雪の降る朝
早朝。
まだ薄暗い空に雲が白い線を作り、黒い森と雪原を沈みかけの月と星が微かに照らしている。
「それでは作戦を説明する」
空気まで凍てつくような静まり返った空の下で、馬に乗った親父は戦況を話し始めた。
「敵は山賊、数は十七人だ。川辺の村を襲い、今は使われていない領主館に立て篭っている」
「結構、多いのぉ……」
うち一番の古参兵ホルスト爺さんが槍を片手に合いの手を入れた。
「ああ。こちらは偵察に出ているアシッドを入れても五人。各自、取り逃がさないように動け」
「おうよ。しかしのう……」
「なんだ? 心配ごとか?」
「うむ……こっちの半分はジジイとひよっこじゃ。大丈夫かと思うてな」
ホルストがこちらを心配げに見やる。
まあ、たしかに、と思う。
ホルストは強い戦士だが、流石に年だ。まだまだ元気だが、全盛期とは言えないだろう。
俺は駆け出しだし、もう一人もそうだ。
負ける気はしないが、余裕というわけでもない。
「…………」
「そうブスッとするな、クリフ」
「……わかってるよ」
ホルストの言葉に、クリフはふてくされたような顔で、ウサギのように柔らかい白い髪を縦に振った。
狩人帽子を目深に被って、外套の襟に顔を埋めた彼の肩には最新の火縄銃が揺れている。
彼は鍛治屋ホルストの末息子であり、俺の幼馴染みのクリフ。
今回の戦は彼の初陣でもあるのだ。
『俺は北側から攻める。ホルスト、アシッドと合流して東から攻めろ。アーク、クリフ、お前らは南だ』
『分かった。役割は狙撃と陽動か?』
『そうだ。タイミングはこちらで合わせる。お前らの好きにしろ』
親父の指示を思い出しながら、俺とクリフは遠く離れた高台から村を見下ろしていた。
村は全体をそれなりの大きさの木の柵で覆われていた。西にはそれなりに深くて、流れの早い川が流れており、何の対策もなく入ったら凍死しそうだ。
これだけでも田舎の村には十分な防備だが、この村には空堀と跳ね橋、見張り塔まであった。
「柵だけじゃなく、空堀に跳ね橋まであるのか。ただの村にしちゃ防衛設備が大袈裟だな」
俺の呟きを聞いていたのか、クリフは銃口に棒を突っ込みながら言った。
「あの川の勢いじゃあな。土が削れちまうし、かといってため池のようにしたら凍っちまう。穴ぼこの方がまだマシってわけさ」
「なるほど」
大した防備だ。木の柵なんて、大きさや丈夫さからしてちょっとした城壁と言っても良い。何せ材質が違う。
もっともそれら施設も奪われ、今や山賊のものになっているのは皮肉だが。
「って、おまっ、そんなに顔を出すなよ。見つかったらどうする気だっ」
「こんなに離れているのに、心配症だな」
しゃがんだまま崖から頭を少し覗かせただけで、クリフに怒られてしまった。
こっちが高台にいる関係上、向こうからは10階建ての建物くらいジャンプしなきゃ、見えないだろうに。
だが、その臆病さは彼の種族の特性なので、気にしても仕方がない。
置きやすいところにあるうさぎ頭をうりうりと撫でてやると、鬱陶しそうに払われてしまった。
「向こうの気配は掴んでるし、こっちの気配は消している。それにこっちに来てくれるなら、それはそれで構わない」
「オヤジたちの負担が減るから、か?」
「ああ。村からここに来るには、俺たちの眼下を通る以外に道はない。少数でのこのこやって来たら、お前とアシッドの良い的だ」
「敵が大群なら?」
「その時は1.2発撃って、さっさと姿を眩ませれば良い話だ」
別にここに固執する理由はない。丁度良い場所に崖があったから使っているだけで、別の地点から狙撃しても良いのだ。
それが分からないクリフではないのだが、彼が神経質そうに銃を点検する姿を見て、俺は言った。
「そうカリカリするな。かわいい顔が台無しだぞ?」
「うっせえな。男にかわいいとか言ってんじゃねぇよ」
俺が慣れない冗談を飛ばすと、少しだけいつもの口の悪さを取り戻してきた。よしよし、このまま行こう。
「じゃあ、さっさと敵を片付けてくれ。そのかみなりかん、だっけか、クズ魔石にソフィが雷を入れた……」
「雷管な、雷管。へえへえ、言われなくてもやってやるよ」
ほどよく緊張がほぐれてきたところで、彼はため息をついて、胸ポケットから片眼鏡を取り出して右目に当てた。
キュイーーン、と小さな音を立てて、彼の右目の片眼鏡がいくつものレンズを展開する。
「距離450、風向き北北東、風速3……」
俺は必要な情報を淡々と報告していく。
あのレンズにもそのくらいのことは書かれているだろうが、最初だし一応な。
それに合わせて膝立ちのクリフが火縄銃の位置を微調整し、新鮮な縁銅豆の鞘と雷管を入れて……
「目標、見張り台。撃て!」
雷鳴が轟き、銃口から炎と共に弾丸が射出され、見張り台を山賊ごと粉々にした。