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かみなりの試練

『この世界の生き物は概ね二つの生存戦略を持っている。虫の如き無限の量か、竜のごとき究極の個か。人はその狭間を生きる生き物なのだ』


 12世紀の魔導士グロリアス著『生存戦略』序文


『傭兵、というものをあなたは知っておられますか? そう金で雇われて働く兵士のことです。彼らの多くはただの落伍者、ごろつきでございます。ですが、時折り金の卵とでも言うべき「本物の傭兵」が生まれることがあります。金でも力でも首を縦に振らず、怪しき魔術師どもの技ですら抑えつける事が出来ず。

 下げたい時に頭を下げ、仕えたい者に仕え、相手に栄光と王冠をもたらして去っていく。

 そんなおとぎ話のような、しかし実際に存在する、恐ろしい者たちの存在を』


 革命を目撃したフィレツェの中級官僚 

 グレゴール・キュべリ 著『傭兵の恐ろしさについて』


『運命の女? あんた、それを知ってどうなさる。


 国に栄光と破滅をもたらす。関わった者を幸福にも不幸にもする。世界の行く末さえ、左右してしまう。


 みーんな、本当のことさね。この上何を、ババに聞くことがあろうかね? いっひっひひひひ』


 路地裏の怪しい老婆 証言 


 証言をすると同時に質問者の前から煙のように消え去ったため、詳細不明。



 ーーーー



「どっこいしょっ、と」


 おばさんくさいことを可愛らしい声で明るく言いながら、ミディは魔法で腕力を強化し、どんっと俺の手の中に洗濯物が入った籠を乗せた。


 雪の積もった庭の上に、物干し竿にかかった洗濯物の影が踊る。


「うーん。日差しが気持ちいいね」


 砂色の髪を靡かせて、ミディがうーんと伸びをしながら笑った。突き抜けるような青空に、俺や母さんと同じ空色の瞳がよく映える。


「持とう」

「ありがと」


 ミディが持ち上げようとしていた洗濯籠を取り上げて肩に乗せる。


 冬は厚着をするものだから、水を吸った上着やマントで籠が重い。魔法使いのミディには少々酷な重さだ。彼女はいつも元気だが、俺たちのように暇さえあれば鍛えているというわけでもない、普通の女の子である。


「お兄ちゃん。そろそろ時間じゃない?」

「ああ。運ぶだけ運んでおくから、ミディは干すのを手伝ってもらっていいか?」

「いいよー」


 まだまだ遊びたい盛りだろうに、ミディは文句も言わずに慣れた手つきで家事を手伝い、治癒魔法の修行も自発的にやっている。


 この気立ての良さなら、きっと何処に嫁に行ってもやっていけるだろう。などというのはきっと兄の欲目という奴だろう。


「あー、なんか変なこと考えてるでしょ?」

「いや、別に」

「うっそだー。何考えてたのか、教えてよ?」

「大したことじゃない。お前なら何処に嫁に行っても大丈夫って話だ」


 一瞬、ミディの顔が悲しそうに曇った。が、次の瞬間には彼女は困ったように笑って、てきぱきと仕事を再開した。


「えー、ここいらに私を嫁にもらってくれそうな男の人なんていないよー」

「……そういやそうだったな」


 村の若者が都会に出稼ぎに行ったっきり帰ってこないので、この辺りの村は高齢化が進んでいて、女や老人ばかりだったことを忘れていた。


「むしろお兄ちゃんの方が村の女の人たちに狙われてそう」

「いや、そりゃないだろう。傭兵なんていつ死んだっておかしくない仕事だ」


 戦場で斬った張ったする仕事だ。味方を守るためとはいえ、敵に情け容赦なく暴力を振るい、死をもたらすことを望まれる奴等など、人気があったら大変だ。そんなのまともな社会じゃない。婚姻などまっとうな親なら絶対許しはしないだろう。


「生き返れば良いじゃん。それに強くないと、家族も友達も、生活だって守れないよ」


「まあな。だが、それは騎士や傭兵の考え方だ。普通の人は、死後の道を歩いて帰れない。死んだら、蘇生されない限り、それでおしまいなんだ」


「……そっか。そうだったね」


 死後の道は、死者があの世に行くために通る暗く険しい山道のことだ。人や場所によって川だったり、空だったりするそうだが、逆に言えば、この道を力の限り逆走すれば、この世に帰って来られる。誰にでも出来る、ということでもないのがとても厄介なのだが。


「私は、死んだ人を蘇生させたことはあるけど、死んだことってないんだ。死者の道ってどんな感じか、お兄ちゃん覚えてる?」


 ミディは風魔法で洗濯物をふわふわと浮かべ、袖を次々物干し竿に通しながら、何てことない風を装って尋ねた。


「ああ、覚えてるぞ。親父との訓練で散々死んだからな」


 俺も何も気づかないふりをしながら、洗濯籠を抱えつつ、脳裏にあの陰惨な道を思い描いた。


「そこは世界全体が影で覆われてるんだ」


「影? 夜みたいに暗いってこと?」


「そうじゃない。夜なら闇だろう? だが、あそこは影だ。生きている者たちの世界の光がかすかに、だが常に世界を照らしてる」


「ほへぇー。この世界の光、ってことだよね?」


「だぶんそうなんだろうな。俺はいつもこの光に向かって歩いてる」


「それだけ? それだけで帰って来れるの?」


「そうだったら、今頃村の人たちも死を恐れなかっただろうな」


 俺は遠くを見ながら言った。


「山のむこう、つまりあの世に向かってな、長く険しい道が伸びてるんだ。周囲には現実にはない植物や怪物がいて、あの世に向かう時には何もしてこないが、逆走しようとすると、一斉に襲いかかってくる」


 最初はトラウマになりかけたものだが、人間慣れるものだ。今ではすっかり慣れっこである。辛くて苦しいだけなので出来るだけやりたくないが。



 

 俺も洗い場と干し場を往復して運ぶものを運ぶと、外套やブーツのような重いものを優先して干していく。

 剣を吊すベルトやナイフを吊るす紐など、外せるものは全部外したが、それでも雪山行軍用のガチなヤツだからミディには重いだろう。


「最近お天気悪いから洗濯物が溜まっちゃうよね」


「まったくだ。今日も午後から雪降りそうだしな」


「え、こんなに晴れてるのに?」


「あの山の峰のあたりに雪雲がかかってるだろう。あそこにかかると午後から雪が降るんだ」


「へぇー」


「だから洗濯物は雪が降ってくる前に取り込んでくれ。たぶんクリフあたりが帰ってくるだろうし、手伝ってもらうといい」


「うん、分かった。やっとくー」


 げしげしと何故か俺の胸に頭突きをしてくるミディ。全く痛くないし、彼女も攻撃をしたいわけではないだろう。


 俺が彼女の頭をうっかりもぎ取らないように、優しく頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに身をよじった。


 懐かしいな。俺も昔は皆にこうして頭を撫でくられていた。今では俺が一番背が高くなってしまったから、やる側に回ってしまった。少し寂しい気もするが、後輩が無事育っているのは何よりだ。


 なんてことない日常が過ぎていく。このあたりじゃ、大家族なんて珍しくもないし、なんなら一族郎党みんな一緒に住んでいる村なんてのもザラだ。


 厳しい自然に囲まれたこの辺りでは、ある程度固まって暮らした方が安全だし、薪とか水とか都合が良いしな。


「じゃ、行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい」


 手を振る妹に見送られて、俺はかつては村のあった谷へと向かった。


「その死にに行く兵隊を見る目はやめろ」


「えへへ、ごめん」


 今度こそ朗らかに見送ってくれる彼女に見送られて、俺の日常が、ちょっと変わってるかもしれない日常が始まる。




 カチ、カチ、カチ……と古い時計の針が時を刻む。


 テーブルの上でさらさらと流れる砂時計の音が静かに響く中、俺は意識を戦闘用に切り替えた。


「……アークさん、準備はいいですか?」


「ああ、ソフィ。はじめてくれ」


 輝くような金色の髪をした13歳の少女、もう一人の妹であるソフィーアの問いに、俺は頷いた。


 それを契機に、たいして大きくもないボロ小屋の天井に暗雲が立ち込めていく。


 暗雲の内部には青と金色の雷がひしめき合い、ゴロゴロと音を立てながら、落ちるのを今か今かと待っているのが嫌でも分かった。


 なんの工夫もない山小屋の二階に、突如として雷雲が発生する。


 この有りうべからざる現象を起こしたのは雷の魔法、そして人工の魔道士であるソフィである。


「いきますよ……?」


 声などかけなくても良いと言っていたのに、優しい彼女は処刑先の俺にすら情けをかけてくれるらしい。


 答える必要はないと、黙ったままの俺の元に、光が届く。ガラス越しにこちらを見ていた彼女が戸惑いがちに腕を振り下ろしたからだ。


 暗雲から部屋の中央に、つまり俺へ向かって雷が放たれる。


 雷の速さは魔導によって加速されていない、自然のままの雷速。


 音速の何十万倍ものそれは、人の身で避けられるようなものではなく、さながら断頭台の刃のような無慈悲さで俺を貫く。


「……!」


 ーーはずだった。


 雷が俺を貫く寸前、俺は左に身体を傾け、一歩進んだ。

 たったそれだけ、絶妙なタイミングで動いたそれによって、雷は俺へと当たらず、通り過ぎて剥き出しの地面へと着弾した。


 跳ね返る電流、地面を這う電気の波も足捌きだけで、それこそ木の根でも避けるように、さらりと躱す。


「まだまだ……!」


 分厚い外套とマントを着て、床に座り込んだ彼女の右手が天に向かってピンと伸ばした人差し指だけを残して、かぎ爪のように曲げられる。


『加速 分裂 誘導 落雷!』


 小声で真言、つまり魔法の呪文が唱えられる。


 すると次の雷が落ちて来た。やや黄色がかった二本のそれは、彼女の魔力が込められているのか、自然のものより速く、威力もまた重い。


 それらを小さく側転することで、同時に躱す。


「そこっ!」


 躱した先を読んで降って来た四本の雷を、側転途中の空中で躱さなくてはならない。


 空中では身動きが取れない、故に詰み……なんてことにはならない。


 体の筋肉と骨をバネにして、体を捻り、横回転して躱し、床に片手をついて自分の身体を跳ね上げて、その次の八本と十六本の雷の間をすり抜ける。


「……えい!」


 可愛らしい掛け声と共に、俺の手元ギリギリに着弾した全く可愛らしくない威力の雷。小屋の床はとっくに弾け飛んで岩が剥き出しだ。


 そこから跳ね返った電の粒を避けながら、縦に回った俺は上を見た。


 無数の雷が降り注いで来ていた。




(64……128……256……512……)


 と、一回ごとに倍々に増えていく雷の数を数えながら俺は避け続ける。


 ほとんど真っ直ぐに進む光と違い、雷は枝分かれし、時にジグザグ移動や往復したりと気まぐれだ。


 だからこそ、良い訓練になる。


 魔術で加速しなければ雷より光の方が数倍速いのだが、真っ直ぐに進むだけの光など怖くもなんともない。


 魔法で光に追尾能力を付けても良いのだが、それより威力もランダム性も高い雷を無数に落とされる方が、良い訓練になると言うのが、俺の師である親父の言だ。


 とっさの動体視力や反射神経、空間把握能力や回避能力、耐久性などが鍛えられるらしい。


「やっほー。お兄ちゃん、やってるね」


「あ、ミディ」


「どうだ。アークの様子は」


「お義父さ、ガリア団長……はい、調子いいです。昨日より、ずっとよけています」


「そうか」


 窓の外で、おかっぱ頭の少女と、髷を結った黒髪の偉丈夫がソフィに話しかけている。


 身の丈以上の長槍を持ち、腰に片刃の刀剣と太刀を佩いた黒鎧の大男、つまり俺の親父は、値踏みするような目で俺を見た。


 普段の血の通った暖かい言動が嘘のような、剣のように冷たい視線に、背筋に冷たいものが走る。


 傭兵となるべく磨いた勘が、一瞬後に殺されるはずの場所を察知して、無意識のうちに身体を動かそうとする。


(落ち着け……これは罠だ)


 勝手に動こうとする身体を制御する。訓練の結果身についた反射的な回避を、意識してやめさせる。


 前回は親父の殺気の篭った視線に気を取られて、雷に当たってしまった。今回はそのてつを踏むわけにはいかない。


『なんで邪魔した、親父』


『戦場では背後を狙われるのは当然だ。漁夫の利を狙っているのは一人ではないぞ。全員だ』


 ミディの回復魔法の実験台になりながら尋ねた俺を、出来の悪い困った息子を見る目で言った親父の言葉が全てだった。


 親父は俺の知る限り最強の傭兵である。

 知識も、経験も、実力も、見習いの俺とは比べ物にならない。その言葉には残念ながら説得力があった。


 俺は親父の当ててくる心臓麻痺を起こしそう殺気の遠当てを無視し、努めて冷静にソフィの雷を躱し続けた。


 激しく動き回るようなスペースはないので、小屋を突き破って外に出たりはせず、出来る限り小さな動作で、ソフィの雷を避け続ける。今回はそういう趣旨の訓練だ。


 修行に付き合ってくれるソフィも慣れたもので、昔は一度に一つしか出せなかった雷も、今では百本でも千本でも思いのままに出せるようになってしまった。


 火力だけならもう立派な魔道士だ。そう思っていたのだが、親父や傭兵団の仲間たちに言わせるとまだまだらしい。


 たしかに精神面や肉体面では一般人と大差ないので、そのせいで戦場に出せないと言うのは納得なのだが、もしかしてまだ火力が足らないのだろうか。


(戦場で魔導師に会ったことはないが、戦場の魔導師はどれだけ化け物なんだ?)


 そんなことを考えながら、通算1万本目の雷をバク転でヒラリとバク宙で躱す。


(そろそろか……)


 もはや一度に放たれる雷の量が多過ぎて、最初のように剣術の歩法を活かして小さな動作で躱すことは出来なくなっていた。


 動作は小さければ小さいほど自分や周囲への負担が少なく、隙も生まないと言われている。


 だが、未熟者の俺には一歩も動かず、多数の雷を体捌きだけで躱すことなど出来ない。どうしてもアクロバットな動作を入れざるを得なくなる。


(親父が俺くらいの頃には出来ていたことだ。負けてたまるか……!)


 昔から親父の部下をやっていたホルストとアシッドの言では、俺くらいの頃から親父はとっくにこのかみなりの試練を突破して、戦場に出ていたそうだ。


 傭兵としての才能の差にほぞを噛む思いだが、だからといって諦めるのは論外だ。出来ないなら出来ないなりに足掻くしかない。


 俺は敵の機を盗むのではなく、物理的に速度を上げた。


「ぐっ……!」


 だが、物理的な速度を上げたことで、新たな強敵が加わった。


 それは空気の壁、空間の壁だ。


 水の中で早く走ろうとすれば強い抵抗があるように、空気の中でも早く走れば走るほど、空気は粘着き、まるで洪水や津波のように押し寄せてくる。


 無理矢理通ろうとすれば、摩擦と空間の圧縮で服が黒焦げになるし、それすら無視して走れば空気の壁に衝突して大爆発が起こる。


 詳しい理屈は知らんが、世界を構成する小さな粒々がぶつかって壊れたり、融合したりして大爆発が起こるらしい。


 アトミックパンチと言うらしいが、学者肌の魔道師の言うことは相変わらず小難しすぎて、俺にはよく分からん。


 人外の強さを持った親父は全くこたえないし、俺も死なん事は死なんのだが、耐久力が常人並な妹二人は爆発に巻き込まれてまず確実に死ぬだろう。それはいただけない。


 俺は加速は最低限に留め、ゼリーのような空気を身体で切り裂きながら、雷が落ちる範囲から離脱する。


 部屋全体を攻撃する雷の雨だが、別に全く隙間がないというわけでもなく、ほぼ同時というだけで完全に同時な訳でもない。


 スピードを上げれば、それがよく分かった。


 俺は雷と雷の間に身体を捻じ込んでは離脱。


 雷が落ちかけている場所や、雷が落ちて電気が消えようとしている場所に滑り込んでは離脱、というのを繰り返す。


「……びりびりゆか」


「うわぁ……ソフィちゃんえげつなー」


 すると、今度はソフィは趣向を変え始めた。


 倍々計算によって余裕が出来た雷のうち、一定数を常に地面に叩きつけ、這わせ続けることにしたのだ。


 そうなると、もはや地面は使い物にならない。


「さあ、どうするアーク。雷が一発でも当たったら、修行は続行。そういう約束だぞ」


 一番頼り甲斐のある足場が消えてしまったか。だが……!


「まだやれる……!」


 スピードを上げれば、空気の粘度が上がる。上げれば上げるほど空気は粘着き、質量のある壁へと近づいていく。


 だからこそ、"空気を蹴って宙を跳べる"。


 あんまりスピードを上げ過ぎると空気が爆弾と化してしまうので、スピードはほどほどにしてーー


(水の上を走る訓練がここで活きるな)


 理論上、人は魔法なんか使わなくたって、速ささえ足りていれば空気の上や水の上を走れる。


 水の浮力が体重に負ける前に次の一歩を踏み出し続ければ良い。


 そんな我が団の魔道士いわく「脳味噌まで筋肉に侵された理論」を真顔で実践し続けるのが、我らが傭兵団であり、この国の軍隊である。


 だからこそ、これはその応用。


 泥のように粘ついた空気に片足で着地し、すぐさま跳躍する。雷雲を突き抜けて天井へ。


 今度はその天井を蹴って家の壁へと跳び、そこから更に反対の壁へと飛ぶ。


 ガラガラと壁が崩れていくが、それすら今の俺にはスローリィだ。


 時折り宙を蹴って、タイミングをずらしたり、方向を変えることも忘れない。


 やってることは水の上と何も変わらない。沈む前に飛ぶ。それを三次元でやってるだけだ。


「雷の檻よ……」


「あっ、ソフィちゃんキレた」


 眼球その他に強化魔法を叩き込んでそれらに対処していたソフィだが、ついに業を煮やして雷で巨大な牢獄を作り始めた。


 増えに増えた雷を常に落とし続け、纏わせて、部屋をすっぽりと覆ってしまった。


 そのまま徐々に包囲を縮めていく作戦らしい。


 仕方がないので、空中で前転して体勢を整え、上へと空中ジャンプ。


 そこへすかさず飛んでくる雷。方向は全方位、隙間はない。


「ここまで来れば、もういいだろう?」


「ああ、やってみせろ」


 もはや、被弾なしでの回避は不可能。


 なら、やるしかない。


 目を閉じて、集中する。


 無数の雷が降ってくるが、それらは全て身体に染み込ませた反射が避けてくれると信じる。


 そう、信じるのだ。己を、己自身の力を、可能性を。


 人の持つ可能性(ちから)で外界を押し潰すのが魔導師ならば、人の持つ可能性(ちから)を内に秘めたまま押し通るのが傭兵なのだから。


 砂が落ちきる。カチリ、と音が鳴り、時を告げた。


非日常(魔法)の時間は終わりだ」


 ーーガリア流奥義 破魔の太刀


 俺は抜剣し、雷で牢を作り出す雲を斬りつけた。


 雷雲に限らず、雲というものは普通斬れない。何故ならただの水蒸気と埃の塊だからだ。


 闇雲に雷雲を斬ったところで雷が止まるわけでもない。剣は空を切り、無様に感電して死体を晒すのが関の山である。


 魔力が宿っているなら、尚更だ。


 魔力により強化され、この世のものですらなくなった雲は、同じくこの世のものでないものを扱う魔術なしでは祓えない。たとえ核爆発を起こしても何食わぬ顔で戻って来るだろう。


 つまり、幽霊を物理で追っ払うくらい無謀な試みだ。



 だが、斬る。


 魔法? 科学? 魔力の宿った雲は斬れない?


 知らん。

 俺が斬ったなら死ね。


 この世ならざる者を斬る。破魔の太刀なのだ。


(斬った!!)


「……! 魔の雲を斬り祓ったか。それまでだな」


 手の平が痺れるような感覚と共に、竹でも斬ったような感触と音がした。


「第一位階魔法、雷雲、破壊されました」


「ああ、ご苦労だった。休んでいいぞ2人とも」


 魔力を斬られ、魔法で無理矢理呼び出されていた雷雲が、雲散霧消する。


 俺も雷の消えた地面に着地し、親父たちの方を向きなおった。


「……はっ、はあ……!」


 止めていた呼気を吐き出す。汗が噴き出し、顎から垂れる。それでも意地でも倒れない。膝をつかない。


(きっついな……)


 破魔の太刀は剣士の奥義の一つ。


 理不尽そのものである魔法から身を守りながら、魔法や霊のようなこの世ならざるものを一撃で斬り破る攻防一体の剣術奥義だ。


 自身と剣を合わせて一本の霊剣となし、己の流儀を満天下に押し通す。そういう秘技である。


 これを食らった魔導師はしばらくの間その魔法を使えないばかりか、魔力を練ることもままならなくなるという魔導師殺しの技だ。


 だが、元来武道とは他者に対するものではなく、己に対するもの。


 他者を導く法(魔導や魔法)ではなく、己を律する道(武道)なのだ。


 それ故か威力は絶大なれど、魔法ほどの汎用性や柔軟性はなく、消耗も今の俺には激し過ぎた。


 出来ない無理を無理矢理押し通すからだろう。


 アホみたいに重たい武器を担いで山の中を一晩中マラソンしたこともある俺が、今の一瞬でくたくたになってしまった。


 もう今日は動けそうにない。


「まあまあ、と言ったところだな。よく頑張ったと言いたいが、そのぐらいでバテているようでは実戦では使えんぞ」


「……ああ。わかってる」


 俺は座ったまま頷いた。


 本来干渉出来ない強力な魔法や呪いだろうと斬り破ることが出来るのは確かに凄い。


 が、撃った後にこれでは話にならない。


 味方の援護があったとしても、分の悪い賭けになりそうだ。実戦では別の技を使ったほうが良いだろう。


「ふぅ……」


「おつかれ、ソフィ、お兄ちゃん!」


 自分のことのように喜んで駆け寄ってきたミディと、ちょっとふらつきながら寄ってきたソフィ。既にミディから貰っていたのか、魔力を回復させるドリンクを飲んでいる。


 いえーい、と打ち込まれたミディの平手と体力回復の薬草ジュース瓶を手で受け止めながら、俺は言った。


「ありがとう2人とも。ソフィ、今日は手伝わせて悪かったな。俺はいいから今日はもう休め」


「はい……おつかれさまでした」


 ぺこり、とソフィは頭を下げた。


 白いモコモコしたフードが頭にかぶさる。相変わらず礼儀正しいが、やっぱりちょっと硬いな。


「ああ、おつかれ。ゆっくりしていてくれ。あとで焼きリンゴでも差し入れよう」


「は、はい。ありがとうございます」


 魔力を消耗した時は、大地の力が宿った美味しい肉や果物でも食べてゆっくりと休むのが一番だ。


 それに彼女はもう少し甘え方を覚えた方がいい。その方が新しい家族にも馴染めるだろう。


「あっ、じゃあわたし、マナヒーリングかけるよ。って、なんで逃げるの!?」


「この間、そう言ってマナエクスプロージョン使ったこと、わすれてないから……」


「そういや、あの時はお前らの髪の毛がチリチリになって大変だったな」


「今度は大丈夫だもん! ああっ、待って! ソフィちゃん!」


 幸いにも我が家のコミュニケーション番長ミディは、既に彼女の懐にいるみたいだ。


 義妹と仲良くなるのは彼女に任せて、今は俺は俺のやるべきことをしよう。


 訓練に使った廃屋の壁を軽く叩いて点検している親父を手伝いながら、俺は尋ねた。


「で、どうだ親父。仕事には出れそうか」


「ふっ、またその話か」


「俺ももうガキじゃない。いい加減見習いは卒業したい」


 俺は努めて淡々と親父に言い募った。


 俺の親父は傭兵団の長をしているが、周囲の厳しい環境もあって、経営はそこまで上手くいっていない。


 暮らしていけないほどではないが、俺を無駄飯食らいの木偶の坊のまま置いておけるほどではなかった。


 それに自分で言うのもなんだが、俺はよく食べる方だ。

 運動した後は、腹一杯気兼ねなく飲み食いして、昼寝でもしたい。


「毎度毎度、アシッドに『働かずに食う飯は美味いか』って嫌味を言われる身にもなってくれ」


「気にするな。奴はそういう男だ。奴はお前が傭兵になろうとなるまいと、皮肉は言い続けるぞ」


「構わない。だったらなおのこと実力をつけて、黙らせてやらないとな」


 だいたい今の実力では、何を言っても説得力がない。経験が浅いから何を言っても、知ったかぶりになってしまう。


「俺は俺の誇れる俺でありたい。家族を守り、互いに信頼出来るそんな俺に」


 他にも色々理由はあるが、俺はいい加減仕事に出たかった。この居心地の良いはずの故郷に、窮屈さを感じる程度には。


「まあ、この調子なら山賊くらいなら、なんとかなるだろう。よかろう、明日からお前も仕事に加われ」


「本当か!」


「ああ。ただし、無理だと思ったら訓練に逆戻りさせるからな?」


「わかった。期待しててくれ」


 威厳のある声でそう締めた親父に、俺は拳を握った。


 傭兵は感情を見せるべからず。だが、それ以上の期待が俺の心を満たしていた。


 何かが変わる。そういう期待が。


「ああっ!? お兄ちゃん! お父さん! お話終わったんなら、洗濯物取り込むの手伝って!」


「なっ、取り込んでなかったのか!? 明日からみんな仕事なのに凍っちまうぞ!」


「だから、急いで! 今、クリフとソフィにも手伝って貰ってるから!」


「わかった! じゃあ親父、俺はもう行くぞ」


「ああ、先に行ってろ。ここを片付けてからいく」


 慌てて駆け出した俺の後ろで、親父が珍しく嬉しそうに笑った。


「ふっ、まだまだ、だな」



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