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小人

作者: 齊川萌

 小学生の頃、私は頭の中に小さな小人を飼っていた。そいつの身長は約10センチ。現実世界に出てくる時には私の肩に乗っている。白雪姫に出てくる小人よりも質素で貧乏くさく、髪も髭も真っ白で、瞳は濁った灰色をしていた。しかし、そんな奇妙な姿でも私以外の人間に見えることはない。

 私は手のひらにダンゴムシを載せて、足元では石ころを蹴飛ばしていた。学校から家までの短い帰路の途中だった。一緒に歩いていた秋穂ちゃんは私の蹴飛ばした石ころを追いかけている。

「次は涼子ちゃんの番だよ! 早く早く!」

 秋穂ちゃんは蹴飛ばした石ころのすぐ横で手を振っている。運動が得意な秋穂ちゃんが蹴り出した石ころは、もう少しで側溝に入ってしまいそうな、ギリギリの場所で踏ん張っていた。

「あ」と、私は小さく悲鳴をあげた。小人が側溝の中に入って背伸びをし、石ころが落ちないようにぐっと両手で支えているのだ。私は秋穂ちゃんが小人の存在に気づいていないことを確認してから、さらに小さな声で囁いた。「どうして石ころを止めちゃったの? もし落ちていれば、私はいつも通りゆっくり家に帰れたのに。それに、こんな風に簡単に外に出て来ちゃダメだよ」

「それじゃあ、早くそちらに蹴り出すんじゃ。わしの力ではもう限界じゃ。ああ~!」と、小人は叫んだ。「この石ころがここに入ったら……」

「なあに? 何か悪いことが起こるの?」

「悪いこと……そうじゃな、ご主人には教えておいた方がよかろう」と、小人は言った。汗が目に入ったのか、右目を瞬かせている。「この石ころはただの石ころではない。側溝に落ちたら最後、魔王に変身してしまうんじゃ。それはご主人が今使える魔法ではどうにもならん。今すぐこの石を元あった場所に返さねば……ううっ……」

 手で拾い上げられるほどの大きさしかない石ころなのに、小人にとっては崖を崩れ落ちる大きな岩のように感じられるのだろうか。両腕はプルプルと震えだし、足はがくん、と今にも膝から崩れ落ちそうだ。私はそのまま小人が石ころに頭を割られる瞬間を見ていてもいいかもしれない、なんて考えていた。

「何をしておるんじゃ! 早く! そちらへ!」

「はあ……そうだね、私だって老人の血なんて見たくないし」

「なあに!?」と、遠く数メートル先に立つ秋穂ちゃんが私に声をかける。動かない私を見かねていつの間にか遠くへ歩いていたようだ。「ブツブツ言ってないで早く蹴ってよ~! 涼子ちゃんがやってくれなきゃ、私たち帰れないんだよ~!?」

「うん~! 分かってる~!」と、私は言った。右の手のひらに載せていたダンゴムシにも私の緊張が伝わったのか、すっかりコロンと丸くなってまるでBB弾のようになっている。「いくよ~!!」

 私は小人の後頭部の方から石ころめがけて右足を振り抜いた。握りしめた手の平の中で、落ち葉を強く握りしめたときのようなカサリとした感触がした。あ、と思ったその瞬間、私の20センチの靴を履いた右足は小人の後頭部を貫いて石ころを放った。それは綺麗な放物線を描いて5メートルほど空中を飛び続け、秋穂ちゃんのおでこのど真ん中に命中した。

「痛い!」と、秋穂ちゃんは言った。だが悲痛な叫びは一瞬で終わり、次の瞬間私の顔を見上げるその表情は、思ったよりも楽しそうだった。「すごいね……! 涼子ちゃんはやっぱり、すごいや……! どうやったらそんなに遠くに……飛ばせるの……!?」

「魔王がね、誕生しないように頑張ったの」と、私は言った。「だって、その石ころがあの側溝の中の空気に触れると、すごく凶暴な、硬い硬い魔王になるっていうから……」

「まおう……?」彼女はそう言ってかすかに血の滲むおでこを左手で摩りながら、何かを納得したかのように突然大きく頷いた。「ああ! そうじゃ! ご主人、本当によくやった! かたい魔王はもうこの体の中に入り込んだ。心配することはあるまい。ご主人……涼子ちゃん、本当にありがとう!」

「う、うん」

 私は目を瞑り、頭の中にいる小人を強くイメージした。だが一向に姿を現さない。肩を見てみるけれど、乗ってもいない。あの小人が一体何だったのか、私にはよく分からない。

 あの日を境に、石ころを蹴りながら下校することも、ダンゴムシを手に載せて転がすこともしなくなった。あれをきっかけに世界が私の現実と一つになったのだということに、ようやく気が付いた。 

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