力を行使するのが基礎魔法で、魔法陣を経由せず直接体外に魔力を放出するのが応用魔法だったはず。

 発動までが短いし魔力量も向きも、その時その時で決められるから便利だけど、基礎魔法と違って術者によって使える属性がまちまちになっちゃうのが難点なんだって。

 「センセー、ちょっといー?」

 グラウンドの中央辺りでこちらに手を振っているペアがいる。とっても仲の良さそうな二人だけど、私達とは別のクラスの子だと思う。

 「はぁい、今行きますねー」

 手を振って答えてから私に、「じゃあ頑張ってねー」って、言って背中を向けた。

 心の中でお礼を言って、軽くお辞儀をしておいた。

 それから一人黙々と時間を費やして練習してたんだけど、結果が実るよりもお昼休みの鐘の方が先に鳴ってしまった。

 三時間目の後半と四時間目を費やしても、応用魔法のコツをこれといって掴めないでいた私は、きっとガインデルベ帝国からの異世界帰還者リスパーじゃないのかも。なんて思った。

 結局私の過去について、何か思い出すことはなかった。ただ、また時間を見つけて練習だけはしておこうかな。

 「莉子」

 鐘が鳴り終わって、グラウンドに散らばったまま授業終了の指示を受けたんだけど、グラウンドの隅に寝そべっている莉子に動く様子がなかった。気になって声をかけてみたけど、返事もない。

 「莉子?」

 影が落ちるくらいまで近寄って、上から覗き込んでも、眉さえピクンとも動かない。微かにすぅすぅと静かな呼吸だけが聞こえた。

 温かな日が降り注いで、風は芝生や木々を優しく揺らす。三時間目からこの体勢のままだったから、本当に寝てしまったみたい。

 「莉子ー」

 頬を指先で突っついてみる。きめ細かくてもちっと弾力のある肌。ちょっとだけ鬱陶しそうに寝返った。

 近くで見ると無防備に寝てる姿さえも、本当に綺麗でちょっと羨ましい。

 「……ん」

 「莉子」

 「んっ……」

 莉子が二回目の寝返りを打って、目が2、3度瞬いてから開いた。そのすぐ後のこと。

 「乙音! 危ないっ!!」

 誰だかすぐにわかる声。昨日お昼を誘ってくれた一人の、とても焦っていて荒い、悲鳴みたいな声。

 反射的に振り返って、視界のすぐ先だった。

 人4人分くらい大きい火の塊が、すぐそこにまで迫っている。なんで、なんて考える間もなく瞬時に立ち上がって体を動かすけど、わかる。間に合わない。

 咄嗟に逃げるのを止めて、体を大きく横に広げていた。せめて体全身で受けないと、後ろには莉子がいる。

 肌が焼けるほどの熱さをようやく知覚して、怖かったけど目はしっかり開いていた。

 自分でも驚くくらい鮮明に感じ取れる。迫ってくる火の玉も、身を焼く温度も、体の内側から込み上がってくる、不自然に熱い何かも。途端、酷く冷静になって覚悟が決まった。

 奥歯をぎゅっと、噛み締めた。


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