ならば両手で叩き斬ろう
『ドラゴンズハンド……斬り落とされ、乾燥した竜の腕。
世界の始まりより古き竜は、決して死ぬことがない。死とはまどろみに過ぎず、やがて命を喰らい、蘇るだろう。それがたとえどんな姿に成り果てようとも……
ほー、なるほどなるほど……』
『おーお、お勉強はそれで終わりかい? クリフ』
『うるへえ! 俺だって好き好んでやってるんじゃねぇんだ! ドラゴンが只者じゃねえってことくらい、分かってらあ!』
ありし日のクリフとホルストの会話が頭をよぎる。あれはたしか春の日、俺が性懲りもなく親父との手合わせに負けて、座禅を組まされていた時だったはずだ。
『目に頼り過ぎるな。もっと自然の音に耳を傾けろ』
そう言われ続けて2週間、反抗心をさておいて、ともかく無心で耳を澄ましたら森の向こうからクリフたちの声が聞こえてきて驚いたのを、よく覚えてる。
「はぁ……はあ……」
「くそぉっ! 何発叩き込みゃあ気が済むんだ!」
みんなを守るのが、だいぶキツくなってきた。
白銀の巨大な手が、家を握り潰しながら立ち上がる。異様な雰囲気だ。
竜の腕は銀の腕輪が無数に繋がったような形をしている。白銀の布を包帯がわりに腕に巻き付けてるような形と言っても良いかもしれない。
そいつも俺たちとの攻防で、あるいは無理な使い方による自滅で傷だらけになり、焼け爛れてもいたが、奴の発する緑の光と周りを漂う霧が瞬く間に腕の傷を癒してしまう。
「これで何度目だ、アーク?」
「五度目だ。弾はあと何発余ってる」
「二十五発だ。参ったなこりゃ」
「完全に膠着状態だ。このままじゃジリ貧だぞ」
何度壊そうとしても回復を繰り返す向こうに対して、こっちはとっくに満身創痍。
村人たちが避難してくれたおかげで、多少戦いやすくはなったが、彼らの足では遅すぎて十分な距離を取れていない。
おかげでこっちは全力で剣を振り回すことも、全速力で走ることさえ出来ない。
かみなりの試練を超えた俺たちが、本気で加速したり剣を振るったりすると、世界を構成する粒々にぶつかって辺り一帯を盛大に吹き飛ばす羽目になる。
村を守るために戦って、村を吹っ飛ばすのでは本末転倒にもほどがある。阿呆の所業と言って良い。最低でも村の施設はともかく、村人は助けないと任務は失敗だろう。
かといって、それら諸々の事情を纏めて攻撃力に変えられる奥義月影や、魔を祓う破魔の剣はホイホイと乱発出来るようなものじゃない。
武器や心身への負担が大きすぎて、考えなしに放てば、あっという間に手詰まりになるのだ。
「ーーっ!」
ガキンッ、と不意に振るわれた銀の腕を上へと弾く。敵の豪腕に暴風が吹き荒れたが、なんとか大地に根を張ったかのように動かないでいられた。
やはり鍛え上げた肉体と技は裏切らない。
雷の速さで飛べなくても、飛ぶために鍛え上げた肉体は、竜の腕の直撃を逸らし続ける頑強さと集中力を俺に与えてくれていた。
弾く。弾く弾く弾く。
歯を食いしばり、縦横無尽に、荒々しく振るわれる銀の腕を最小限の動作で躱し、弾き続ける。
腕の先や脚の先など、俺の動作が小さければ小さいほど、物理的な速度が遅ければ遅いほどに、周囲への影響は小さくて済む。
身体全体を使って全力疾走するのを誤魔化すには奥義クラスの消耗が必要だが、剣先や足先だけの加速なら今の俺でもぎりぎり通常技の範疇だ。
故に俺に求められるのは玄妙なる不動の剣術。出来るだけ小さな動作で敵の嵐のような暴虐を無力化すること。
周囲を爆発させず、なおかつこちらを一撃で殺しうる竜の攻撃に対応出来るギリギリの速さを出し続ける、気が狂いそうなチキンレースを楽しむ心だ。
寄生している人間のことなどお構いなしに、加速し続ける銀の腕を、先読みで弾いてスピードが乗り切る前に強制的に止めていく。
さながら濁流に杭打ち、大河の流れを誘導するような、あるいは爆音に休符を打ち込んで無理矢理音楽にしていく感覚だろうか。
「aAAAAAAA!!」
敵に理性はない。加速の末に大爆発を起こそうが、それで寄生先の哀れな男やその親戚が死のうが、どうとも思わないだろう。核爆発程度で死ぬ竜ではないし、そもそも腕しかないのにそんな思考を期待する方が無茶だ。
だから、俺たちが止める。家族の役に立ちたいと涙を流した男に、家族を殺させたくない。
「aAAAAAAA!!」
「ーーっ!」
しかし、理性はなくとも本能はある。
竜の本能。狩人として、不死者として、闘争の支配者としての本能が、奴を脅威の化け物へと変えている。
的確なのだ。
考える頭もないくせに、拳の振るい方、爪の使い方、腕の振るい方が極めて的確。荒々しさの中に同居しがちな、稚拙さが全く見られない。生まれながらにして熟練のハンターだ。しかも……
「腕が伸びただと!?」
「くっ!」
唐突に化け物としての本性を現すから始末が悪い。
竜の腕が伸びたなんて話は寡聞にして聞いたことがないが、こいつは至近距離の格闘戦の最中に平然とやってきやがった。
おかげで弾きも銃撃も失敗、奴の腕に鞭のようなしなりが加わったことで、加速を防ぐタイミングをずらされてしまった。
「アーク!?」
なんとかクリフに攻撃されるのは防いだが、能動的に敵の攻撃を打ち落としたのではなく、剣を盾に受け止めた形になり、今度は俺が盛大に吹っ飛ばされた。
千年杉で出来た家を三軒ほど貫いてようやく止まった俺は、遅れて響く爆音の中で血の唾を吐き、瓦礫の中から身を起こした。
「やってくれたな……」
腹にきついのを貰って多少ふらふらするが、タフさには自信がある。
俺は剣を杖に立ち上がった。千年杉から生命力を貰おうとした所で、銀の腕が猛烈な速度で突っ込んでくる。
手の平を広げ、咄嗟の逃げ場を無くした掴みかかりだ。
回復を待っている時間はない。
狙うはカウンター、敵の力を利用して輪切りにしてやる!
「来い! 二度目の死をくれてやる!」
俺が集中し、折れかけた剣を水平に構えた時、背後から雪片が舞った。
『そなたに竜狩りの秘技をお見せしよう』
滑らかな真言の詠唱と共に風が吹いた。一陣の風が。
最初は柔らかく、次に吹き荒ぶように強く、最後は嵐のような雷を纏う大風となって、俺の背後に収束していく。
『竜狩りの槍よ、太陽の化身よ。この地にかつての誉れを示現したまえ!』
「電磁……鉄弓!」
嵐のような老人の声が朗々と響きわたる中、鹿のいななきと、凛とした乙女の声がすると同時に、遂にそれは射出された。
見た目はクリフの使う雷鉄砲とよく似ている。
飛んでいるものが銅を含んだ豆ではなく、矢尻から矢柄まで鉄で出来た長大な鉄の矢であったが、それは些細な違いだろう。原理は一緒だ。
だが、乗っている力は桁違いだった。
ソフィとクリフの、つまり人の魔力と工夫で飛んでいる弾丸とは違い、彼女の放った矢に宿るのは純粋な神力。神なる者の力、権能の一端であった。
「ーーっく!?」
思わず唖然としていた俺はすぐさま攻撃を取りやめて身を引いた。下手しなくても、巻き込まれて消し炭になる。
横っ飛びに転がった先に見たのは、黒い矢が竜の硬質な手の平を真っ向から打ち砕かんとする姿。
鉤爪のように伸ばされた白銀の手と、黄金の雷光を纏った紅蓮の矢が拮抗、いや徐々に矢が押していく。
「竜狩りの神の矢で竜の腕を……再生する間もなく消し飛ばすつもりか?」
「そうよ。それが今、わたしに出来る唯一のことですもの」
無意識に呟いていた独り言に応えがあったことに驚き振り向くと、そこには一人の少女がいた。
服装と髪色、顔つきからして、北東の遊牧民族だろうか。
未だバチバチと放電している二本ヅノの赤鹿に跨り、黒と緑の中間くらいの色の髪を後ろで一つに纏めて垂らしている。
(たしか、緑髪の人たちはその髪で光合成が出来るとかなんとか、ソフィが言っていたな……)
魔法使いとしてはどうかは分からないが、剣士としてそして弓使いとしてよく鍛えられているのが、その伸びやかな姿勢と澄んだ目でよく分かった。
手には遊牧民特有の短弓。後ろ腰にはごく短い矢の束が収まった矢筒を背負い、腰には緩く湾曲した片刃剣を佩き、背中には長大な矢を収めた矢筒を背負っている。完全武装と言って良い。
「あんた、俺たちを助けに来てくれたのか?」
「そうよ。あなた達ではなく、お世話になってるこの村の人を、だけど」
「それでも良い。何故かこっちは増援が遅れていてな。感謝する」
俺が心からの謝意を送ると、少女はその端正な相貌を困惑に染めた。
「べつに、感謝されるようなことではない気がするけど……むしろ、わたしの方こそ、村を守ってくれてありがとう、というか……」
感謝され慣れていないのか、顔を敵の方へ向けてもごもごと言っている。意外と可愛げのある奴だ。
「このまま畳み掛けたいが、行けるか?」
話している間に大地と千年杉から最低限文化的な力をわけてもらい、立ち上がると、名も知れぬ彼女は首を横に振った。
「もう少し待って。あの矢には我らが父祖の大いなる力が宿ってる。下手な手出しは危険よ。わたしも、あなたもね」
「そうか。なら、今の内に情報をざっと共有しておこう。俺の持ってる情報をあんたに渡す。あんたも支障のない範囲で情報をくれ」
「わかったわ」
あの黒鉄の矢はどう見ても人間の持つ力ではなく、神か、それに類する異質な存在の力を借り受けたものだ。それ故に強いが、融通の効かないものでもあるのだろう。射手の彼女すら下手な手出しは出来ないらしい。
あの矢が何処までやれるかは分からないが、倒してくれるならそれはそれで構わない。俺の受けた任務は山賊討伐と村の防衛、そのためなら竜の首とて惜しくない。
(それに現状、こっちはほとんど手詰まりだ。いらん博打はしない方がいい)
奥義である月影か、貴重なエンチャント用アイテムを使い捨てなければまともなダメージは望めず、それすらあっという間に回復されてしまう。
俺が親父みたいに月影を通常攻撃みたいに連射出来れば良かったんだが、技量面でも体力面でも、そして何より武装面でもそれは不可能だ。
雷を纏った剣と弾丸で敵の手に雷を蓄積させて内側から破壊する作戦も試したが、継続的な強化が出来る分、月影ほどの爆発力を持たせられない雷剣や雷銃では決定打に欠けていた。
その辺のことを奥義のことなどはぼかしてざっくり彼女に手早く説明していると、土煙の中から見慣れたシルエットが寄ってきた。
「アーク、無事か!」
「ああ、無事だ」
瓦礫を掻き分けながら跳び寄ってきたクリフは開口一番無事かと叫び、それに俺が答えると猛烈な勢いでまくしたて始めた。
「あーもう無事なら無事って言えよ! 瓦礫の中から出てこないから、心配しちまったじゃねえか!
だいたい、あの光線みたいなのはなんだ!? あんな神さまみたいな技なんてお前持ってなかったはず、って女の人ぉ!?」
「どうも」
ここまでほぼ一瞬の出来事である。
竜の腕が大人しいうちは回復に専念したいということもあり、俺は地面に膝をつき、剣を床に突き刺したまま待った。
奥義の名を陽光。
元は己の手や剣に宿る力を敢えて空っぽにすることで、敵や周囲の物から生命力を奪う技だ。親父やホルストは息でも吸うかのように使えるが、俺には目を閉じて集中しなければ使えない。
この家の床や壁は千年杉製だから、無駄に生命力に満ち溢れている。村を守るためになら、少しばかり頂いても文句はでないだろう。
「あー、アーク? この人はどこのどなたさんだ?」
「さっきの凄い弓を射った人で、この村の救援だ。一応共闘する方向で纏まった。情報を共有しといてくれ」
「ほー。名前は?」
「知らん。自分で聞けば良いだろう」
「いや、初対面の女の子に名前聞くなんて、なんかナンパみてえじゃねえか」
俺は呆れてクリフを見た。いや、技を使ってる途中だから薄目を開けただけだが、そこには明後日の方を見て照れている少年がいた。
さっきの少女といい、ここが戦場だと分かっているのだろうか。しかもただの戦場ですらなく、竜の破片や遊牧民の神さまが出張ってくる異常極まりない戦場だ。可愛げを出している場合ではない。
「ダージリンよ、兎さん」
「お、おう。俺はビートクリフ。こっちはアーク。ガリア傭兵団のもんだ、です」
クスクスと笑うダージリンに半笑いで応じるクリフ。なんだこれ。
とはいえ、共闘する同業者相手に挨拶しないのも不義理なので、俺は手短かに告げた。
「ガリア傭兵団のアークだ」
「ドルジ族のダージリンよ。よろしく」
「ああ、よろしく」
ドルジ族……聞いたことないな。ぴったりと襟元を締めた服装からして寒い所に住んでいるんだろうなとは思うが。
「あら、わたしの挨拶がお気に召さない? 西の剣士さん?」
「いや、そんなことはない。気を悪くしたなら謝ろう。クリフ、後は頼むぞ。俺は回復に専念する」
「ああ、おやす……って、待てコラぁっ!? オレを1人にするな!」
負傷と体力の回復に必要なのは良質な食事と睡眠、そして傷の手当てである。
だが、ここで全傭兵共通の問題が発生する。
修練を積み、肉体をひたすら強化したことで、俺たちガリア傭兵団の戦士は、あらゆる毒や有害な光、放射線、病などを無効化する圧倒的な防御力を得たが、同時にあらゆる良薬も無効化してしまう体質も得てしまった。
毒も薬も本質的には同じものなので、毒が効かないなら薬も効かないのは、まあ道理ではある。
辛うじて食事や水を取ることは出来るが、それでも心身や魂に強い作用を持つものや精神や肉体に直接作用する魔法の類は効かない。
治癒魔法も錯乱魔法も、全て平等に自動で弾いてしまうのだ。
なので俺たちが怪我や消耗をした場合、回復魔法や傷薬の類は使えない。
せいぜい包帯でも巻いて、飯食って寝るくらいか。ここには飯はないので、代わりに千年杉から生命力を頂きながら寝ることにした。
仕事柄、親父から生き残ることを真っ先に叩き込まれた俺は、早寝早起きは得意な方だ。
寝ながらでもある程度は周囲の状況を把握出来るし、今はクリフと、信用していいか分からんがダージリンもいる。いつも以上に安心して、昼寝が出来るというわけだ。
「……うそっ、ほんとに寝ちゃった!?」
「これがアークやオヤジの回復方法なんだよ……ったく、昔っから二人ともオレに面倒ごとばっかり押し付けやがって……」
「面倒ごと? ……もしかして、わたしと話すのが面倒ってこと?」
「えっ……あーいや違う違う違います! 情報の整理とか交換とか、そういうのが面倒だなぁってだけであって……」
「……ふーん、そう」
(なんだこの女拗ねやがったぞ!? 面倒くせぇ……)
「聞こえてるわよ、クリフ」
「ファッ!? いや、いやいや、これはですね!」
何やってんだ、こいつら……
さっさと情報の共有と整理をしろと言いたい。が、それより心身と魂の回復を優先させねばならなかった。
ドラゴンは生物学的にも頂点だが、霊的にも頂点に近い。下手な幽霊や悪霊など、そこにいるだけでまとめて祓えてしまうらしい。
そんな高位の存在と戦うと、攻撃が当たっていようがいまいが、勝手に魂が損傷していく。
(綺麗すぎる水の中で魚が生きていけないのと同じなのかもな……)
戦っている最中も感じていた、自分の本質的な何かが蝕まれていく感覚。
だが、たとえ腕だけしかないとはいえ、ドラゴンと敵対するということはそういうことなのだ。
魂が損傷すれば、その器である肉体や、魂の上に乗っている精神も傷つき、バランスを失っていく。
(このままではまずいな)
自力で回復出来る俺はともかく、現状では薬草や薬品に頼るしかないクリフに、回復手段があるのかすら分からないダージリン。これでは肉体はともかく、魂は無理だ。長期戦は取り返しがつかないことになる。
(くそっ、親父たちは何処にいるんだ)
奴の正体がドラゴンズハンドだと分かった瞬間にはもう、救援要請を上げている。
特殊な魔力と光と音と煙の四枚仕立てだ。たとえ深い森の中にいようと、まず親父たちが分からないということはない。
となると、わざと助けに来ないか、助けに行きたくても行けない状態だということになる。
(こっちだって予想外の化け物が出ているんだ。向こうがそうなってても、不思議ではないか)
そうすると、やはり自力でこの状況をなんとかする必要がある。だが、出来るのか?
(眠っていると、逆にはっきりと分かるもんなんだな)
目を閉じた俺の視界の中に朧げに浮かんでくる一つの像。
先程ダージリンが放った電磁鉄弓とやら。
あれはダージリンにとっては弓だが、本来はそうではない。
あれは槍だ。それも騎兵槍による騎兵突撃なのだ。
俺の目蓋の裏には、稲妻の矢に被るようにして竜の腕に向かって騎兵突撃を敢行する老騎士の霊が、はっきりと映し出されていた。
ストックを書き終わったので、次回からは1日おきの更新になります。
お仕事をしながらの投稿となりますので、更新が遅れることがあります。あらかじめご了承ください。
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