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たとえ世界は違えども  作者: じゅわき
1/3

一話 「チョコとみかん」

 その日はひどいくらいの豪雨だった。目に点々と映る街灯の灯り。ぼんやりとした視界。

 どこに行くんだっけ? どこから来たんだっけ? なんだかもう、頭がぼわっとしてよく思い出せない。

 頭が熱い。胸が熱い。体全身が嫌に熱いのに、手足だけはおかしなくらいに冷たい。それでも動き続ける足に体がやっとの思いでついていく。右に、左に、揺られながら。

 「ちょっ…………なた! だい……ぶ? ……ら……ゃない!?」

 何か聞こえる。前か後ろか。

 突然、ガッて体が動かなくなって背中にほんわり柔らかい感触が伝わってきた。さっきまでのとは違う、抱き込まれるような優しい熱。このまま包み込まれたいくらい心地いい温かさだった。

 「ねぇ! ちょっ…………して」

 夜の黒に浮かぶぼんやりとした輪郭。それが私の、最初の記憶だった。



 三ヶ月の月日が流れた。

 「乙音おとね、そろそろ着くわ。準備して」

 正面を注視してた淳子じゅんこの視線がチラついて、バックミラー越しに目があった。私は隣に置いていたスクールバッグを軽く持ち上げ、膝の上に乗せる。

 「登校初日だっていうのにいつも通りね。緊張とかしないわけ? まぁ、その方が安心するけど」

 長い前髪を鬱陶しそうに耳にかけ直すと、淳子はウィンカーを切った。

 「いい? いつも言ってるけど厄介ごとには首を突っ込まないこと。自分でわかってると思うけど、アンタ、一人じゃ何にもできないんだから」

 軽く頷いて窓の外に目をやった。私と同じ服を着た人が大勢いる。四人乗りの小さな車はその数人を通り過ぎて、校門の前でバサードランプを焚いた。

 「帰りは迎えに来れないから、一人で帰ってちょうだい。道、わかるわよね?」

 車から降りて、頷いて返した。ドアを閉めると、「じゃあ楽しんで来なさい」ってちょっとだけ開いている窓から言い残して、淳子は発進した。

 正門から入って並木道を抜け、見慣れない校庭を横切って校舎を目指す。「赤色とか青色とかいろんな色の髪をした人がいるから、銀髪でも目立たないよ」って淳子に言われたけど、他に銀髪の子はいないから、やっぱり目立ってる気がする。

 玄関に入って、持って来ていた上靴に履き替えたら、校内の表札を頼りに職員室へ。途中ガラス張りの中庭があって、中央にそびえ立つ青緑色がすごく綺麗だった。

 「失礼します」

 三回ノックして敷居を跨ぐと、男性教師の前に案内された。細長い顔の、ちょっとヒゲがチクチクしてそうなひょろ長い先生。

 「お前が天野あまの乙音か。俺は酒井さかいだ、今日からよろしく頼む。早速だが時間だ、教室行くぞ」

 何か返す暇もなく立ち上がって歩き出したから、ちょっと慌てて後に続いた。今来た道をちょっとだけ戻り、左に曲がって階段を上がった。朝日が差し込む廊下を進んで、手前から三番目の扉に、先生は手をかけた。

 「おーい、お前ら席に着けー」

 がらがらがらっとドアを開け中に入ると、教室が変に騒ついた。黒板の真ん中で止まった先生に習って、私もその横で立ち止まる。

 「気持ちはわかるが騒ぐな。今日は少し早めに朝のホームルームを始めるぞ」

 先生が名簿や教科書をトントンしている間にみんな席に着き、教室はすんなりと静まり返った。

 座ったままでもわかるくらい背が大きい人や本を読んでいる人、正面を向いたまま寝ている人とか、みんなより少しだけ目線が高い教壇の上だと、教室がよく見渡せた。

 視界の隅に誰も座っていない席が写る。最後尾でドアから一番遠い席。ふと視線が横に移って、隣の席の女の子と目が合うと、一瞬眉が引きつってから目を逸らされた。機嫌、悪かったのかな。

 「さてまずは、見てわかる通り転校生の紹介だ。自己紹介してくれ」

 「天野乙音。よろしく」

 初夏のそよ風で、カーテンがしゃらしゃらと鳴っている。どうしたのかな、丁寧にお辞儀までしたのに、妙な静けさだけが残った。

 「ちょっと待て、それだけか? せっかく自己紹介するんだ、他に言いたいことないのか? 本当になんでもいいぞ」

 なんでもいいって言われると困る。けどちょっと考えて、ハッとする。私の言っておきたいこと。

 「おっ、なんか見つかったか?」

 首を縦に振って肯定し、正面に戻って口を開く。

 一つだけあった。私の、自分について知って欲しいこと。

 「天野乙音、記憶喪失です。仲良くしてください」

 やっぱりちょっとの間があいて、鳴ったチャイムが、とても大きく聞こえた。



 お昼になったら、パンを食べたかった。イチゴかチョコの味がする耳がなくて四角いやつ。前もってお金は淳子から貰ってたから、そのつもりだったんだけど、お昼休みの今、私は職員室の前にいた。

 「失礼しました」

 職員室のドアを閉めて、ほっと一息。今度こそ購買へ向かおう。

 「おっとねー、ちょっといい?」

 行き先を塞ぐように、見覚えのある女の子が二人立っていた。多分クラスメイト。

 ホームルームの後みんなが一斉に話しかけてきたから、結局誰の名前も覚えられないまま授業が始まってしまった。この二人の名前、なんだっけ。

 「酒井のやつなんて言ってた?」

 話自体は5分かからないくらいで終わるほど短かった。

 「記憶喪失のことみんなには黙ってるつもりだったけど、お前が向き合うつもりなら応援するから、なんでも言ってくれ。って」

 「なにそれ、あたしらが敬遠するとか思ってたわけ? あたしらのことなんだと思ってるのよ、あのヒゲは」

 「それな」

 「でも案外、ちゃんと教師やってるから許す」

 「まじ、それなっ!」

 二人で顔を見合わせて、ニカラっと笑う。

 「でもそんな理由で呼び出して昼休み潰すんでしょ? やっぱないわー」

 「ほんとそれー」

 笑ったかと思ったら今度はもう、冷めたような表情をしている。気の変わりが早くて、ちょっとついていけない。

 「てかさ、乙音お昼まだっしょ? 一緒にたべよっ?」

 「たべよっ! たべよっ!」

 少しきゃぴきゃぴしてるけど、気さくって言うのかな。悪い人じゃない気がした。

 断る理由もなかったから、頷いて歩みを再開する。まずパン買ってこないと。

 「ん? 乙音どこ行く? 教室こっちだぞぉー」

 「パン買う」

 「購買? ならついてくよ、すぐそこだし」

 職員室を出て左に進めば渡り廊下があって、その奥が購買。ここからでも賑やかな声が聞こえてくるくらいには近かった。

 「何パン買うの?」

 「耳ないやつ」

 「あー、あれね! ふわっふわなやつっしょ?」

 「うん!」って言ったつもりで強めに頷いたら「ふん!」ってなった。

 「なんか乙音がそれ食べてるとこ想像したら、小動物みたいで笑える」

 「たしかに」

 なんでか二人に笑われて、こんな話しかしてなかったのにもう購買に着いた。

 「すごぃ……」

 「いっつもこんなんだよ」

 おっきなカウンターが一つあって、そこにおにぎりとかパンとかがいっぱい並んでる形式の購買。カウンターの周りはもう、人で埋め尽くされていた。

 「てか、早くしないとなくなっちゃうって」

 はっとして買いに行こうとしてみたものの、なかなかカウンターにすら近寄れない。人混みは苦手。順番も決まってないから、あっちからもこっちからも人が入り込んできて、一向に買える気がしなかった。

 「ご、ごめんなさいっ!」

 今にも泣き出しそうな女の子の声が聞こえたのは、そんな時。私の少しだけ後ろだった。

 私が振り返った時にはもう何かが起こった後みたいで、青い髪の女の子と、その子に怯える女の子の二人に視線が集まっていた。見たところ何事もなさそうなんだけど、それにしては空気がピンっと張っていた。

 青い髪の子はしっかりと覚えてる。朝のホームルームで目があった、機嫌の悪い子。名前は知らないけど席が隣だし、すごい綺麗な顔立ちをしているから忘れられなかった。

 「別に、気にしてない」

 肩までかかるさらさらな髪を一度靡なびかせると、少し早歩きでカウンターに向かう。彼女の周りからは自然と人が遠ざかって、やがて私の横も通り過ぎた。

 ほのかに甘い、花の香り。

 「あら、リコちゃん。おはよ」

 「おはようございます」

 なんでか青髪の少女がいる間、彼女の許しがないと話すことも動くことも禁止されてるみたいな感じがして、みんなが黙ったまま、彼女とおばあさんのやり取りを見ていた。

 「いつものでいいかいぇ?」

 「はい」

 「そう、ちょっと待っててね」

 カウンターの下をちょっと覗いて、パシャパシャと音のする袋を一つ取り出す。

 「はい、ミカンオールドファッションと、チョコミントバニラクリームスカッシュ。三五〇円ね」

 「ありがとうござい——これ…………」

 受け取って袋の中を軽く確認すると、申し訳なさそうに中身の一つを取り出した。中くらいのチョコチップメロンパンが三つ入った細長い袋。

 「おまけだよ、おまけ。いっつも同じじゃ飽きちゃうでしょ? それに食べざかりなんだからこれくらい食べないと」

 「痛み、入ります……」

 「はいよぉ、また来てねぇ」

 メロンパンを袋に戻して会計を済ませると、リコはすぐにカウンターを離れていく。

 袋を握った右手の首。はめた太めのブレスレットは、火が燃え盛ってる変わった模様。

 何か訴えかけてるみたいな模様なのに、少しの感情も滲み出さない莉子の無機質な表情は、ちょっとだけ苦しそうに見えた。

 「……なにか用かしら?」

 リコを見つめていたのは私だけじゃないのに、通り過ぎてからわざわざ振り返って、口を開いた。

 まっすぐ私を見つめる瞳の青色さえ、とっても綺麗だ。

 「ん? とくに」

 「そう、なら行くわ」

 振り返る仕草でまた髪がなびく。不思議な甘い香りだけ残して、去って行った。

 本当はちょっと、ミカンオールドファッションってなに? って思ってた。

 「ちょ、乙音!」

 リコが去ってから、一緒に購買まで来ていた二人が駆け寄って来た。他のみんなも、まるでかけられた魔法が解けたみたいに動き出す。

 「莉子と普通に会話しててめっちゃ焦ったんだけど!」

 「莉子……?」

 「そう! 川上かわかみ莉子! アイツはその辺の異世界帰還者リスパーとは違う、世界でも10人しかいない有段者よ!! その上躊躇ちゅうちょなく人を傷つける、危険なやつなの! 冗談なしで関わっちゃいけない奴だよ!」

 10本の指を立てて顔の前に突き出された手が、ぶつかりそうなくらい近くて、ちょっと仰け反った。二人ともさっきにも増して口調と仕草が激しくなってる。ちょっとうっとうしい。

 「噂じゃ何人か殺ってるって話。この前も他校の異世界帰還者リスパーが莉子に絡んで病院送りにされたって言うし……って、乙音。流石に異世界帰還者リスパーくらいは覚えてるよね?」

 どこかで聞いた事があるような、無いような気がする。

 「……超能力?」

 「いや、意味的にも語源的にもエスパーなんだけど、英語のそれとはちょい違う」

 思い出した。二時間目の英語。イギリスへ手品を見に行った静香しずかちゃんの話で、出てきた単語だ。

 「異世界放浪者リスパーっていうのは、リターンオブエスパー。単に超能力者ってことだけど、その中でも異世界に転移転生してから、こっちの世界に戻って来た人のこと」

 「一昔前なら珍しかったけど、今じゃそこら中にいるし、かく言う私とコイツもそう。てか、ウチら特殊能力学科だからクラスの奴みんなそうだよ」

 そういえば、淳子もそんなこと言ってた気がする。こことは違う世界がどうとかこうとかって。正直よく分からなかったから、あんまり覚えてないや。

 「もちろん乙音もね」

 「……そうなの?」

 自分のことなのに、全然知らなかった。でもなんでだろう。このちょっと納得いかない気持ち。ちょっとだけ、ほんの少しだけ、何かが違う気がする。

 なんて言えばいいのか、当てはまる言葉を探しているうちに違和感の方から薄れて、何を言葉にしたかったのか忘れてしまった。

 「他の世界に行ったことある人ならわかるよ。なんていうか、魔力の質っていうか雰囲気が違う。魔法的な力って元々こっちの世界にはなかったものだからか、あんま体に馴染んでない人、結構いんのね。けど乙音からはその違和感を感じ取れない。それ、魔力の扱いに慣れてる証拠ね」

 前に淳子が言ってのは、きっとこのことなのかな。魔法の使い方も、自分に異能があるかどうかさえ覚えていない私を、特殊能力科こっちに入れてくれたのは、淳子もそれを知ってたから、だよね。

 「きっと、ふとした時に全部思い出して、本当の居場所にも帰れるよ。だからその時のためにも、莉子とは関わらない、わかった?」

 「……」

 心配してくれてるって事は伝わった。それでも、簡単に頷く気にはなれなかった。

 「それじゃ、気を取り直してお昼にしよっかー」

 何も返せないでいたのに、二人は気にする素振りもなく私にパンを買うよう促した。

 ちょっとの申し訳なさを支払って、私はチョコ味の方のパンを買った。

 それから教室に戻り、今日は天気がいいからってガラス張りの綺麗な中庭でお昼にした。日差しが暖かくて、とても心地よかった。

 お昼からの授業はあっと言う間に終わった。内容は多少知っていることもあったけど、それでも大半は知らないことばっかりで、一生懸命ノートを取っていたらすぐに放課後を告げる鐘が鳴った。

 お昼の二人はバスケットボール部の活動があるからって、チャイムが鳴ったら颯爽と教室を出て行って、他のクラスメイトから声をかけられることもなかったから、一人で教室を後にする。

 外では空の黄色が少しずつ濃く、赤く染まり始めていた。朝よりも沢山の人が往来している校庭を眺めながら進んで、正門まで続く並木道に差し掛かる。

 「ざけんな!」

 並木道の右側。入り組んだ木々の奥からだった。ちょっとがらがらしていて、いかにも不機嫌そうな男の人の声に驚いて、思わず視線がそちらに向いた。

 木の影にちょこんと、ブレザーの切れ目が覗いてる。私のと違って薄い生地じゃないから、男の子かな。何してるのか気になって、自然と足が引き寄せられた。

 「いいからさっさと出すもん出せよ!」

 鈍い音がなって、木陰から一人、仰向けに寝転ぶ格好で飛ばされてきた。その男の子は顔のところどころが腫れあがっていて、制服に血と泥が滲んでいる。

 喧嘩かと思ったけど、違う。木陰からさらに男の子を見下して笑う声が聞こえてきた。

 見えた数は四人ほど。赤髪と明るい青髪の男の子二人と、茶色の髪をした女の子二人。私や倒れている彼と違って、制服の胸に赤いバッチがついてるから二つは歳が上のはず。

 「ったく。最初から大人しくしてりゃ、こんな痛い目見ずに済んだのに、よ!」

 「ぐぅはっ!」

 赤毛の人が男の子のお腹を思い切り踏みつけ、顔をぐっと寄せる。

 「お前の能力じゃ俺らには勝てない。これでよくわかっただろ?」

 「だーかーらー。早いとこ、出してくんね?」

 どうしよう。

 背筋がゾワっとする。

 行ったところでどうにもできない、なんて言い訳が瞬時に頭をよぎった。

 ほっとけない。でもそれ以上に、怖くて足を踏み出せない。

 放っておくことも、助けに行くこともできない。

 苦しんでいるのに、傷ついているのに、私は何もしてあげられない。してあげられなかった。

 「なにしてんの?」

 ——だから、嬉しかった。

 「あん? なんだお前?」

 莉子が、そこに来てくれて。

 「一年じゃん。わざわざここに入ってくるって、ただの馬鹿でしょ」

 「いいじゃん、いいじゃん! 使える金が増えるんだし。やっちゃおうよ!」

 男の子の影に隠れながらけらけらと揺れる茶髪を見て、莉子の表情が一瞬だけ、本当に不快そうに歪んだ。昼間購買で話した莉子と今そこに立っている莉子は、全然纏ってる雰囲気が違っていた。

 「そういうのほんと、反吐が出る」

 なんていうか、こう、ゾクっとした。

 目には見えなくて感覚もうっすらだったけど、今、薄い膜みたいな何かが全身を通り抜けて行ったのを感じた。

 いつの間にか莉子の目が赤色く染まっていて、まるで莉子の気持ちをそのまま瞳にしたみたいに見えた。

 すごく危ない気がする。莉子じゃない、他の4人が。

 「は? お前今なんつった? あんま調——」

 一瞬だった。

 赤髪の男が吹き飛んでいって、敷地を囲う鉄の柵に打ち付けられる。

 「ゔっ」

 体に捻じ曲げられ、鉄柵がぐんにゃりと曲がっていた。直後血を吐いて地面に転がり、赤い髪の子は動かなくなった。

 「今のは……?」

 思わず口を吐いていた。莉子が手をかざした途端、目の前の空間が球体にかたどられ、目で見ていては追いつけない速さで赤毛の子に直撃。彼が飛んでいった。

 無色透明な、でも実体のある何か。あの歪みは、一体なに?

 「なっ……」

 「今すぐここから消えて。これ以上は手加減できそうにないから」

 他の三人も倒れた少年も、私と同じようになにが起こったのかわからず、唖然としていた。

 「早くして!」

 そんなこと、莉子にはお構いなしだった。口調も声量も大きく変わって、ものすごい迫力の一言だった。

 三年生の三人は赤髪の男の子も放って、叫びながら走り去って行った。

 「ほんとくだらない」

 莉子は心底呆れたように溜息を吐いた。

 淡くオレンジに染まり始めた木々と、校庭から届く賑やかな声。打って変わって寂しくなるくらい静かだ。

 「莉子」

 気づくと、私は莉子の名前を呼んでいた。

 「転校生あんた、そこで何してるのよ……?」

 「ありがと」

 それを伝えたくて声をかけたわけじゃないし、莉子の質問の答えにもなっていないのに、いざ口を開けてみると、勝手にこの言葉が出てきた。

 「……なんでアンタが?」

 「私じゃなにも、できなかったから……」

 「そう」

 すごいと思うくらい、淡白な相槌。私がここで見ていたことも、最初から知っていたとさえ思えてしまうほど。たぶん莉子にとってはその程度のことでしかないのだと思う。

 「じゃあこの二人、保健室に連れてっといて」

 「うん」

 それくらいできるでしょ、って言われてる気がしたけれど、それでも嬉しくて、「うん!」にならないくらいの、だけどそれくらい強めに頷いた。

 立ち去ろうとする莉子とすれ違って、先に赤い髪の男の子を運ぼうとしたんだけど、一つ気がついた。

 重たくて持ち上げられない。

 「はぁ……」

 どうしようか考えていると、立ち去るはずの莉子が戻って来て、無言で赤い髪の子を持ち上げた。続けてもう一人の男の子には肩を貸して、結局莉子が二人を保健室まで運ぶことになった。

 私は何もできなかったけれど、保健室には一緒に行った。10分くらいは一緒にいたのに、これといって特に、話もしなかった。


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